第031話 上振れ

「──ユウの衣装選び、ありがとうございましたっ! ではでは、いただいたデータを元に桂馬さん向けのコーディネートを見繕っておきますので、お楽しみにーっ!」


「……ん? すぐに結果出るんじゃないの?」


「出せますよ? ですがそろそろ、チームのミーティングタイムですよねー?」


「あ……もう九時前か。確かにいま見せてもらっても、チェックする暇ないや」


「ユウだって、あえてじっくり選びたいことも、たまにはありますからね~。ではでは、またのちほど! 頑張ってきてくださ~い!」


 ──フォンッ♪


 …………ふう、疲れた。

 ユウのやつ、何回もラックのおかわりしやがって……。

 うんまあでも、リアル女子の買い物につきあうのも、たぶん似たようなもんなんだろうな。

 あっちのお店、こっちのお店、そっちのお店を下見して回って……。

 で、結局は最初のお店でお買い上げ……的な。

 将棋が得意なイマリさんだと、めちゃくちゃ長考した挙句、いくつか候補を絞り込んだところで「封じ手」。

 お買い上げは翌日に持ち越し……なんかもあったり。

 でも未来さんだと、即決即断しそうなイメージ…………。

 ……って、だからなんで未来さん連想しちゃうんだよっ!

 これからミーティング行くのに、変に意識しちゃうだろ……。

 んんんん…………邪念退散、無念無想!

 せいっ!


 ──フォンッ♪


 「おはようございますっ!」


 ……できるだけ爽やかさを作った挨拶とともに、ミーティングルームへ移動。

 長いテーブルの窓際の一番端が、なんとなく俺の指定席。

 その手前へフェードインすると、まず隣の席の誉さんが「おはよ!」っとニカっとした笑顔で手を振ってくれる。

 その小さな頭の向こうに見える長身のアオサさんは無反応。

 背中と長い三つ編みを俺に向けて、上半身を後方へ捻っている。

 まあ、まだ俺を認めてないのはしょうがないけれど、その座りかた、腰痛めない?

 あと三日で、男の加入を認めないこの人の信用を勝ち取る……。

 難しそうだけど、戦闘で結果を出すしかないか。

 テーブルの向かいに座ってる癒乃さんは、見ていたスクリーンからちらっと視線を反らして、あいさつ代わりにニッ……と微笑。

 未来さんは俺へと顔を向けて、微笑で軽く手を振る。

 ああ……やっぱちょっと意識しちゃうな。

 未来さんはグラヴィティボンバーっていう、敵を重力で引きつけるリーダースキル持ってるけど、素の魅力でも人をきつけてる気がする。

 手を振り終えた未来さんが、テーブルに両手を突いて起立──。


「じゃ、ちょっと早いけれど、全員揃ったしミーティング始めるね。えー……こちらの桂馬くんのプロフィールを見てのとおり、彼はきのうのソロ出撃でLV33まで精進してくれてます」


 未来さんがクエスト手伝ってくれたの、内緒なんだな。

 アオサさんに対して俺の印象良くしてくれてるのか、自分が一緒だったのが気恥ずかしいからか……。

 ……両方だな、きっと。

 しかし、未来さんが展開してるスクリーンに映ってる俺の顔、本当ぶっさいな。

 あの顔でいまこの子たちの中にいるのかと思うと、針のムシロだ。


「参謀・癒乃が言うには、彼はもう3-10サンボス倒せるんじゃないかということで、きょうは午前と午後めいいっぱい使って、3-10サンボスでレベリングします。なにか……意見ある?」


 誉さんは柔らかそうな頬を左右へふるふるし、同意の動き。

 アオサさんは無反応だけれど、それはまあ反対意見はないということ。

 俺もまだまだ口を挟める立場じゃないから、軽く俯いて反対なしのジェスチャー。


「じゃあきょうは、その方針で────」


「待った未来。その方針、変更を具申したい」


「えっ……参謀自ら方針転換? っていうか、ぐしん……ってなに?」


「いま、桂馬クンのステータス上昇具合を折れ線グラフ化して、チェックしていたのだが……。彼はステータス上昇時の上振れが顕著だ」


「だから、ぐしん~!」


 う、上振れ……?

