おかしな殺し屋(タイトル募集中
Tempp @ぷかぷか
第1話 おかしな殺し屋
今日も変わらず、自宅の罠に何者かが掛かっていたのだ。それ自体はよくあることだ。浜比嘉アルネは呪術師だ。やんごとなき筋や名を出せない輩から仕事を受けることがあるものだから、よく恨まれる。当人は本来は依頼主を恨むべきだと思えども、自ら手を下しているものだから、その因果については諦めている。とはいえ甘んじて死を受け入れるはずもなく、自らの防衛の為にその住処、一見するとあばら家に様々な呪符を仕掛けている。
今朝、其の一つが引っかかっていた。
おそらく殺し屋が下見に来たのだろう。覗こうとしたものを覗き返し、前後不覚にする呪符、に反応が残っていた。其の程度なら別によい、けれどもその殺し屋は、なぜだか盗みも働いたのだ。
「それで、そいつは間違いなく殺し屋だったのかい?」
「殺気が向けられていたからな」
呪符の返答はそのようなものだった。
「取り返したりはしなかったのかい?」
「私はこの家に対する反駁の呪符だよ。家の外にあるものには関与できない」
「それは……そうなのだろうが、殺し屋が盗みを働くかね?」
「実際そうなのだから、そうとしか言えん。殺し屋と泥棒の二足のわらじでも履いているのではないかね」
浜比嘉アルネはその滔々と返事をする杓子定規な呪符を疎ましく思った。しかしそのように設定したのもまた、己なのだと思い僅かに苛立ちをつのらせた。
話を整理するとこうである。
夜半、浜比嘉アルネの自宅に当人を狙ったと思われる殺し屋が侵入した。しかしそれは浜比嘉アルネが仕掛けた呪符によって認識阻害され、自宅に立ち入ることができなかった。そして浜比嘉アルネが軒先に干していた術具を盗んで帰った。
「やはり変だ」
通常、殺し屋は盗みをしない。殺し屋とは痕跡が残るのをもっとも嫌うからである。そしてその一見ボロボロの人形の術具に、資産価値があるようにはみえるはずがない。盗人がわざわざ狙うとは思えないし、ソレと知って盗んだのならば破滅主義者としか思えない。
つまり盗んだものもまた、問題なのだ。
浜比嘉アルネは丁度前日、やんごとなき筋から解呪の依頼を受けた。
彼の見立てではその呪いは少しずつ生命力を削る呪いで、被呪者は余命10日という状態だった。だから浜比嘉アルネは身代わり人形であるその術具に呪いを一時的に丸々移し、万一にも自身に影響がないように自宅外に簡単な結界を作って置いておいたのだ。
浜比嘉アルネはもちろんその呪いを人形から取り出し、解析して解呪する予定だった。そうしなければ、身代わり人形が呪いに耐えきれなくなった時、もとの被呪者に呪いが帰ってしまうからだ。
つまり現状、誰だかわからないその殺し屋の手元にその人形はある。時間としてはそろそろ人形が壊れているはずだ。そして依頼主に問い合わせた所、異常はない。ということはつまり、その殺し屋に呪いが移り、つまりその殺し屋の余命は残り10日であると宣告されたに等しい。
「放っておけばよいのではないか?」
「俺は案外、因果応報というものを信じていてね」
殺し屋が勝手に持っていったものではあるが、客観的には浜比嘉アルネの呪物から呪いを得たことになるわけだ。これがどのように因果律に評価されるものだか、浜比嘉アルネには判断がつかなかった。浜比嘉アルネは常々、物事は因果に従って運行しているが、その因果というものは流体のようなもので、どこに流れ何に繋がるかは読みきれるものではないと考えている。
その口から細い糸のように呪文が紡がれた。人形は浜比嘉アルネが作ったものだ。だからその特徴を追うことはできた。
「さほど遠くはなさそうだな。それにしても何故俺を殺しに来たやつを助けに行かねばならんのだ」
「放っておけばよかろう」
「そうはいかないのでね」
呪符に愚痴を言っても仕方がない。
呪符を引っ掴み、よいしょと腰を上げてあばら家の戸を開ければ、そこには昼時らしく香ばしい油の香りが漂っていた。浜比嘉アルネの家は中華街の外れにある。狭い路地を進めばすぐに中華街の路地に出るが、往来の賑わいに平行して
男はピクリとも動かない。
「こいつが忍び込んだ殺し屋かい?」
「そうだな」
呪符はそう答える。
「なんとまた中途半端だね」
触れぬように男を調べれば、ようやく浜比嘉アルネは納得した。この男自体が傀儡だったのだ。巧妙にできた人形である。
「こいつは死神のようなものかな。人形を持ち去った理由はわからんが、もともと使い捨てで人でないものだから、痕跡など気にしなかったのだろう」
