第010話 万華鏡弾(カレイドスコープ)

 ええっと……ユーザー検索ユーザー検索!

 リストバンド叩いて、ユウを呼び出せばいいのかっ!?


「……未来。ひょっとして彼は、海土泊現在の知り合いか?」


「そうなの。彼女と親しい仲みたい。彼をわたしたちのチームに置きたいのって、それもあるのよ」


「なるほど……。彼女のチーム、『LUNA MAREルナ・マーレ』に桂馬クンが入ると、かなり厄介……というか、ほぼ詰むな」


 未来さんと癒乃さんが、なにやらひそひそ話……。

 いまのうちに、こっちはこっちで自分の用事を────。


 ──フォンッ♪


「はーいっ、ご指名ありがとうございまーす! ユウでーすっ!」


「ユウっ! ユーザー検索を────」


「桂馬さん桂馬さんっ! フレンド申請が二百二十三件……あっ、いま変わりまして、二百二十四件届いてますよー。さっすがレアスキル所有者、LV2の分際で大人気ですね~。あっ、いま二百二十五件に……」


「そんなのいいから、ユーザー検索をさせてくれっ!」


「……ではフレンド申請の通知、オフにします?」


「そうしてく……いや待った! その中に、海土泊現在って人からの申請……ある?」


「ないですね」


「即答かよっ!」


「そりゃあ優秀なアシスタント・キャラクターですから。けい単位までなら、ユーザー照会なんて一瞬ですよ! えっへん!」


「じゃあ海土泊現在を一瞬でユーザー検索頼むっ!」


「おっ、フレンド申請が二百二十七件! ややっ、二百二十八件! すみませんねぇ、初期設定ですと、通知業務が優先されるもので~」


「じゃあそのフレンド通知、切って!」


「了解です~。ではでは、確認をお願いしまーす!」


 ユウのニコニコ顔の両わきに、「通知オフ」と「キャンセル」の文字。

 ユウが笑ってるのは、貧乳いじりから機嫌を直したのか、俺の狼狽を楽しんでいるのか、もうそういうのは関係なしに、人工の産物として業務に戻っているのか……。

 とりあえず「通知オフ」をタップして、うざいフレンド申請通知をオフに。

 俺がいま繋がりたいのは、イマリさんだけなんだから────。


 ──トン。


「……桂馬くん」


「ん……?」


 左手で「通知オフ」のタップと同時に、左肩に温かい触感。

 未来さんの右手全体が、左肩へ載ってきてる。

 衣類越しでも如実にわかる、女の子の柔らかな掌の感触……。


「海土泊さんを……見せてあげる。録画の映像になるんだけれど、彼女と直接コンタクト取る前に、見ておいたほうがいいと思うから」


「映像……? イマリさんの?」


「正確にはリプレイ動画。ついさっき行われた、ランク昇格戦。首位の彼女にとっては防衛戦……なんだけど。癒乃、準備いい? 席は挑戦者チームのバック、観客はオフでお願い」


 ゲーム用語っぽいワードを並べ立てる未来さん。

 それを受けて頷き、自分用のスクリーンを操作する癒乃さん。

 病院のベッドの上で意識を失ってから、何度も何度も繰り返されてきた、俺を置いてけぼりの流れ。

 でも、だけど……。

 初めて顔を合わせたときの、未来さんの真剣な表情は……。

 この謎だらけの世界で、数少ない信用に足るものだと思う────。


 ──ブウォオンッ♪


 柔らかな白い光でホワイトアウトする周囲。

 目に優しい、刺激のない白い光が、俺以外のすべてを真っ白に染める。

 それが徐々に薄まっていって……。

 競技場スタジアムのような、観客席に周囲を覆われた平地を現した。

 いすに座ったままだった俺は、その観客席の一つに腰を下ろしている。

 右隣には未来さん、左隣には癒乃さん。

 三人は長方形のフィールドの、短辺を望む真正面に着席──。


「また、景色が変わった……」


「いまから目にするのは、ユーザーバトルのリプレイ映像。きみがこの世界へ降り立ったころ、海土泊さんは戦ってた。ユーザーがこの一戦に注目してたから、わたしは運良く来たばかりのきみをスカウトできたってわけ、ね」


