第022話 駿馬

 ──3-7サンナナを何度か周回後、俺は労せずLV23へ。

 そこでチームは、ステージ三つ戻って3-4サンヨンへ移動。

 風景はさっきと同じだけれど、身を隠すための盛り土がない。

 それってつまり……。


「……ここからは、俺も戦えってことか!」


 自分を発奮させるための、小声での独り言。

 けれど前にいた未来さんの耳がピクン!

 ポニテを翻しながら、こちらへ微笑を向けてくる──。


「戦意満々ね。けっこうけっこう!」


「はは……。女の子たちが戦ってる背後で、ずっと案山子みたいに突っ立ってたんだから。そりゃあ焦れるさ……」


「あら? 案山子はデコイとしても使えるから、さっきまでの桂馬くんは案山子未満よ? 戦場で兵士に保護されてる一市民ってとこ?」


「うぐ……。弁解のしようもない……」


「……ううん。きみは『黙って待つ』という自分の使命を、きちんとやり遂げた。己の使命を全うするっていう、チーム戦で一番大切なことを守った。よね、癒乃?」


 未来さんが横顔を見せ、その視線の先にいる癒乃さんを向く。

 つられて癒乃さんを見ると、真顔でこくこくと頷き中。


「……だな。いらぬ好奇心や正義感でうろちょろされても困るし、女の前でいいところ見せたい……という参戦は下の下。ま、褒めるほどではないが、気に病む必要もない……といったところか」


「癒乃がときどき声掛けて、その場にいるよう注意促してたしね」


「それを言うなら、誉の跳躍弾だな。彼が隠れている盛り土へ一発当ててきたが、あれがいい緊張感を作った。注意ならだれでもできるが、ああいった機転は誉ならではだ」


 あっ……。

 誉さんのあの跳ねる弾、わざと撃ってみせたのか!

 癒乃さんも俺が動き回らないよう、話し相手をしつつ、敵をスナイプしていた。

 この子たち……なんて仲間想いなんだっ!


「さて未来、ここからはきみが彼の手綱を取る番だ。うまく先導して、バリアエネミーを倒させてくれ」


「オッケィ! それじゃあ桂馬くん、このステージ、わたしについてきてっ! 他のメンバーは散開ッ! バリアエネミー以外を各個撃破!」


「「了解っ!」」


 癒乃さんと誉さんの重なった返事。

 それにわずかに遅れて、アオサさんの返事。


「フン……了解」


 相変わらず、俺から露骨に顔を背けてる。

 その顔も、眉をひそめて、唇を口の中へ巻き込んでて……。

 不機嫌顔をこっちへ向けられても、困るところではあるんだけれど。


「よしっ! いくよ、桂馬くんっ!」


「あ……はいっ!」


 未来さんがやや前のめりの姿勢で駆けだす。

 荒れ地を踏みしめるスニーカーからはわずかに砂煙が舞い、小石が四方へ飛ぶ。

 一つ飛んできた小石が俺の足首に当たり、ソックス越しに軽い痛み。

 こんなところまで再現してるなんて、どれだけリアルなんだ。

 このレイドックスの世界は……。


「……桂馬くん。このステージにはバリアを張った敵が、二体いる。そこへ誘導するから、倒してみせて。きみのいまのレベルだと、かなり撃ち込まないといけないはずだけれど……きっと倒せるから!」


「わかった!」


 ポニーテールを水平になびかせながら走る未来さんを、真後ろから追う。

 いつもなら、太腿やらお尻やらへ自然と目が向きそうなものだが……。

 いまは太陽光を浴びてキラキラと輝く、栗毛色のポニテに目を奪われてしまう。

 ん……差が詰まって、ポニテの先っぽが鼻の頭をなでなで……。

 な、なんかちょっとエッチな感じがするなこれ……。


 ──ガショッ! ガショッ! ガショッ!


 ……正面から、重武装の敵ロボット!