 えーと、あれか。

 ゲームのレベルアップ時、通常の上昇分のほかに乱数ランダムのボーナス値が付くことか。


「上振れは最大16%というのがユーザー間の検証による定説で、わたしもこれに異論はない。そして桂馬クンは、レベルアップのたびに平均で約14%の上振れを見せている。どんぶり勘定だがこれは、実際のレベルより5~6ほどレベルが高いステータスの持ち主……ということになる」


「ええっ!?」


「よってレベリングの場は、3-10サンボス案を撤回し、レベリング効率が最も良い4-4ヨンヨンを提案する。なお具申とは、へりくだった申し出……のことだな」


「ええと……具申はもうどうでもよくなっちゃった。つまり桂馬くんってば、ものすごいラッキーボーイってことなのね……。レアスキル持ってるし」


「さて、ラック……だけで片づく話だろうか。ユーザー間の検証では、上振れは運……乱数のみではなく、ほかの要素の影響を受けているのではないか、という考察もある。その一つが、モチベーションだ。なお、モチベーションとは────」


「原動力、よね。それは知ってる。続きをどうぞ」


 食い気味に話を遮られた癒乃さんが、バツが悪そうに瞳を伏せ、七三分けの前髪を左右へと撫でる。

 そして軽く作った拳を口元へ当てて……咳払い。


「……コホン。レイドックス……ことランキング戦へのモチベーションの高さが上振れへ好影響していると仮定すると、桂馬クンの急成長は納得がいく。彼は初日から、恋人が首位という大きな目標があったからな。いまのランキング上位者も、軒並み意欲が高いのだろう」


「ちょっと待って、癒乃。それって……気分次第で、成長率が変わるってこと?」


「ここは意識をデジタル化した世界だ。モチベーションが数値化されていても、なんの疑問もない。そして、モチベーションの高い者が好結果を得られるのは、アナログ世界の再現……とも言えるだろう」


「もしそれが本当なら、上振れで成長に差が出るの、わたしは不公平だとは思わないかな……。ヤル気や意欲がある人ほど成長が早いって、当たり前のことだし」


「うむ。そしてこれはアタシ個人の仮説にすぎないが、現状不可視にされている二つのステータス、X1とX2。先日のとおりX1を『元の世界の健康状態』と仮定したならば、X2にはこの『モチベーションの数値』が来るのではないだろうか」


「ランキング首位に君臨するため、よりモチベーションが高い人を探して、仲間に引き抜く……。うん、ありうるかも」


「いま二位のチームでリーダーを務める未来の友達も、優勝には強くこだわっているそうだな。これもアタシの仮説の、根拠の一つだ」


「うん……。アヤコはすっごい負けず嫌いだからね。アハハ……」


 きのう俺だけが聞いた、未来さんの親友、アヤコさんが首位を目指す理由。

 レイドックスの世界で、亡き父と再会する……。

 確かに、イマリさんに匹敵する……いやある意味、それ以上の原動力だ。


「この件は、みんなにも留意してほしい。モチベーションの低下は、成長率の低下を招く恐れがあると。一度上がったレベルは、当然ながら下げることができない。理由はなんでもいい。意欲を持って戦いに臨んでほしい」


 口調は命令、指示っぽいけど、それを感じさせない癒乃さんの弁。

 理知的な顔つきが「頼れる知恵者」の雰囲気を生み、淡々とした語り口は、威圧、上から……の雰囲気を生ませず、声色の端々に丸みも感じる。

 初めて話したときに「名前に癒しの字が入っているが、性格はまあまあ辛口だ」って言ってたけれど、意外と癒し成分豊かな子なのかも……。


「……癒乃さん? それってわたくしへの、お説教ですの?」


 ここまで拗ねた様子で体を傾けていたアオサさんが、正面を向いた。

 テーブルに右肘を突き、内側へ曲げた右手の甲へ顎を載せる。

 半閉じの目の先には……ちょうど同じ目線の高さの、癒乃さんの顔。


「アタシはしっかり、みんなに……と前置きしたが。まあ直截ちょくさいに言えば、一番訴えたかったのはキミだな、アオサ。なお、直截というのは──」


「はっきり。きっぱり。ズバリ。ぶっちゃけ。直球。ストレート。直截ちょくせつとも──」


「補足どうも。いまのは未来向けの説明だったから、気を悪くしないでほしい」


 未来さんが立ったままで、口を真横に結んだムスっとした表情。

 出掛かった「わたしは気を悪くするんだけど?」という言葉を、口内に押し込めた感じ。

 一方アオサさんは、手の甲から顎を離して、胸中の言葉を溢れさせる──。


「そういうお説教は、わたくしの意欲を爆下げさせている独裁者と、女子チームへ入りたがっている助平男へ言ってくださらない? それから、モチベーションが低い状態でのレベリングが不利益ならば、わたくしきょうは遠慮させてもらいますわ。2-2ニーニーで、時間を潰すことにします」