よく見れば、男の人形は浜比嘉アルネの人形を抱き抱えており、それぞれの呪力が中途半端に混ざり合ってここで力尽きたようだ。つまりこれは、あらゆる意味で壊れているのだ。この男の人形と自身の人形の隙間に呪いは留まり、2体に影響を与えているようだが、このまま放置し二体とも壊れてしまえば、呪いがどこに行くのか検討もつかなかった。
「仕方がないね」
「治すのかい?」
「さてね。ここまで運べ」
その言葉に応じ、呪符はしゅるりと黒い影のような実体を持つ。浜比嘉アルネは地面に何事かを書き込み、呪符にゴミ捨て場からその地面に2体の人形を移動させた。
浜比嘉アルネは目を細め、運命の糸の行方を手繰り寄せる。呪符がその一つ一つを丁寧に解きほぐし、ようやく浜比嘉アルネの人形と殺し屋の人形の分離が可能なところまで進み、けれども未だ、呪いが両方にまたがって浸透していた時だ。
ガタリと男の人形が動いた。
「動けないようにしてある。今せっかく呪いを解いてあげようとしているんだ。もう少しの間、大人しくしておきたまえ」
「……呪い」
人形はぎょろりと目だけをこちらだけに向けた。他の部分は動かない。結局のところ、浜比嘉アルネはこのままではやんごとなき依頼が完遂できたといえるのかどうかを危惧した。自らを殺そうとした人形から呪いを取り出すことに複雑な気持ちを覚えるが、仕事はきちんとこなす主義である。
つまり2つの人形に拡散した呪いを元の浜比嘉アルネの人形に戻そうとしていた。
「やめて、くれ」
「……何故だ? このままだとお前は壊れるぞ」
「その子が壊れるのは嫌なんだ」
目線を追えば、浜比嘉アルネの人形にいきついた。
「これはもともと、呪いの受け子として作ったものだ」
「それでもだ……では呪いは俺に移してくれ」
「何故だ」
「何故だろうな……どうもその子に同情したんだ」
同情、といわれて浜比嘉アルネは困惑した。
浜比嘉アルネの人形は、呪いを受け取るために作られたのだ。つまり目的通りに使用している。それにその人形に自我はない。あらためて浜比嘉アルネは男の人形を見た。明確な自我が在る。ということは、自我を前提として作られたか、長い年月活動していたか、だ。
モノには思念がやどりやすい。それは付喪神と呼ばれるもので、空気中の様々な思念が呪いなどに絡め取られて意志を形成することが在る。浜比嘉アルネの用いる呪符にも喋るものはあるが、特定の呪符以外はある程度以上の自我が育たないよう消滅させている。
「それに俺は、あんまりこの仕事が好きじゃない」
「仕事……というと殺しか」
「そうだね。俺はいつか死にたいと思っていた、のかもしれない。その子は自分がもっているものが何か、まだよくわかってないみたいだったから、俺がもらおうと思ったんだ」
浜比嘉アルネはその男の人形の感情が希死念慮なのか同族相憐れむものなのかよくわからなかった。そうして自らの手間を考えた。やんごとなき方に呪いが戻らないようにしなければならない。このまま男の人形に呪いを定着させるとどうなるか。男の人形はその術者のもとに戻るだろう。その時に呪いを開放すればよいのではないか。
「殺しに来たなら10日後に殺されるのも因果応報というものだよな」
「わかりかねるな」
呪符はやはり杓子定規に答えた。
男の人形は夕方には術者のもとに戻るという。だから夜に男の人形と術者の繋がりを辿って呪いが術者に移るように設定した。そうして浜比嘉アルネは男の人形が走り去るのを見送り、自身の人形を抱いて家に戻ろうとした時だ。人形が浜比嘉アルネの袖を僅かに引いた。
「……困ったな。自我が生まれたのか」
その人形が自我を持つまでには、浜比嘉アルネの計算ではもうしばらく猶予があるはずだった。けれども奇妙な呪いが混じり合ったことで、自我が生まれやすくなっていたのかもしれない。
「因果律とはやはり測りかねるな」
人形は男の人形を気にするように後ろを振り返り、再び袖を引く。
「……気になるのか」
人形はこくりとうなずいた。
「術者に呪いが写った時点であの人形と術者の関係性も切れるようにしておいた。気が向けば来るだろう」
浜比嘉アルネは『お前に会いに』と付け加えるかしばし悩んだが、それ以前にこの手元の人形の自我をどうするか考えないといけないと思い、保留にした。
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