半崎家の少女(暴力・性描写あり)

 半崎あかりと言う少女は、文字通りのエリート街道の住人だった。

 エリートビジネスマンの父親と、その父親を支える母。その両親に仕込まれた、純粋培養のエリート。


 高校での部活は英語部と言う名の学問の延長線。

 海外交流と言う名のボランティア活動にも励み、内申点もほぼ満点に近い。それこそどんな大学でも間違いなく受かると言われるほどには教師たちからの評判は良かった。

 将来の夢は外務省職員と言う壮大なそれだったが彼女ならばできるだろうなと思わせるほどには堂々としていて、偏差値の15低い学校に入った私から見ても近くて遠いと言う存在がピッタリだった。


 当然、異性の影はない。学級委員長でこそなかったらしいがそれこそ真面目一筋の優等生に声をかけるのは同性でさえも敷居が高く、異性で言葉をかけるのはよほどかしこまったお話があるか、それとも何の遠慮もないかのどっちかだ。

 そしてあかりは前者には丁重に答えるが、後者にはやはり丁重に答える。偏差値と人間の出来は別物でありよく言えば陽キャな人気者、悪く言えば相手の気持ちを読めない図々しい人間ってのはどこにでもいる。夫の周りにもそういう人種は高専時代から存在したが、適当に付き合って流していたらしい。


 そしてそんな学生たちのおしゃべりの中心は、どうしても流行りの○○である。

 私の時もやれあのタレントが、やれあの曲がと話題になっていた。今祐介の学校では人気の動画投稿者とかの話題で盛り上がっているらしいし、結局どこの学校でもそんなもんだろう。私もそれなりには話に付いて行けていたが、夫は大丈夫か心配だった。幸い私から男の子が好みそうな話題を供給されていたので何とかなったっぽいが、しょせん私と言う一人の人間経由の情報なので限度があり、だからクジなんてあだ名をつけられる事にもなった。

 今は祐介経由で情報を得ているが、生身で得たはずの元中学生とは思えないほどに夫のその分野における偏差値は低かった。そして、半崎あかりもだった。いや、その点の偏差値の低さに付いては夫より下だったかもしれない。




 そういう偏差値の低いまま名門大学に入った半崎あかりに取り、初めての一人暮らしを含む外世界との接触はあまりにも刺激が大きすぎた。



 決して知らない人間には付いて行かない。

 お酒はまず家で飲んでから確かめる。

 自炊を心掛ける事。



 そんなありふれた親の教えと共に大学生活を送る事となった彼女は、相変わらず学問に集中していた。TOEICや漢検などの資格を取り漁り、アルバイトもせずに校舎に足を運んでは自分を高めようとしていた。化粧もおしゃれもまともにしようとせず、学校とは学問をする所だと言わんばかりにマンションと校舎の往復を繰り返した。

 同じ講義を取ったり同じゼミに所属したりする仲間からの誘いも学問に必要か否かで態度を変え、不必要だと見るや断りを入れた。

 あかりと同じ大学出身で私と同じ学校の教師となった同僚が言うには、彼女はどこか機械的でありそれ以上に傲慢に見えたらしい。

「全く素なんだろうけどね、あまりにも奇麗すぎて逆に汚く見えたんだよ」

 お酒を飲めるような年頃の人間もいるような大学なんて、それなりに無軌道な人間がいなければおかしい場所だ。うちの大学だってそれこそ学問をしに来たのか騒ぎに来たのかわからないような人間が山と居て、卒業後どうしたのか全く分からないような生徒だって山と居たはずだ。

 教員免許を取ったからと言って教師になる訳ではなく一般企業に就職した同級生だっていたし、人それぞれのはずである。


 —————もしかしたら、それが理由なのかもしれない。










 今から十五年前。


 大学三年生だった半崎あかりは、下校中にいきなり液体をかけられた。


 悲鳴を上げる事も出来ないまま、二人組により組み敷かれる。ファストファッションの店で買った上下五千円未満の衣服をたちまちにして剝がされ、下着だけにされてしまう。

「ちょ」

 その二文字とも一文字とも言えない言葉を最後に、彼女の唇は奪われる。凄まじいほどに男の舌が動いてあかりのそれを覆い、その流れのまま別の人間の手で彼女の大事な三か所を外気にさらされる。

 その後に付いてはもう、説明するまでもない。

 それこそ女性としての尊厳をまるっきり奪うような行いが繰り広げられ、純粋培養のエリートは傷物に成り下がったのだ。


「自らを高めようと努力するのではなく被害者を自分の程度まで引きずり降ろそうと言う歪み切った私利私欲の為せる犯行であり、まったく正当化できるそれではない。犯行に対する謝罪の様子も全くなく、考え得る限りの極刑を持って臨まねばならない」


 と言う判決文の下、二人には懲役十五年の刑が下された。現在ならばもう少し長くなったかもしれないが当時ではそこが限界であり、と言うかもしお巡りさんが見回りに来ていなければ逮捕さえされなかったかもしれないと思うと背筋が寒くなる。


 とにかく、あかりと同じクラスの人間であまりにも冷淡に学問ばかりするあかりを懲らしめてやろうと思い彼氏と共にそんな真似をしたと言う事実はセンセーショナルな話題となり、このバカップルと言うか犯罪者カップルの家はたちまちにして全てを失った。被害者である半崎家には賠償金を払ったっきり寄り付かなかったものの、それでも人の口に戸は立てられない。不幸中の幸いにと言うべきか犯罪者カップルの逆恨みだと言う動機は知られ親類縁者近所の住民は半崎家に対し同情的だったが、それで問題が解決する訳ではない。



 そこから十五年もの間、半崎あかりは家からほとんど出ていない。大学は休学を認められたが結局中退し、カウンセリングに幾度通っても精神の安定にはほど遠い日々が続く。異性ではなく同性の人間が為した犯行である事を知ってしまってからは男性恐怖症と言うより人間恐怖症の状態であり、私でさえも会おうとしなかった。民事訴訟により加害者側から賠償金は取れたが、本来半崎あかりが手にすべきだった賃金から思えば安い額だったのは目に見えている。

 それでも必死に立ち直ろうとして女性だけが働く工場に務めたりもしたが、そこでもいわゆるお局様にいじめられて工場内で昏倒、大騒ぎを起こしてしまいそのお局様を退職に追い込み彼女自身もいづらくなって結局辞めてしまった。

 今でもその工場の人間からはいつでも戻って来ていいと言われているが、私のせいでお局様をやめさせてしまって申し訳ないとばかり言って戻ろうとせず、彼女の姉と娘に頭を下げさせてようやくわずかに通えるぐらいらしい。収入ももちろん、それ相応だった。

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