第029話 過去・現在・未来
「……アハハハハハッ! そ、それよりもアヤコ……調子はどーお? 週末の首位戦、勝算ある?」
アヤコさんとの間に未来さんが割って入り、俺にポニテを惜しみなく、至近距離で見せてくる。
声色からして、表情は苦笑いだろう。
「フン! クソザコ海土泊ふぜいに、勝算などとは笑止! インチキスキルと下品な弾バラ撒きしか取り柄のない運だけ女に、負ける要素など皆無! なにせわたしは、すべてのモノを過去にする女だからな!」
「そ……そうっ! ぜっ……絶好調ってことね! アハッ、アハハハハッ……」
未来さんがくるりと反転して、今度はアヤコさんへポニテを。
俺へは申し訳なさそうに眉をひそめ、唇の前で両手を合わせて、バシバシと大仰に目を閉じたり開けたり。
「彼女を愚弄されて怒ってるだろうけど、しばらく黙ってて!」のジェスチャー。
未来さんのその不審者ムーブと、アヤコさんが首位戦の相手……という情報だけが頭に入ってきて、怒りの類は特に湧いてこない。
「おい未来、ちゃんと応援に来てくれるんだろうなっ?」
──くるっ!
「も……もちろんよっ! 親友の晴れ舞台だものっ! あっ、そうだ! ちょっと時間遅いけれど、アヤコの景気づけに、おやつにしよっか! お菓子はわたしが用意するからっ!」
「なっ……!?」
これまで一貫して尊大、攻撃的な態度だったアヤコさんの様子が一変。
上半身をのけぞらせ、青ざめながら口を閉じて、八重歯を格納。
トリプルテールがまるで静電気を帯びたかのようにほつれ、端々で逆立つ。
「も……もうそんな時間かっ!? わたしも忙しいのでな、これで失礼するっ! おいダサ男っ! 未来を困らせたり手を握ったりしたら、承知しないからなっ!」
──フォンッ♪
アヤコさんの姿が消え、会話終了。
会話強制終了……が正しいかも。
明らかに、未来さんのおやつを恐れての緊急避難。
食事であれだけ甘いものを出してくるのだから、おやつではどうなるのか想像するのも恐ろしい……。
親友と呼ばれていた彼女の舌は、イヤというほどそれを知っているのだろう。
「ふう……。いつもながら、つむじ風のような子ね……アヤコってば。おやつくらい食べていけばいいのに」
ポニテをかき上げて俺へうなじを見せながら、未来さんが小さな溜め息一つ。
そのおやつから逃げ出したとは、察しがついてない様子。
「……未来さんの友達なんだ?」
「うん。小中学校で、何年かクラス同じだったの」
ポニテを下ろして振り向いた未来さんの表情は、既に落ち着いてる。
ポニテかき上げは、彼女が気を落ち着かせるときの癖と見た。
「親友って言ってたね」
「親友っていうか……。わたしの嫁…………」
「ええっ!?」
「……を勝手に名乗ってるの、向こうは。そこにギャップはあるけれど、ま~親友で間違いないかな。うちのチームに男子入ったから、心配で様子見にきたみたい。アハハハッ!」
あー……驚いた。
驚いたけれど、この凛々しい顔つきに躍動感ある所作の未来さん。
嫁になりたい女の子がいても……まあまあ不思議じゃない。
「アヤコがリーダー務めるチームはいま、ランキング二位。順位を週末まで維持できれば、今度の首位戦で海土泊さんにリーチをかける存在────」
……そこは将棋知らなくても、「王手をかける」って言うべきでは。
麻雀よく知らないけれど、「リーチをかける」だと微妙に意味違わない?
っていうか、アヤコさんが勝ったら、俺がイマリさんを倒すという約束が……。
それとも順位関係なく、俺がイマリさんを倒せればいいの……かな?
