STAGE 02 : KNIGHT MARE(ナイト・メア)

第018話 モーニングミュージック

 ──翌日。

 レイドックスへ来て初めての朝は……意外と普通。

 朝七時にセットしていた室内アラームを待たず、緊張からか六時半に起床。

 ブラインドの隙間では、柔らかい日光が滲んでる。

 部屋備え付けの白いガウンを脱ぎ、この世界へ来たときに……イマリさんのお見舞いへ行ったときに着ていた普段着へ。

 きのうの調べ物のあとで、ユウに話したところ──。


『ここは電脳世界でもあり、バーチャル空間でもあり、確たる意識が存在する世界でもあります。桂馬さんは精神という形で生きていますから、食事の満足感や、質の高い睡眠で、しっかり気持ちを休ませてくださいっ! ここはいわば、体力を精神力へと全振りした世界……ですね。キャハッ!』


 ユウの説明を言い換えれば、この体は俺の意識だけを抽出、または複製したモノ。

 本来の肉体はたぶん、病院かどこかのベッドの上で管理されていて……。

 ここで得た満足感や挫折感が、少なからず肉体へ影響を及ぼしている……と推測。

 そこはユウに聞いても、案の定おちゃらけではぐらかされたけれど……。

 ……基本、人間の心と体は連動してる。

 元の世界にある肉体を少しでもいたわるために、レイドックスの世界では極力ハッピーで過ごしたほうがいい。

 風呂は好きなだけ、好きな温度で瞬時に沸く。

 食事も、冷蔵庫の中にゼリーや果物、ドリンクが常時入ってる。

 クエストを進めていけば、外食も利用できるそう。

 トイレは……便意は普通に起きるらしいが、我慢と念じればそれは消えるらしい。

 出すもの出してスッキリしたいときは利用して、な感じ。

 そのほかの細かい生活習慣も、再現されてはいるが……。

 部屋や体の汚れなんかは、寝ている間にすべてリセットされるという。

 そこは便利な世界だ。

 一人暮らしを一足早く、ムシのいい環境でシミュレーション……な感じか。

 ただ、親や友達とは違う世界にいるってショックは、時間差で来るだろうな。

 この世界に慣れたあたりできっと、いや必ず。

 それを最低限にするためにも、この世界はもう一つの現実だってちゃんと自覚し、その事実を少しずつ噛み砕いておく必要がある────。


 ────────♪


 ……起床の室内メロディーだ。

 そういやキャンセルしてなかったな。

 ピアノのソロ演奏っぽい、ゆったりと落ち着いた音色。

 そのメロディーに、徐々に女性のハミングが重なってくる。

 ちょっと高めだけど甲高くはない、柔らかみを帯びた弾む声──。


 ──ルル♪ ルルル♪ ルールー♪ ルルルルー♪


 二度寝防止で、途中から歌声が混ざってくるのか。

 ……あれっ?

 この声って、もしかして……。


「……ユウ?」


 ──ピッ♪


「はいっ、大正解! おはようございます、桂馬さんっ!」


「わあっ!?」


 モニターが一人でに起動。

 ニコニコ顔のユウが、体の前で両手を振りながら映る。


「この起床用メロディーは約五百曲から自由に選んで設定できますので、お暇なときにでも試してみてください。マニアックなところでは、寿限無、般若心経、チェ・ゲバラの演説、バブルシステム、セガサターン起動音などがありますねー♪」


「……なんかよくわかんないけど、うち四百曲は実用的じゃなさそうな気が。まあ、しばらくはいまのユウの歌でいいや」


「おおっ、それは光栄の至りっ! いや~、ユウってばご主人様から愛されておりますなぁ。デュフフフフッ!」


「気持ち悪い声で笑うなよ……。速攻で変えたくなる」


「……ああっと、そうでした。チームリーダーさんから、メッセージ届いてますー。五時起きで送ったっぽいですね」


「未来さん健康そうなイメージあったけど、さすが早起きだな……。チームメイトだと、メッセージ送れるんだ?」


「ですねー。部屋の行き来は、別途フレンド登録が必要ですけど。ちなフレンド申請は、ついに九百件を超えましたっ! そろそろチェックしてあげても、いいんじゃないですか~?」


「それだけ溜まってると、なんか見るの怖いな……。イマリさんからは来ないってわかってるし、チームメイトとは会えるわけだし。ま、そっちはおいおい……。まずは未来さんからのメッセージ、見せて」