「……っとと! そういやこっちのほう、非バリアの敵も一体いたっけ! 桂馬くん、一緒に倒しましょっ! 並んで!」


「う……うんっ! よぉーっし!」


「いやいや近い近いっ! 密着しなくていいから! 適度に間を置いてっ!」


「ご……ごめんっ!」


 未来さんの左隣から、横っ飛びで一メートルほど間を置いて────。


「わっ!?」


 体感的に一メートル弱のジャンプだったのに、放り投げられたかのような違和感を覚えながら、二メートルほど……飛んだ。

 先に着地した左足がズズズッ……と滑って、砂煙を伸ばす。


「桂馬くん、来るっ! わたしの連射弾ラピッドショットの軌道を参考に狙って!」


「わかった!」


 未来さんが右手に嵌めてる、黒い指出しグローブ。

 その中心部から赤く細長い光弾が、隙間なく連なって発射される。


 ──ダダダダダダダダッ!


 重くもなく高くもない、うるささを感じさせない軽快な発射音。

 それとともに光弾が赤い点線となって、未来さんの右掌と、敵ロボットの胸部中央を繋ぐ……。

 未来さんの軌道を参考……なるほど、ガイド線か!

 じゃあ俺がこの位置から撃つなら……この角度っ!

 発射の掛け声……シューット、シューット、シューット、シューット!


 ──ダッ! ダッ! ダッ! ダッ!


 外れ、外れ、かすり……当たり!

 少しずつ右手の向きを変えて、FPSとかで言うところの射線を微調整。

 俺の金色の光弾が、徐々にロボットを貫いていき……。

 俺たち二人の着弾が、きれいに一カ所に揃う──!


 ──ガショッ……ガッ…………ドゴーンッ!


「……やった! 撃たせる前に倒したっ!」


「フフッ……なかなかいい筋してるじゃない。やっぱ男の子は、銃とか好きなんだよね~。あー……でもゴメン」


「えっ? なにが?」


「いまの経験値、わたしに入っちゃった……エヘッ。連射弾って一度にまとまった数撃つから、ほかの人の獲物のとどめ奪っちゃうこと、けっこうあるのよねー」


「ああ、全然気にしないで。俺、ソロでもレベリングしまくるつもりだから、あんなザコ一匹気にしないよ」


「へ~、頼もしい! ときどきだったらこのリーダー様が、つきあってあげてもいいわよ、フフーン。桂馬くん、ウマが合いそうだから」


「そ、そうかな……。でも俺には、イマリさんが……」


「えっ!? あっ……ちょっ、誤解しないでっ! つきあうのはあくまでレベリングで、ウマが合いそうなのは成長タイプなだけだから!」


「成長タイプ……?」


「あー……えっと。レベリングでは各々伸びやすいパラメーターがあるっぽくて。桂馬くんはきょうのステータスの変遷見た感じ、機動力……すばやさの伸びがいいみたいなの。それがわたしと同じ……ってだけ」


「ああ……なるほど。それでさっき、ちょっと跳ねたつもりだったのに、派手に横っ飛びしたんだな」


「わたし、あっち……現実世界じゃ、走るの大好きだったから。このレイドックスの世界でも、走り続けていればいつかゴール……出口へたどり着くんじゃないかなって、思ってる」


「そうなんだ。未来さん、陸上部だったの?」


「現実世界の個人情報は、いっさい明かせませーん! さ、メインディッシュのバリア持ちNPCを倒しにいくわよっ!」


「うんっ!」


 未来さんが目指すゴール……ログアウトの手前には、イマリさんが立ち塞がる。

 けれどいま未来さんは、俺に気を使ってそれを伏せた。

 俺をチームメンバーとして認めてくれているゆえ……だろう。

 俺の目的は、イマリさんを倒すこと。

 それを成せば、未来さんをゴールへと導くことになる。

 この世界で頑張る理由が、また一つ増えた────。

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