「……アオサ。これもあくまで、個人的な推察だが……。上振れはなにも、ステータスの上昇だけとは限らない」


「まだ……なにか?」


「ランキング戦……。上位と当たる昇位戦と、下位と当たる防衛戦があるのは知ってのとおり。どこかのチームの昇位戦は、どこかのチームの防衛戦だ。対戦相手はランクが近いチームがランダムで……と言われているが、これにもモチベーションによる上振れ補正があるとしたら、どうだろう?」


「……それが?」


「ランキング戦の相手は、上下10ランクから選出……というのが、ユーザー間の考察。もしこれに、チームのなるものが干渉し、それが高いほど上位の相手と当たるとなると……。いま16ランク上の、千里が所属するチームの背中は、案外近いと言える」


「…………っ!」


「千里のチームに勝てば、あの計算高い千里のこと。うちのチームへ戻りたい……と言いだすこともあるだろう。仮にそうなったときは────」


 一旦言葉を途切れさせる癒乃さん。

 そしてフゥ……と小さな深呼吸を挟み、胸元で腕を組んで続ける。


「────そのときは、アタシがこのチームを辞して、千里の席を作ろう」


「「「「ええっ!?」」」」


 驚きの声を被せた、癒乃さん以外の四人。

 けれど癒乃さん当人は、知的で冷静な顔を崩さず──。


「アタシの推察と提案だ。当然の対応だろう」


「な……なに勝手なこと仰ってますのっ!? わたくしは、男の加入に反対しているのですっ! 癒乃さんが辞めて男が残るなど、愚の骨頂ですわっ!」


「だが千里のバリア編成チームを倒すには、桂馬クンは戦力として不可欠。そして彼の戦力がチームになければ、千里はまず帰ってこない。彼女の性格は、一番仲が良かったアオサが最もよく知るところだろう」


「ぐうっ……!」


「……アタシはこのチームが好きだ。自然体で人を惹きつける未来。天性のバランス感覚で集ったメンバーを均す誉。そして、強い魅力と志でチームの推進力となっているアオサ。アタシはみんなに分かれてほしくないし、桂馬クンという強力な武器を手にしてほしい。キミたちの邁進とログアウト、叶うならばそばで見続けたいが……。見届けられるのであれば、外部からソロのチームで……でも、構わない」


「癒乃……。あなた……」


 語り口は淡々なものの、その内容はチームへの苛烈な情愛。

 かっこつけによる自己犠牲……ではなく、気高く純粋な好意。

 離れても「好き」を貫ける確信を、常日頃から持っていなければ、こんなにさらさらと言葉は出てこない。

 クールな容姿と振る舞いの中に熱い炎を秘めている、アイスキャンドルのような子だ……癒乃さんは。


「リーダーのキック権回復まであと三日。アタシがクビを懸けたことに免じて、その三日間はチーム一丸を維持してはくれないだろうか、アオサ? その後の処遇は、すべてきみに委ねる」


「……………………」


 アオサさんが黙り込み、皆がその口内へ巻き込まれた唇を注視。

 次に出る言葉を、緊張して待つ。

 やがて赤い唇が姿を現し、先を尖らせて細い溜め息──。

 

「フゥ……。相変わらず口と駆け引きが達者なこと。あなたはこのチームの頭脳ですから、そのクビを懸けられては、わたくしが折れるしかありませんわね」


「ありがとう、アオサ」


「では当初の話どおり、あと三日。それまではいままでどおり、チームへ尽力しましょう。その間にそこの男が、チームにふさわしいと思えない場合、リーダーのキックで追い出していただきます。そして以後は、男子禁制です」


「了解した。では本日の予定は、4-4ヨンヨン周回を軸に構成するということで」


 癒乃さんの言葉が終わると同時に、部屋の空気が弛緩。

 未来さん、誉さん、そして俺が放った安堵の気配が、エアコンの暖房のようにミーティングルームの室温を数度上げた……そんな感じ。

 それにしても……。

 また一つ、このチームに居続けたい理由が増えちゃったな。

 癒乃さん──。

 彼女はあたかも自分が、いつでもチームから切り離し可能な外部ユニットのように言ったけれど、そんなことはない。

 彼女もまた、この「KNIGHT MARE」に不可欠な存在。

 俺が考えるまでもなく、みんなわかってる。

 そしてこの悶着を起こしているのは、アオサさん…………ではなく、俺だ。

 アオサさんの俺への拒絶反応は、多少露骨だけれど普通の女の子。

 未来さん、癒乃さん、誉さんが、奇跡レベルで俺に寛容なんだ……うん。

 その寛容さに甘えちゃいけない。

 レアスキルだの上振れだのを、セールスポイントにしちゃいけない。

 あと三日で……人間的に大きく成長してみせないと────。

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