第009話 洗礼

「……そちらのいすへどうぞ」


 ピンクの厚いクッションが敷かれた丸いす。

 それを指さしてから、くるりと身を翻す未来さん。

 栗毛色の長いポニーテールが、水平に宙を舞う。

 戦闘が終わり、周囲は木材の温かみと、うっすら甘いコーヒーの香りが漂う空間へ一変。

 そして、これまでのピリピリとした闘気を静め、やわらかな物腰でマグカップをトレーへと並べ始める未来さん。

 ……………………。

 な、なんだか急に、未来さんを女の子として意識し始めちゃったな……。


「桂馬くんは、シュガーどうなの?」


「シュガー……?」


「お砂糖、よ」


「あっ、砂糖のシュガー……ね。俺はまた、この世界の専門用語かと……はははっ」


「ウフフッ……。確かにわたしも、ここへ来たばっかりのときは、英語カタカナ見ると身構えてたっけ。ではあらためて……コホン。お砂糖は?」


 コーヒーに砂糖……家では軽く入れてる。

 イマリさんの前では、自分だけ味が濃いものを飲むまいと、休憩室の自販機で緑茶を買ってた。

 彼女、食事制限きつそうだったから。

 で、この場では……未来さんの前では……。

 やっぱり、ブラックで大人っぽさを────。


「クリープ大さじ一、グラニュー糖を小さじすりきりで」


 ……ん?

 左後ろから……淡々とした女の声?

 振り向けばそこには……いつの間にか、知らない女の子が。

 未来さんと同じ衣装で、背格好も同じくらい。

 黒い七三分けの前髪に、緑のメッシュがところどころ入った、肩までのカール。

 大人っぽい、理知的……そんな印象の子の、キレ長の瞳と目が合った。


「……未来、彼か。貫通スキル有する新入りは」


 新手の女の子が、真顔を崩さずに未来さんを向いた。

 キッチン棚からグラニュー糖の瓶を取り出している未来さんは、振り向く代わりにポニーテールを左右へ振って反応。


ってことは、ユノはメンバーとして認めてくれるのね?」


「新メンバー探し、貫通スキル持ちを見つけたらリーダーの裁量でとりあえず確保。そう取り決めてたからな。バリア戦法横行の現状、人柄のチェックだけでもしておきたい。そもそもが回復していない以上、反対は無意味だ」


「そうなんだけれどさ。その無意味を……アオサはしてくる。たぶん、絶対」


 なんだかまた、固有名詞が飛び交い始めたぞ……。

 とりあえず、そちらのクールビューティーさんのお名前は、ユノ。

 そして俺、ひょっとして未来さんのチームに歓迎されて……ない?


「アオサは……男子の加入は反対だろうな。どう説得するつもりだ?」


「苦しいけれど、取り決めに『男か女か』の条件はなかった……って、それで押しとおす。あとはキック権回復までの間に、彼の仕事ぶりを見てもらう……ね」


「……確かに苦しいな」


「だから名参謀のユノからも、口添えが欲しいのよっ! はい、クリーム大さじ、グラニュー糖小さじすりきりコーヒー、お待ち! ビスケットつき!」


「やれやれ、ビスケットで買収とは安く見られたな。懐柔するならば、ホマレのほうだろう。そうすれば三対一の多数決だ」


「……そうなんだけれどね。ホマレは数で個人を潰すの、好きじゃないから。うちのチーム、何事も多数決は最後の手段だって考えてる。あ、桂馬くんもコーヒー、冷めないうちにどうぞ」


 ──カタン。


 テーブル上に、白い湯気を立てるマグカップが置かれた。


「熱いうちにと思って、返事聞かずにお砂糖入れちゃった。ごめんね」


「あ、いや。俺、ブラックも微糖もいけるから。ありがとう」


 ……うーん、模範解答。

 まあ実際、ブラック無理ってわけでもないし。

 女の子が淹れてくれたコーヒー……か。

 イマリさんとは気心通わせてたけれど、飲食の交流はさっぱりだったし。

 人生初の、女の子手作りの飲食物……いただきます。


 ──ズズッ……。


「…………っ!? くっ……けほっ……!」


「えっ!? えっ!? どうしたの桂馬くんっ!?」


 あ…………甘いっ!

 めちゃくちゃ甘いっ!

 もしかしてお汁粉……か、これ?

 ……いや、香りはちゃんとコーヒー……だ。

 でも、このねっとりした食感は、コーヒーとは思えない……。


「アーッハッハッハッハッ! 早くも甘党未来の洗礼を浴びたか、曽根桂馬クン! 溶けきれないギリギリまで砂糖ブチ込んでくるからな、未来は。一瞬、お汁粉と思っただろう?」


「う、うん……。あっ、いや。別にそんなことは……」


 ユノって子が、初めて表情を変えた。

 目を細めて、大きく口を開けて笑った。

 ポーカーフェイスのクールビューティーってわけでもないんだな。

 そしてまた、俺のフルネーム勝手に知られてる……。


「アタシはスメラギ・ユノ。漢字ではこう書く」


 ユノさんがなにもない宙で、左人差し指をさらさらと動かす。

 それを追って、宙に大きく明朝体で、名前が浮かび上がった。

 住良木すめらぎ……癒乃ゆの……か。


「名前に癒し……の字が入っているが、性格はまあまあ辛口だ。未来のように甘々ちゃんじゃないが、よろしく頼む。その他のプロフィールは、ユーザーネーム検索で調べてほしい」


「癒乃ってば、さっきからひっどーい! わたし別に甘ちゃんじゃないし! コーヒーのお砂糖だって、一般的な量だし!」


「いや……。チーム結成前の会議で、未来が淹れたコーヒーを残り全員が一斉に噴き出しただろ……? イチゴにもミカンにも、糖度10パー超えのトマトにも、砂糖かけて食べるし……」


「だ、だって……。苦みや酸っぱみが甘さを上回るのって……普通イヤじゃない?」


「まあ、あのときのコーヒー一斉放水で意気投合して、チーム結成に至ったんだがな。一人欠けるのが、存外早かったが……」


「……うん」


 ……女の子たちの会話を、間近で聞くのいいなあ。

 イマリさんが女友達と会話弾んでるところも、見てみたいなぁ。

 俺以外の同世代が、お見舞いに来てるところ見たことないし…………。


「……そうだイマリさんっ! まずはイマリさんを……ユーザー検索っ!」

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