第011話 バリアスキル戦法

 無表情のイマリさんから隙間なく発せられる、光の弾幕。

 扇を広げたように……。

 クジャクが羽を広げたように……。

 イマリさんを中心に、色と模様が広がっていく。

 一方、相対するチーム五人の体は、青色の縁取りをした光の膜で覆われている。


「手前……挑戦者チームの全員が、青い光に包まれてるでしょ?」


「う、うん」


「あれはバリアスキル。敵弾から自身を守る障壁を、周囲に展開するスキル」


「バリア……スキル……」


「いまレイドックスこの世界では、バリアスキル持ち五人でチーム組むのが最適解とされてるの。ランキング戦の試合時間は三分。その間、バリアスキルで敵弾をしのぎ切れば、残生命力ライフによる判定勝ちが転がり込んでくるってわけ」


 ライフ……。

 フィールド内の人たちの頭上に浮いてる、ゲージと数値……あれか。

 被弾するごとにゲージが短くなって、数値が100パーセントから減っていってる。


「……ああ、ソシャゲのアリーナ戦でもあるね。そういう編成。攻めるチームじゃなくて守るチーム作って、判定勝ちを拾う手口」


「バリアスキル五人編成は、現時点でのほぼほぼ必勝法。それに対抗できるのが、いまは桂馬くんと海土泊さんだけが持つ、貫通スキル」


 眼下のフィールドで繰り広げ……いや、一方的に行われている戦い。

 バリアを張った挑戦者チームの五人が、懸命にイマリさんたちを狙い撃つ。

 イマリさんはそれを、黒髪を舞わせながら紙一重で見切り、かわし……。

 弾幕がバリアを無視して、挑戦者たちの体を通過していく──。


「あ、あれって……大丈夫なの? 死なない?」


「ゲーム上の演出だから、平気。接触した分だけ、ライフの数値が減るだけ」


「……なるほど」


「全身を護るバリア、前方を護るシールド。ほかにも、防御力を異常に高めるアーマー……なんてスキルもあるけれど。貫通スキルの前では、どれも無意味。見て、ランキング二位の挑戦者チームがもう、万華鏡弾カレイドスコープに飲み込まれたわ」


 独壇場……なんて呼ぶのも生ぬるい。

 イマリさんから放たれる隙間ない弾幕は、フィールドを完全に支配してる。

 挑戦者チームはもう全員、圧倒的な弾幕の濁流に飲み込まれた。

 体の周囲に展開していたバリアは徐々に色が薄まり、いまやビニール袋のように透け透け。

 耐久性を削がれて消滅寸前……なんだろう。


「これだけじゃないの、彼女の怖さは。本番は……ここから」


「まだなにか、イマリさんが?」


「ボンバー……。リーダーだけが、戦闘中に一回から数回発揮できる、強力無比な攻撃、もしくは緊急回避手段。海土泊さんは、自身の直線上に強力な弾消し光弾を、切れ目なく一定時間射出する…………見てて」


 眼下のイマリさんが、薄く水色に輝いて──。

 その輝きと同じ光弾を、数秒間自身の真正面へと連ね射る。

 その幅……戦闘フィールドのほぼ三分の一。

 そして残り三分の二へ、イマリさんのチームメイト四人が光弾を放って塞いでる。

 相手チームに、逃げ場なし……。


「ここで挑戦者チーム全滅、敗退。現時点での天井までレベル上げて、スキル強化重ねて築いた鉄壁のバリア戦法が海土泊現在へ通じるか、注目の一戦だったけれど……。結果は見てのとおり、一方的」


「イマリさんが……。この世界では最強……」


「ランキング首位の報酬には、『ログアウト』があるの。ランキング首位を取ったチームのメンバーは、この世界……レイドックスを抜け出せ、現実世界へと戻ることができる。現時点では元の世界へ戻るための、唯一の手段。ただ……」


「……ただ?」


「首位チームへの報酬は選択制。ランキング戦初首位を手にした海土泊さんは、こともあろうに選択褒賞の『ログアウト』を無視した。別の褒賞を選んだ。そしてきょうの第四回ランキング戦でも首位を防衛し、選択報酬で自身の強化を望んだ。彼女には恐らく……ログアウトする気がない」


「イマリさんには……元の世界へ、戻る気がないってこと?」


「……桂馬くん。不躾な質問だけれど彼女、重い病気患ってない? あなたがショートカットと言ったのは、投薬の副反応による脱毛……じゃない?」


「そ、どうして……それを?」


「このレイドックスの世界へ送り込まれた人間には、ある共通点があるの。それは……全員、連続院内感染が発生したときに、病院内にいたこと。患者、見舞い客を問わず」


「えええっ!? た……確かに俺も、イマリさんのお見舞い中に院内感染が起きて、なにかの注射を打たれて……。気づいたら、この世界にいたけど……」


「ユーザー間の情報共有と考察で、連続院内感染騒動とこの世界が関与してるのは、確実視されてる。でも、それ以上のことはなにも……。レイドックスを作ったのは、管理運営しているのは、いったいだれか……さえわかってない。わたしたちは『ログアウト』というご褒美を餌に、わけもわからずゲームで戦わされてる……」


「マジかよ……」


「でもこの状況、この世界を……肯定、歓迎してる人たちもいる」


「……え?」


「たとえば……そう。ベッドの上でずっと暮らしてた子とか、髪……あるいはとか。ここではみんな、健康だったころの姿でいられる。そんな子たちの中に、現実世界へ戻りたくない、ずっとレイドックスにいたい……と思う子がいても、ちっとも不思議じゃない」


「もしかしてイマリさんは……。現実世界へ帰るのを、拒んでる?」


「ずっとここにいたい子は、適当に勝って、適当に負けてればいい。けれど海土泊さんは、圧倒的な戦闘力でランキング首位に居座って、この世界の出口を塞いでる。彼女は現実世界……現世への門を閉ざしてる地獄の鬼、冥府の死神……なのよ」


「イマリさんが……死神……」


現実リアルの肉体が、たとえどんな状態であっても、元の世界へ戻りたい……。自分の家へ……家族や友達の元へ帰りたい……って子だって、いるのに……」


 未来さんが俯いて、体を震わせる。

 長い横髪に隠れた顔は、悲しみか、怒りか……。

 でも、だけど……。

 イマリさんが本当に、未来さんが言ったような存在だったとしても……。

 俺には責められない。

 青春をベッドの上で消費して、髪を失って、ときどき高熱にうなされて……。

 大好きな将棋のただ一人の相手も、俺みたいなド初心者……。

 本当なら、もっと手強い相手に挑んで、プロの座を得て、タイトル戦へ……。

 ……………………。


「……ああっ! わかった!」


「えっ、なにっ!? なにがわかったの、桂馬くんっ!?」


 ポニーテールを大きく縦にしならせながら、顔を上げる未来さん。

 俺の大声に驚いた未来さんの目と口は、大きく丸く開いていて……。

 瞳の表面に溜め込んでいたであろう涙を、頬から顎へと一筋垂らした。

 その顔が一瞬、ベッドの上のイマリさんと重なって……。

 俺は柄にもなく、さっきまで小刻みに震えていた未来さんの両肩を、正面から掴んで顔を合わせる────。


「イマリさんが戦い続ける理由……将棋だよ!」


「……将棋?」

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