「……ごめんなさい、桂馬くん。アヤコが彼女さんのこと、悪く言っちゃって」
「あ、うん……」
「あと、親友の名誉のために言っておくけど……。
「うん……。そこは俺が謝るべきだ、ごめん。変わってるって思ったし、話の流れでは口にしそうだった」
「子どものころ、後ろ向きなイメージの名前を理由にからかわれてたのよ。それをわたしが助けた……って言ったらおこがましいけれど、それ以来の仲。まさかレイドックスでも一緒だとは、思わなかったけれど」
名前からして、いいコンビっぽい。
「彼女のお父さんね。古生物学者……って言って、化石の調査とかしてたの。過去の積み重ねを重んじるとか、恐竜みたいに大きく強くなれ……とか、お父さんの想いがたくさん詰まった名前なの」
「いま、してた……って言った?」
「えっ? わたし過去形で言っちゃった?」
「うん。俺の聞き間違いじゃないなら」
「あちゃ~……。口滑らせちゃってたかぁ……このドジ」
未来さんが天を仰ぎながら、右手で両目を覆う。
萎れたポニテが、濡れたタオルのように真下へだらりと垂れ下がった。
「……ゴメン。ここから先は、秘密厳守ってことで」
「……うん。約束する」
「アヤコのお父さん……わたしたち中一のときに、行方不明になったの。海外で恐竜の化石発掘中に、地崩れが起きて……」
「えっ……」
「生きてるか死んでるか……は、わたしの口から軽々しく言えない。けれどアヤコはもう、辛い結末を受け入れてるみたいなの」
「…………」
「そこにこの、レイドックスの世界……。アヤコは口にはしてないけれど、わたしにはわかった。彼女はこのレイドックスのシステムを使って、お父さんと再会しようとしてる」
「そんなことできるのっ?」
「……わからない。けれどこうして、意識をデジタル化させて人間として再構築する技術があるのは事実。アヤコの記憶からいまはいない人を再現すること、不可能じゃない……と思う」
「じゃあアヤコさんは、ログアウトして現実に戻ったあと、このレイドックスの運営会社…………会社じゃないかもしれないけど、そこへ行って、お父さんの再現をお願いするつもり?」
「それも、あると思う。けれど海土泊さんと同じ道を、選ぶかもしれない」
「えっ?」
「ログアウトを拒否して首位に居座り続ければ、レイドックスの運営者がなんらかの接触をしてくるかもしれない。人間の再構築と引き換えに、居座りをやめる駆け引きが打てるかもしれない。もしアヤコが、同じ境遇のメンバーでチームを構成してるとしたら……こっちの可能性が高い。だって再構築した人と会うには、レイドックスの世界にいなきゃいけないんだもの」
まるで癒乃さんのような説得力ある推察を、未来さんが深刻な顔つきで展開。
この子は俺の想像以上に、ハイスペックなのかもしれない。
「先にこの世界へ来てたアヤコは、わたしをチームに誘わなかった。ううん、自分が抜けてでもわたしと組むのがアヤコ。それをしない……ってことは、わたしに百パー止められることをする気。それってやっぱり……ログアウト拒否」
「ログアウト拒否チーム同士の首位争い……か。この世界の出口、本当に塞がってるんだな」
「……だけどわたしは、抜けてみせる。元の世界に帰って、
「うん、もちろん。俺だって、イマリさんに勝たなくちゃいけないからさ。あと……元の世界へ帰ったら、世間へ訴える活動も手伝うよ。あ、いや……手伝うじゃなくって、一緒にやろう!」
「ありがとうっ! きみをスカウトできて、本当によかった!」
──ぎゅっ!
出会ったときと同じように、俺の手を両手で握ってくる未来さん。
でもその笑顔は、あのときよりずっとずっと、輝いて見える────。
「あ……ごめん。彼女いる人の手を、気安く握っちゃって……アハッ♪」
サッと両手を背中側へ隠した未来さんが、苦笑いで舌ペロ。
どうやら手を掴んでくるのも、感情と連動した癖っぽい。
こりゃあ相当な数の男子を、勘違いさせてきてるな……。
「じゃあ桂馬くん、そろそろ────」
「おう!
「じゃなくって、おやつ……」
「
「う、うん……。なんか、すごいヤル気だね……。頼もしいけど」
このあと激甘の晩メシも食べさせられる予定なんだ……。
おやつまで食べたら、現実の俺の肉体が胸やけ起こすぞ……!
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