 サッカーのフィールドほどの、芝生が敷き詰められた長方形のエリア。

 白線に囲まれ、それを均等に二分割する白いセンターラインが引かれているのも、サッカーのフィールドと同じ。


「手前の陣地が挑戦者チーム。そして奥の陣地が王者チーム。ユーザー同士のシューティングバトルが、これから始まる」


 俺へ一瞥もせず、未来さんがフィールドを見つめながら言う。

 落ち着いた状況であらためて見る、未来さんの横顔。

 長い睫毛、尖った鼻、血色のいい頬と唇、くっきりとした顎のラインと細い首。

 ずっと太陽の下で育ったみたいな、イマリさんとは対照的な健康美。

 飾り気がないのに素朴とも言いがたく、かわいいと美しいの境目に立っているという印象の、なんとも絶妙な美少女具合。

 イマリさんと出会ってなかったら、チョロ惚れしてたなこれは……。

 でもいまその表情に、およそ「正」の気配はなく、諦め、もしくは嫉妬のような「負」の思いを、色濃く浮かべている──。


 ──ビイイィイイィイイッ!


 ホイッスルっぽい音が鳴り響く。

 手前と奥に二分割されたフィールドへ、五人ずつ人影が現れた。

 手前のフィールドには、体形様々な男五人の背中。

 RPGやラノベ原作アニメの、勇者や冒険者を意識した様な格好。

 奥のフィールドには、細身の若い女性五人の正面像。

 晴れ着を軽装へアレンジしたっぽい、随所で体のラインがわかる艶やかな衣装。

 女性陣は、いずれもアイドルのような整った容貌の持ち主……。

 黒く艶やかな長髪を扇状に広げた、五人のセンターを陣取る色白の少女。

 その左右へ二人ずつ、チームメイトが散開。

 横一列のフォーメーションを展開……。

 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。

 ……えっ?

 まさかあの、センターを司る黒い長髪の子……。

 イマリ……さん?

 俺が知ってるイマリさんは、治療薬の副反応で頭髪が抜け落ちてて……。

 あんなに髪は長くないし、眉毛もくっきりしてないけれど……。

 でも、でも……。

 それ以外は……イマリさんっ!

 俺が知ってる……俺が想ってる……俺がガチで好きになった女の子……。


「イマリさんっ……!」


 思わず名前が口から出た。

 好きな女の子の名前を、体がえた。

 勝手に膝が伸びて、尻がいすから離れた。

 腰が伸び、背筋がまっすぐになり、両手が岩のように固い拳を作った。

 目尻からは、熱い涙がボロボロと零れ落ちた────。


「イマリさん……! イマリさんなんだね……!」


「……桂馬くん。これはリプレイだから、あなたの声は彼女に届いてない。でもやっぱり、シューティングバトル『レイドックス』のランキング首位チーム、そのリーダー……海土泊さんは、きみの想い人……なのね」


「……ああ。世界一ショートカットが似合う女の子さ! いまはどうしてかロングヘアーだけれど、見間違えるもんかっ!」


「ショートカット…………そう。彼女失っているの。大きななにかを」


 悲しげな表情と、湿っぽい睫毛を、未来さんがイマリさんへと向けた。

 未来みくからの、現在いまりへの視線……。

 それは憐れむようでもあり、同調するようでもあり……。

 そして、憎むようでもある、感情ないまぜな複雑な視線。


「……見てて、桂馬くん。彼女の圧倒的な……暴力を」


「……暴力?」


 俺が疑問の声を、短く上げた瞬間────。

 イマリさんを中心に、様々な色を帯びた光弾が無数に散りばめられた。

 全方位に隙間なく発せられた光弾が、幾何学模様のようにフィールドを埋めて……塗り潰していく。


「……だれが呼んだかあの攻撃、万華鏡弾カレイドスコープ。海土泊さんの弾幕は万華鏡の模様のように、規則的ながらも乱雑に、視界を、世界を覆い尽くす」


 さっき俺が戦ったロボットが放った弾。

 対抗して俺が放った弾。

 その数百倍……いや数千倍の弾幕が密着し、折り重なって、フィールドを染め上げる────。


「……桂馬くん。この世界レイドックスからログアウトして、現実世界に戻り、家族や友達の元へ帰るには……。彼女を倒さないといけないの。ランキング首位チーム、『LUNA MAREルナ・マーレ』のリーダー、海土泊現在を────」

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