第012話 マスクデータ開示権

「……イマリさんは、将棋が好きなんだ。強いんだ。奨励会……っていうプロを目指す将棋指しが集う組織へも入ってた。もしイマリさんが健康なら……いまごろは思いっきり、将棋を楽しんでいたはず」


「海土泊さんは、レイドックスに将棋を重ねて遊んでる……っていうの?」


「遊んでるんじゃなくて、せいを感じてるんだと……思う」


「もしそうなら……身勝手すぎるわっ! 将棋が好きなら、それこそログアウトして病気を治してから打ち込むべきよっ! 代用のゲームで勝ち続けていい気になるために、わたしたちを閉じ込めてるなんて……許せないっ!」


 ──バッ!


 俺の両腕がはらわれて、未来さんが後ずさり。

 それから身を翻して、頬の涙を拭い取る所作。

 背の向こうで腕を組み、端々がほつれたポニーテールをこちらへ向ける。

 会話に入る頃合いを見計らっていたかのように、横から癒乃さんの声──。


「桂馬クン、この先はアタシが話をしよう。将棋には多少の覚えがある。それに未来は、きみに肩を抱かれて少し高揚しているようだ」


「だっ……抱かれてなんかっ!? 手を添えられただけ! セクハラ受けただけっ! 高揚もしてないしっ! フンッ!」


 未来さんのポニーテールが、左右へ大うねり。

 荒ぶる仔馬……って感じ。


「……さて桂馬クン。イマリの戦闘スタイルが将棋ベースというのは、合点がいく話だ。直線状の敵を薙ぎ払う、彼女のボンバー……。あれを主軸に据えたフォーメーションとゲーム運び、将棋で言う中飛車じゃないかと、常々思っていた」


「そう、中飛車! ゴキゲン中飛車って戦法が得意なんだ、イマリさんは!」


「その呼称は初耳だが、奨励会は知っている。そこで揉まれていたということは、かなりの強豪だろう。その思考力はレイドックスにおいても、相手の動きの先読みや、弾道の見切りに利するはず。彼女の強さの根っこは弾幕ではなく、先を捉える思考力かもしれないな」


「……わかる。彼女は数百手先を読んで将棋してる。ヘボな俺と指しながらも、強敵ならばそこからどう攻めてくるか……を仮想してた。あの弾幕のように……イマリさんの思考が、ぶわっと盤上を覆い尽くしてた……」


「イマリの万華鏡弾カレイドスコープは、無数に枝分かれする棋士の思考の具現化……か。ふむ、興味深い話だ。やはりきみは、イマリと同じチームにはさせられないな」


「……えっ? どういう……意味?」


 顔の右側から緩やかに分けられている前髪を、癒乃さんが右手でなぞり、整えた。

 堅物そうな見た目に、理屈っぽい口調。

 他人を常に値踏みするかのような、吊り目気味のキツく冷めた目線。

 そんな近寄りがたい委員長タイプ……な彼女だけれど、離れたところから男の視線を集めていそうではある。

 折り目正しい七三分けは、サラサラでつややか。

 額はまるで鏡のようにつるつるでニキビ一つなく、眉毛は几帳面に整えられてる。

 随所で黒髪を彩るグリーンのメッシュも配置のバランスがよく、おしゃれ。

 地味のギリギリ一歩手前までおしゃれをした……って感じの子だ。

 この癒乃さんは。


「きみとイマリが同一チームになれば、ほかのチームから勝機が完全に失せるだろう。貫通スキルに弱体化ナーフが入るか、それに類したアプデがない限りはね」


 俺が持ってる貫通スキルって、そんな大それたものなんだ……。

 未来さんが俺を勧誘したときの必死の表情も、納得がいく。


「そして先ほどの桂馬クンの、口振りから察するに……。恐らくきみはイマリへ、ログアウトを勧めることができない」


「…………うん。そうかも」


 確かに……そうだ。

 もしイマリさんから「まだこの世界にいたい」と言われたら、俺は反対できない。

 納得できるまで、満足するまで、ここにいればいい……って。

 きっと……いや確実に、そう言う。

 癒乃さんは、これまで得た俺とイマリさんの情報から、それを看破している──。


「あと将棋には、タイトル防衛戦もあるだろう? 彼女にとってタイトル防衛という行為には、きっと大きな意義がある。それに……」


「まだ……イマリさんになにか?」


「イマリはマスクデータの開示権を得ている。きょうのランキング首位褒賞で、二つ目を獲得した」


「マスクデータ……開示権?」


「マスクデータ。意味はいろいろあるが、ビデオゲームにおいてはユーザーに不可視なデータのこと。HPヒットポイントだのMPマジックポイントだの、APアクションポイントだのQPクエストポイントだの。そうした明示された数値以外に、内部で処理されているデータ」


「あ、ああ……。たとえば、アイテムのドロップ率とか、その計算式とか……だよね? 課金ガチャの排出率なんかは法律で明示が義務付けられてるけど、ゲーム内のアイテムドロップ率や与ダメージ計算式は、それに当たらない……っていう」


「話が早くて助かる。未来へ飲み込んでもらうのに、一番手間取ったところだ。フフッ……」


 ……目の端で未来さんのポニテをチェック。

 「フンッ!」と言いたげに、首を縦に振って根元から先端までを波打たせた。


「そもこの世界に、日本の現行法が適用されているかは不明だが……。ここにはガチャはないし、与ダメージ計算式の類もおおむね公開されている。けれど現状、ユーザー情報で不開示になっているステータスが二つある。これだ」


 ──フォンッ♪


 癒乃さんがリストバンドをダブルタップし、自身のステータス画面を開く。

 癒乃さんの正面の顔写真と全身像。

 ルビつきのフルネームに、固有スキル、各種ステータスが並ぶ……。

 あ、さすがに年齢やスリーサイズはないんだな。

 そしていくつも並んだ「?」で埋められた、下線付きの欄が二カ所……。


「この空欄。通称、X1エックスワンX2エックスツー。イマリは第一回ランキング戦の選択褒賞で、ログアウトとX1開示権の二択から後者を選んだ」


「それをイマリさんは、見られる……と。ログアウトを拒否するために、とりあえず別の賞品の選んだ感じ?」


「さあ? ちなみに、そのときのイマリは一人。チームメイトなしで、五人編成のチームを破っている」


「……マジ?」


「第一回のときは、この世界の住人もまだ少なくて、全体の平均レベルも低かったらしいから、そういうこともできたようだ。さて、ここで重要なのは……なにか?」


「情報X1を閲覧できるのは、この世界でイマリさんだけ……ってこと?」


「正解。きょう獲得したX2は、チームメイト全員が確認できるがな。さて第二問。このことを踏まえて、察するべきことは?」


「ん…………。イマリさんは、情報X1を参考にしながら……。いまのチームメイトを……スカウトした?」


 ……俺の回答のあと、ほんの少し生じる間。

 そのあいだ瞳を伏せていた癒乃さんが、ゆっくりと目を開く。


「……それだと30点。重要なのは、イマリのチームメイトが全員、『ログアウトしない』という共通の意思を持っているということ。そしてX1は、その意思を確認できる情報と見るべき……ってこと」


「あ……!」


 ……そうだ。

 チームにログアウトしたい者が一人でもいれば、絶対揉める。

 足並みが乱れる。

 さっき見た、見事に統率されたチームなんて……維持できっこない。


「……さて、最終問題。これは未来に未出題だから、二人で一緒に考えてほしい。これまでの情報に、きょう桂馬クンが持参した情報を加味すれば、X1の内容を推測可能。それはいったい……なんだろうか?」

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