第021話 新生「KNIGHT MARE」出撃っ!

 ──レイドックス、ステージ3・エリア7。

 硬い土が一面剥き出しの、広大な荒れ地。

 空以外はほぼ茶色な視界。

 その周囲は、ベテランの登山家でもないと登れないであろう断崖絶壁。

 ……もっともあれは、戦闘フィールドを囲む障壁を可視化したもので、そばまで行ったところで登れないらしい。

 きのう俺が経験した1-1イチイチの壁も同様……とは、いま右隣にいる癒乃さんの談。


「桂馬クンはしばしそこで待機、だ。LV2の身では、ここの敵にはかすり傷も負わせられない」


 フィールドにいくつかある、立った人間一人が身を隠せるほどの盛り土。

 それを背に直立し、この戦闘が終わるまで待機を命じられる俺。

 盛り土の向こうには、チームのみんな。

 そして、きのう俺を襲った人型ロボットを一回り大きくして、ゴテゴテと重火器を積んだ上位機体が向かってきてる。

 見るからに鈍重そうなのに、歩行がかなり速い。


 ──ガショガショガショガショッ!

 ──ダダダダダダダダッ!


 ロボットの歩行音。

 そして互いに光弾を撃ち合う音。

 それらが重なって、盛り土の左右から聞こえてくる──。


「経験値はステージクリア時に、チームメンバーに一定数均等に与えられるほか、個々が倒した敵に応じた分が、当事者に加算される。この3-7サンナナを周回して、午後二時のランキング戦までにきみをLV20台半ばまで引き上げる目算だ」


「あ、ありがとう……。でも、女の子たちに戦わせて、自分だけ隠れてるっていうのは、ちょっと気が引けるね……」


「ライフが0になるとロストと言って、戦闘から強制離脱させられる。だからといって死ぬことはないが、ロスト者にはいっさい経験値が入らない。申し訳ないと思うのならばうろちょろせず、じっと隠れていてくれたまえ」


「う、うん……」


 癒乃さんの注意を受けて、俺の両手両足がピシッと内側に揃う。

 彼女の理知的な物言いには、素直に従いたくなる不思議な響きがある。

 事務的のようだけれど、キツいでもなし、冷たいでもなし。

 親しみやすさ……。

 ……そう、親しみやすさ!

 俺に声を掛けてくれる女の子なんて、イマリさんと出会う前はコンビニのバイト店員くらいだった。

 「こちらのレジへどうぞー」ってやつ。

 対して癒乃さんは、重要な情報を自分からスラスラと語ってくれる。

 クールビューティーな彼女の言葉に冷たさも棘も感じないのは、親身、親切、人柄の良さがあるからなんだ。


「……ン? なんだこちらを見て。ああ、アタシのスキルを観察しているのか?」


「あ……うん。それに癒乃さんは、銃で弾を撃つんだなって」


 ……本当はその端正な横顔を見ていたんだけれど、そういうことにしておこう。

 言われて気づいたけれど、癒乃さんは掌からじゃなくって、拳銃みたいな武器から光弾を放っている。

 黒い本体に銀色のパーツが付属した、角ばった形状のいわゆるハンドガン。


「手から射出するのはいかにも漫画的で、アタシの性に合わない。スキルは炸裂弾エクスプロージョンショット。着弾すると爆炎を広げ、追加ダメージや近くの敵への連爆を生じさせる。連射性に劣るため、極力外さぬよう照準器サイトに頼っている。それも銃を使う理由の一つだな」


「……なるほど」


 この、一の話しかけに三の言葉を返してくれるところが、陰キャな俺の琴線にビンビン触れるんだな。

 最初から俺を受け入れるスタンスだったし、分け隔てをしない人……なのかも。


 ──ダダダダダダッ!


「わわっ!?」


 左前方から緑色に光る楕円状の光弾が飛んできて、盛り土のわきへ着弾。

 そこで光弾が四十五度ほどの角度で跳ね、俺の後方へと飛んでいく──。


「ごめん桂馬ちゃん、ビックリしちゃった?」


「……あ、いまの誉さんの弾だったんだ?」


「うんっ! 誉の跳躍弾! 地形に当たったら、バウンドして飛んでくのっ! けっこう使えるよっ!」


 歯を見せてニカッと笑ったあと、マイクのような形状の武器を手に、ミニスカートをなびかせて戦線へと駆けていく。


「うう……。あの小柄な誉さんも戦ってるのに、俺が棒立ちなのは罪悪感が……」


「なに。四、五戦後には桂馬クンも、戦力として使えるレベルになる。それから誉は『けっこう』と謙遜していたが、彼女の跳躍弾は強力だ。心配はいらない」


「癖が強そうな武器だったね……」


「ああ。だが誉は、跳躍弾の軌道を読むのに長けている。対NPC戦では物陰の敵を撃破し、対人戦ではどこから飛んでくるかわからない弾で敵を混乱させる。チームがここまで来れたのは、彼女の働きあってこそ……だ」


山椒サンショウは小粒でもぴりりと辛い、か」


「いやそもそも、レイドックスに体格差はないが?」


「えっ?」


「……未チェックか。プレーヤーの当たり判定ヒットマークは、体の芯に設定されている直径二〇センチ、地上一六〇センチの筒状で固定。ゆえに敵弾が広げた手足に当たったり、わき腹をかすめたりしても、被弾とはならない」


「へえぇ……。それってやっぱり、体格差をなくすため?」


「だろうな。自弾も敵弾も、おおむね地上一四〇センチを飛ぶ。必然的に敵弾をかわすのは前後左右の移動となり、ジャンプやしゃがみに意味はない」


「当たり判定は高さ一六〇センチの円筒状で、弾は地上一四〇センチを飛ぶ……か。細長い棒が移動しながら弾を撃ち合ってるイメージかな?」


「それでもいいが。きみはシューティングゲームの経験はあるか? 2Dシューティングの仕様を、FPS視点で行う……と言うほうが的確だろう」


「ちょっとは遊んだことあるけど……。俺は棒のたとえのほうが、ピンと来るかな」


「まあ、理解しやすいイメージを持てばいい。ン……そろそろ第一波が終わるか」


 ──ドゴーンッ!


 背後の盛り土の向こうから、ロボットの爆発音。

 距離が近かったのか音が大きく、背を当てていた盛り土がビリビリと震える。

 銃を構えた癒乃さんが、音がしたほうを向いた。

 俺へ解説しながらも、きっちり応戦していたようだ。


「桂馬くん、これから第二波がきみの正面から来る。盛り土の反対側へ移動……避難してくれたまえ」


「う……うんっ!」


 避難……かあ。

 いざこうして戦いに出てみると、自分の不甲斐なさが歯がゆい。

 チュートリアルも飛ばしたし、レイドックスを独学したつもりでも、まだまだ知らないことだらけだし。

 イマリさんに早く追いつかなきゃいけないし……。

 こりゃ一日六時間の出撃ノルマを「長い」なんて言っちゃいられない。

 単独でも戦いの経験を重ねて、部屋ではルールやヘルプを熟読しなきゃ────。

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