第014話 来ちゃいました

 ──フォンッ♪


 自室……俺の部屋、だ。

 戻ってきた……と言うべきなのかな。

 でも、こんな明るい部屋だったっけか?

 グレー一色で、もっと陰気くさい部屋だったような気が…………あっ。


「窓……。外……」


 いつの間にやら、窓がある。

 クリアに透きとおった、ガラス厚めの大きな窓。

 ブラインドつき。

 部屋の外には、未来さんと出会ったときの草原が広がってる。

 夕暮れ前の、ちょっと赤みがかった日光が、部屋に差し込んでる。

 そして、この部屋で目覚めたときにはなかった、ドアが三つ……。

 玄関、風呂、トイレ……か?

 こういう疑問が湧いたときは……。

 壁のモニターの電源を……タップ──。


 ──ピッ!


「……ユウ、あのドアと窓は?」


「アハハッ、桂馬さん。ユウの扱い、慣れてきましたねー。さてさて、この『レイドックス』では、クリアしたステージを屋外に設定できます。もちろん敵はいません。桂馬さんが1-1イチイチを突破したので、自動で背景に設定されました」


「へえー」


「チュートリアル前に外へ出てしまわないよう、最初は窓やドアが未設定なんです。そこはチュートリアルで説明させてもらう予定だったんですけど……ねぇ?」


 ユウがわずかに体を傾けて、端に寄せた黒目でちらっと見てくる。


「……面目ない。あのときは焦ってたから」


「多少なら、部屋の模様替えもできますよー? ランキング戦を勝ち上がったり、クエストを進めたりすれば、家具が入手できますので!」


「本当にゲーム世界だね……って、ああそうだ! この世界ってなに? 俺の精神がデータ化されてるってマジ? それで、俺たちの肉体って……どうなってるの!?」


「ここは電脳シューティングバトル『レイドックス』の世界です! 仰るとおり、桂馬さんは意識をデータ化されて、レイドックスの一ユーザーとなっています。なお、ユウはレイドックス世界の住人ですので、ゲームの外の世界のことは、いっさい存じ上げませーん。キャハッ☆」


「キャハッ……じゃねーよ! 無責任すぎだろっ!」


「では桂馬さんは、銀河系の外にはどういった星があるか知ってますー? ビッグバン以前の状態わかりますー? 四次元ってどんな世界ですかー? 時間旅行の方法ご教授くださいますー?」


「ろっ……論点ずらしだっ!」


 思わず吐いた強めの言葉に、ユウは澄ました笑顔で顔を左右にふるふる──。


「いいえ、ちっとも。ユウはこの世界の一市民。桂馬さんと立場は変わりません。ですのでゲーム外の知識はありません。そもそもユウはアシスタント・キャラクター。情報を隠蔽して話をそらすようなマネは、できないよう構築されていますっ!」


「本当かよ……」


「その代わりゲーム内のことでしたら、なんでも懇切丁寧にお答えいたしますっ! さあ、ゴリゴリ質問してくださいっ!」


「じゃあ……ユウ。おまえの胸囲、いくつ?」


「……あっ、そうそう! フレンド申請、六百件超えてますよ~。女の子からも相当来てますし、人生最大のモテ期到来じゃないんですか~? キャハッ☆」


「隠蔽も話題そらしもできるじゃねーかっ!」


「気にされていた、海土泊現在さんからも来てますね。フレンド申請」


「えっ……本当っ!?」


「さらに朗報、在室中です。フレンド設定を許可した上で、お繋ぎしますかー?」


「う……うんっ!」


「それでは認証パスワードとして、『ユウってスタイルいいよな~』と三回唱えてください。どぞ!」


「絶対必要ない手順だろそれ……。いいから早くイマリさんと繋いでくれ!」


「アハハッ、バレました? ではでは、お繋ぎしまーす!」


 ──フォンッ♪


 ……やっと消えてくれた。

 人間の女の子だったら、一緒にいると楽しいタイプなんだろうけどさぁ……。

 っていうか、ユウって本当にゲームのキャラクターなのか?

 人間味ありすぎるぞ……。

 そしてモニターには、青い背景の上に白文字で「呼出中」。

 プラス、当たり障りのない軽快かつデジタル感溢れるBGM……。

 ……スカイプか?


 ──フォンッ♪


「…………こんにちは、桂馬さん」


 あっ……。

 ああっ……!

 モニターに映し出された、黒髪の女の子……。

 イマリ……さん。

 髪は長いけれど、間違いなくイマリさんの顔っ!

 顔の高さも間合いも……将棋を指してるときとちょうど同じ感じ!

 落ち着いた表情で、こっち見てるっ!


「お久しぶりです……クスッ♪」


「そ、その声……。その笑顔……イマリさんっ! ぐすっ……」


 イマリさんの笑顔に、思わず涙が……。

 ぐっ……こらえろ、こらえろ!

 ここにいる俺たちは、データ化された存在……。

 現実では、イマリさんの肉体がどうなっていることか……。

 でも、笑顔を浮かべられるってことは、きっと……悪くないはず。

 そこはあとで確認するとして、俺も心配を気取られないよう、笑顔笑顔……。


「あ、会えてうれしいよ……はは。俺、きょうここへ来たばかりで、右も左もわからなくって……。知った顔……あ、いや。イマリさんの顔を見れて、本当うれしい」


「わたしもです。いまからそちらへ伺っても、よろしいですか?」


「えっ? 伺う?」


「フレンドですと、お互いの部屋を行き来できるんです。わたしがお招きしてもいいんですけど、桂馬さんの部屋へ行ってみたくて。伺っても……よろしいですか?」


「も、もちろんっ! ついさっきまで、窓もなかった部屋だけど!」


「ウフフフッ♪ 本当に来たばかりなんですね。では、遠慮なく────」


 ──フォンッ♪


 モニター内のイマリさんがフェードアウト。

 同時に俺の部屋へ、イマリさんがフェードイン……。

 衣装は……戦闘中のものとは違って、白と薄桃色のストライプなパンツルックパジャマ。

 素足にスリッパ履いてるけれど、病院のあのペッタペタなビニール製じゃなくて、ふかふか材質の耳付きウサギちゃんスリッパ。


「エヘヘヘ……来ちゃいました」


 来ちゃいました!

 イマリさんの「来ちゃった」、いただきましたっ!

 このレイドックスって世界、言うほど悪くないのかもっ!

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