第023話 神の目

「いたわっ! バリア持ちNPCよっ!」


 未来さんが右手に顔を振る。

 一瞬、反動で左に振れたポニテを目が追ってしまうも、すぐに軌道修正。

 右手かなり先に、半透明の青い光球に包まれたロボットが一体。

 その後方に、同様のロボットがもう一体。

 手前のロボットがこちらへ首のみを向け、「見つけたぞ!」と言わんばかりに全身を旋回させて、前進し始める。

 こちらも立ち止まって体の向きを変え、正面から迎え撃つ姿勢──。


「桂馬くん、まずはわたしが撃ってみせるから、見ててっ!」


「うんっ!」


 脚を前後へ広げた未来さんが右手を構え、その手首を左手で固定しながら連射。

 たぶん、遠方の敵を狙うときの、ブレの少ない構え。

 未来さんの光弾は最初の数発が外れただけで、あとは全弾命中。

 バリアに────。


 ──ヴィヴィヴィヴィヴィヴィンッ!


 いかにもデジタルサウンドな響きを帯びた、低く鈍い音が連続。

 未来さんの攻撃は、すべてバリアの表面で消滅し、ロボット本体へ至らない。


「反撃来るっ! こっち!」


 左手へと駆けだす未来さんを無言で追う。

 それまで俺たちが立っていた場所を、バリアと同じ色の細長い敵弾が通過──。


「……未来さん! あの弾って、どこまでも飛んでいくのっ!?」


「ここらの敵はもう、フィールドの端から端までが射程ね。序盤のステージには、短いのもいるけれど」


「流れ弾は大丈夫っ!?」


「その心配がないよう癒乃が配置考えてくれてるから、そこは安心して。さ、今度は桂馬くんが攻撃してみてっ!」


「わかった!」


 未来さんを倣って、似た姿勢で光弾を数発発射。

 ロボットが前進してきて的が大きくなったからか、初っ端から全弾命中──。


 ──ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!


 未来さんのときとは違うヒット音!

 金属を強く叩いたような、重々しくもちょっと爽快な音!

 俺の光弾が敵のバリアを貫通して……本体にダメージを負わせたっ!

 この世界で、俺とイマリさんだけが持つ……貫通弾!


「効いてる効いてるっ! 効いてるわ、桂馬くんっ! そのまま攻撃続けてっ!」


「うんっ! でもどうせかせるなら……こうっ!」


「えっ!?」


 ──ダッ!


 胸の奥か、頭の奥かで湧いた、もやっとした閃きのようなもの。

 それを言葉へする前に、足が勝手に右手へと駆けだした。

 俺がそれまで立っていた場所を敵弾が通過するも、俺の移動は回避にあらず。

 手前のロボットと奥のロボット、二体が直線状に並ぶ位置を取る。

 ここで貫通弾を……撃つっ!


 ──ガガンッ! ガンッ! ガッ……ガガンッ!

 ──ガンッ! ガガッ! ガガンッ! ガンッ!


 貫通弾一発一発が、敵二体を時間差で貫く。

 敵弾をかわしつつも、一度の攻撃で二体同時に攻撃できる射線を維持。

 ロボットの前進に合わせ、後退を織り交ぜながら────。


 ──ドッカーンッ!

 ──ドッカーンッ!


 わずかな時間差で、派手な爆発音が二つ!

 た……倒したっ!

 厄介と言われてるバリア持ちの敵を、二体同時に……俺が倒したっ!


「はあっ……はあっ……ふぅ……はぁ…………」


 ──パチパチパチパチッ!


 緊張と高揚のピークにあった俺に、柔肌がぶつかり合う音が届く。

 グローブを外した未来さんが、瞳を閉じた笑顔で拍手。

 その柔らかくて甘い響きが、耳にくすぐったい……。


「すごいすごいっ! いきなり二機同時破壊だなんてやるじゃないっ! ちょっとカッコよかったよ! 桂馬くんっ!」


「いやあ、それほどでも……。あははは……」


 うーん、「ちょっと」かあ。

 まあここは、素直に喜んでおくか……うんっ!


「えっと……実はね。『二周目からは、二機同時撃破を練習させてくれ』って、癒乃に頼まれてたんだけど……。その必要なかったな」


「あははっ、いまの声マネ似てた! でもそこまで考えてるのは、さすが癒乃さんだなぁ」


「その癒乃の考えを初戦でやっちゃうんだもん。大したものよ、桂馬くんは!」


「……いや。それができたのは、未来さんのおかげなんだよ」


「えっ? わたし?」


 そう、きみのおかげ。

 さっきの閃きの正体が、ようやく言葉にできる。


「未来さんが『効いてる効いてるっ!』って言ってくれたとき、将棋のを思い出したんだ」


「将棋の……キキ?」


「将棋の駒の移動範囲…………射程距離とでもいうかな。たとえばかくという駒の射線上に、相手の駒が二つ合ったとする。手前の駒がよけても、手番……自分の番で後ろの駒を取れる。そういう王手飛車取り(※注)……ええと、一手でより多くの敵の駒へ干渉させるのが、将棋のコツ。それを応用したんだ」


「あ……ううん、えっとぉ……。前にも言ったけどわたし将棋サッパリだから、あとで癒乃に説明してあげて。とりあえず、きみの声マネは似てないってことは、よーくわかった、うん! アハハッ!」


「そりゃ女の子の声は、俺には出せないよ……。あはは……は…………あっ!」


 ……って、笑ってる場合じゃないっ!

 レイドックスの戦いに……将棋の応用が利く……。

 これって大変なことだぞっ!


「どっ、どうしたの? 急に怖い顔して……?」


「将棋ビギナーの俺が、すぐに戦いへ応用できたってことは……。イマリさんは恐らく、その数百倍……数千倍の感度で、このレイドックスというゲームを把握してる」


「あっ……」


「レイドックスのフィールドは自弾敵弾が地上一四〇センチで固定されてて、いわば平面の……盤。固有スキルは……駒の特性。イマリさんの思考力は、このフィールド全体を真上から見下ろせる『神の目』で……。背後から来る流れ弾すら、見えているのかもしれない……」


「そ、そんなぁ……。海土泊さんとわたしたちには、それほど圧倒的な差があるって……いうのぉ……?」


「イマリさんは言った。将棋の代わりに、このレイドックスでわたしを倒して……と。でも……できるのか? この将棋にも似たレイドックスで……イマリさんの背中へ追いつくことが……できるのか? 俺に……?」


「……………………」





(※注)おうしゃり。王手飛車とも。敵将の駒「王」と、強力な駒「飛車」のいずれかを必ず取れる状況を指す用語。転じて、王と飛車以外の駒の場合で用いられることがあるほか、日常会話でも「二者択一で利する状況」で使われる。なお、作中で桂馬が述べている状況は「間接王手飛車」と言い、厳密には王手飛車とは異なる。

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