「了解ですっ! では、ユウはこれにて一旦撤収~!」


 ユウのフェードアウト後、モニター内の上から封筒のイラストが下りてくる。

 それが開封されて……未来さんのバストアップの映像が再生開始──。


『おはよっ、桂馬くん! 昨夜はよく眠れた? これを見てるのが正午過ぎ……なんてのは、勘弁願いたいわ。アハッ!』


 肩をすくめて、照れくさそうに笑う未来さん。

 えん色をした柔らかそうな生地のノースリーブ。

 肩と鎖骨を大胆に見せた、地味ながらもまぶしい部屋着だ。

 左胸の上っ面に、チーム名「KNIGHT MARE」のロゴ入り。

 この服装なら、体のライン……胸の形がくっきり見えそうだけれど、チームロゴより下は残念ながらモニターの外。

 うーむ、立ち位置上手く調節してる感じ。


『……こほん。このあと9時からチームのミーティング開くから、メニュー経由でミーティングルーム来てね。残りのメンバー紹介するわ。できれば事前に、チーム検索でざっとチェックしといて。じゃっ!』


 ……ふふん。

 そこは抜かりなく予習ずみだよ、未来さん。

 ……………………。

 ……あれっ?

 メッセージは終わったっぽいのに、動画の再生終わらないな……。


『ふ~うっ! 冴えない奴とは言え、男の子に自撮り送るのやっぱ緊張したな~!』


 未来さんがくるっと身を翻して、ポニテを根元からかき上げながら、うなじとそこから四方へ跳ねる後れ毛を披露。

 しかも……おおおっ!

 上着は背中側が大胆に開いてて……。

 形のいい肩甲骨が、左右にくっきり浮いてる!

 けっ……健康美!

 イマリさんとは別ジャンルの美っ!

 しかも後ろ姿では、肩から背中にかけてインナーっぽい白い生地がはみ出てる!

 ぶっ……ブラっ!

 スポブラ!


『……ねえユウ、わたしキョドってなかった? やっぱ何度か撮り直して、一番マシなの送ればよかったかなぁ?』


 バサッと豪快に下りたポニテが、肩甲骨を覆い隠すも……。

 未来さんはそのままモニターから遠ざかっていき、今度は下半身をお披露目。

 デニムのホットパンツから、硬く引き締まってそうな、隆起ある太腿が……。

 眼福眼福……。


『えっ? なに…………嘘っ!? まだ撮ってるのっ!?』


 急に振り向いた未来さん。

 目と口を限界まで開いた驚愕の表情。

 慌ててこちら……モニターへと駆け寄ってきて、カメラ目線でどアップに。


『あー……うっかり切り忘れてたぁ! やっぱ緊張してたのかなぁわた────』


 ……ここで動画は終了。

 残念ながら、未来さんのプライベート空間配信見逃し視聴はここまで。

 うーん、朝からいいものを見させてもらった。

 未来さん、プラはスポーツブラ派か。

 らしいと言えばらしい、うん。


 ──ピッ♪


 あっ……。

 ブラックアウトしてた映像に、ユウが表示された。

 けれどこのユウ……騒がしいうちの子じゃない。

 きのうチラ見した、眼鏡に豊乳な未来さんのユウ。


「……失礼します。三厩未来さんに仕えているユウです。本動画は、送信後に削除申請が行われています。このあとすぐに削除を行いますが、内容について聞きそびれはありませんか? ありましたらこのユウが、代理で答えさせていただきます」


「……いや、ないよ。九時にミーティングルームへ行けばいいんだよね?」


「老婆心ながら付け加えますと、午後ではなく午前の九時です。それでは失礼いたします」


 ……深々と一礼し、フェードアウト。

 メニュー画面へと変遷。

 うーん……いまの動画、消えちゃったのは惜しい。

 しかし未来さんのユウ、堅物そうっていうか、ビジネスライクっていうか……。

 ラフな感じの未来さんと、相性合うのかな?

 でもたまには、ああいう秘書タイプをそばに置いてみるのも悪くなさそう。

 起床メロディーのようにユウも変更できないか、ユウに聞いてみようか……。

 ……………………。

 ……いや、やめとこう。

 人工の産物と言っても、ユウだって女の子。

 「おまえを変える方法」なんて聞くのは失礼だし、俺の性格も歪む気がする。

 それにうちのユウの明るさは、レイドックの世界でこの先、俺を支えてくれるものの一つになってくれると思う。

 レイドックスの世界では、極力ハッピーで過ごしたほうがいい────。

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