第013話 またあした

「……現実世界での、肉体の健康状態。でしょ?」


 癒乃さんからの問題に、未来さんが即答──。

 答えてから体をこちらへ向け、会話に参加。

 その顔から涙は消えているけれど、やや俯いての、沈んだ表情。

 答を受けた癒乃さんは、これまでのクールビューティーを変えず。


「うむ。きっとそれが正解。X1とは、現実リアルの肉体の情報のはず。ログアウトして現実世界へ戻るより、意識がデータ化されたこの電脳世界で、生き生きと暮らしたい……。そんな同志を集めたのだろう、イマリは」


「それでも……。それでも、帰るべきよっ! 現実へっ! 家族の……友達の元へっ! 辛い現実に立ち向かうべきよっ! だって……不幸があるからこそ、幸せがあるんだからっ!」


「ふぅ……なあ、未来。その帰るべき肉体が、すでにない者がいるとしたら……きみは同じことを言えるだろうか?」


「あっ……」


「未来にとっては、現実は帰るべき明るく温かい世界なんだろう。しかしそうではない者もそれなりにいることは、推して知るべきだ。この世界にいるのは漏れなく、病院にいた者だからな」


 現実世界にもう……肉体がない人がいるかもしれない?

 それって……イマリさん…………が?

 イマリさんは帰るべき肉体がないことを知って、ログアウトを拒んで……いる?

 …………いや。

 最初の優勝で、賞品に情報X1を選んだってことは……。

 情報を得る前から、ログアウトする気がなかったってことになる。

 それって、爺ちゃんと同じで……。

 自分の死期を、知っ────。


「────いっ、いますぐイマリさんと話したいっ! 一人にしてくれっ!」


 もしもイマリさんの肉体が、もう現実世界には……。

 ……いや、そんなことは絶対ないっ!

 でも、現実へ帰ることを拒否しているのも事実だ!

 その理由を聞きたいっ!

 そして…………理由ごと、支えてあげたいっ!


「……桂馬クンは、ここらで自室へ戻りたいそうだ。さてどうするね、リーダー?」


「そ、それは彼の自由だけれど……。でも、うちのみんなの紹介もまだだし……。海土泊さんと会うことで、チームの乗り換えでもされたら……」


「未来の立派なポニーテールは、アタシたち『KNIGHT MAREナイト・メア』のはただ。乗り換えを防ぐのは、駿馬しゅんめのきみの仕事。オーケー?」


「わっ……わかったわよ。引き留め工作……すればいいんでしょっ!?」


 工作って、その相手の前で言っちゃダメなんじゃ……。

 でもそれが隠さず口に出ちゃうタイプなんだろうな。

 この未来さんは。


「……桂馬くんっ!」


 ──びくっ!


「う……うんっ!」


 未来さんが真正面に立ち、あの真顔を見せてくる。

 俺をスカウトしたときに見せた、真剣な顔を────。


「三日…………ううん、一日! あした一日いっぱいは、わたしたちのチームメイトでいてっ!」


 イマリさんも将棋中に時折見せた、凛とした顔。

 イマリさんと出会うまで、一度も見る機会がなかった女の子の真剣な眼差し。

 見せられると、どうにも弱い……。


「あなたと海土泊さんの関係は、おおよそ見当ついたけれど……。あなたと彼女が同じチームになることは、この世界……ひいてはあなたと彼女のために、ならないかもしれないっ! そこを一日だけでも、考えてほしいっ!」


 ──ぎゅっ!


 未来さんが、手を握ってきた────。

 奪い取るように俺の両手を体の前へ引き寄せて合わせ、上から両手を被せてくる。

 柔らかで、すべすべの肌触りが気持ちよく、喉の奥が甘酸っぱく疼く……。

 彼女なりの…………色仕掛け?


「……自分勝手なお願いしてること、わかってる。自分の都合、あなたへ押しつけてる。でも……わたしは帰りたいっ、元の世界へ! 同じ思いの人、きっと大勢いる! なにが正解かわからないこの世界の出口……完全に閉じないで! お願いっ!」


 ……いや。

 この未来さんは、そんなことはしない……きっと。

 知り合ったばかりだけれど、だからこその第一印象がそれ────。


「……うん、わかった」


「本当っ!?」


「未来さんには助けてもらった恩もあるし、最低あす一日は、このチームにいるよ。いや、いさせて」


「……ありがとうっ! それではあらためて、わたしたち『KNIGHT MAREナイト・メア』へようこそっ! アハッ!」


 ──ぎゅううっ!


 未来さんが握力を強めながら、瞳を閉じた笑顔へ。

 作為を感じない、ナチュラルに緩んだ頬。

 この子はきっと、この世界で手放しで信用できる存在だ。


「……あっ、ごめんなさい。もう部屋へ帰るのよね? メニュー画面を開いて家のアイコンをタップするか、ユウを呼び出して『部屋へ帰る』って言えばいいわ」


 照れ隠しか、手を離す口実か、未来さんが自分のリストバンドを操って、メニュー画面を開いて見せた。

 ずらっと縦横に並んだ、角が丸い正方形のアイコン。

 中心に、一目でユウの正面顔とわかるピクトグラム。

 その左隣に、三角屋根の家を模したピクトグラムがある。


「自室のアイコンはこれ。こんなにすごい電脳世界なのに、家のマークは昔のままなのよね。アハハッ!」


「本当だね……ハハハ。じゃあ、俺はこれで」


「……うん。桂馬くん、きょうはありがとう。またあした、ね」


 ニコニコ顔で、頬の高さで手を振る未来さん。

 俺は、まだ────。

 この世界に、きょうあしたがあるのか、日没があるのかさえも知らない。

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