第015話 詰めろ
「……アハッ♪ あらためまして、桂馬さん。おじゃましますっ」
「ど、どうぞ……。あっ……と、イス、イス……」
「お構いなく。立ちっ放しでも平気なわたしを、桂馬さんに見てほしいですから。ウフフフッ♪」
両手で口元を隠しながらの照れ笑い。
白い頬が血色よく、チークを塗ったように赤桃色に染まる……。
イマリさんって持病で色白なんだと思ってたけれど、この姿から察するに、生まれつきなんだな。
「桂馬さん。どうです……似合ってますか?」
に、似合ってますか……って、どれがだっ?
パジャマ……病院の真っ白なやつじゃなくて、ストライプ柄のパリッとした健康的なパンツルック……もちろん似合ってる!
ウサちゃんスリッパ……白くて愛らしい脚に似合わないはずもなし!
でもやっぱり、イマリさんが問うてきたのは……髪っ!
長い艶やかな黒髪っ!
「あ、うん……。世界一ショートカットが似合う女の子は、ロングヘアーもよく似合うんだな……って、見とれてた。そんなイマリさんも……いいね」
「アハ……うれしいです。桂馬さん、髪が長い子……好きじゃないのかも……って、思ってましたから」
「俺は、似合ってれば髪の長さなんてどうでも派……かな?」
そう、似合ってれば……。
活発な女の子に、まさに馬の尻尾のような栗毛色のポニーテー……。
いやいや、いまほかの子のことは考えまいっ!
「いえ、実はその……。桂馬さん、髪の毛なかったわたしに、普通に接してくれていたので……。スキンヘッド好きとか、尼僧マニアとか、そういうのをちょっと……想像してまして……。アハハハ……」
「えぇ……。イマリさんは一目見たときに『美少女だ!』って感じたから、特にそういう嗜好は……。あははは……」
そ、そんなふうに見られてたのか……。
でもそれは、イマリさんが自分に自信がなかったことへの裏返し。
決して偏見じゃない。
……っていうか俺、さっきからナンパな言葉並べてるなぁ。
こっちの世界でイマリさんに会えて、気が緩んでるのかも……。
「クスクスッ……お世辞でもうれしいです。そう言えば桂馬さん、おきれいな女の子たちのチームに入ったんですね」
「えっ……?」
「チーム検索で、メンバー構成見られるんですよ? 顔も名前もステータスも……。ご存じありませんでした?」
「う、うん……。うっかりチュートリアル、飛ばしちゃってね。勧誘されるがままに、チーム加入したんだ」
う……そんな検索機能が。
そういえば未来さん、最初に接触したとき「本名隠せません」って言ってたっけ。
顔とフルネーム、その他もろもろの情報は検索機能で筒抜け……ってわけか。
この世界の住人全員、クラスメートみたいな距離感……。
なんだか疲れそうだな……ふう。
「あ~……でもまだ、そのチームメンバーとは二人しか面識がなくって。ほかの二人の反応次第では、すぐに追い出されるかも。あはっ……あはは……」
「それはないですよ。桂馬さんはわたしと同じ、貫通スキル所持者ですから。この世界で、ただ二人だけの……ウフフッ」
「あ、ええと……。イマリさんの首位防衛戦、見たよ。リプレイ機能……ってやつでだけど。将棋の強さをこの世界のバトルに応用して、活躍してるようだね」
「わあぁ……見てくださったんですか! はい、レイドックスは将棋に通ずる要素が多くて、わたしの肌によく合ってます! 競う、戦う、勝つ……が、こんなに気持ちいいものなんだって、びっくりしちゃってます! アハッ!」
白い肌に黒髪のイマリさんが、グレー一色の部屋の中で、右へ左へうろうろ。
会話に興が乗って、身振り手振りでその内容や自分の感情を表現してる。
生き生きとしてる……かわいい。
……美しい。
癒乃さんの委員長風味な美形。
未来さんの躍動感溢れる快活な魅力。
でも、やっぱり……イマリさんが一番きれいだ。
そしてこれだけの美少女なのに近寄り難さが起きない、柔らかな物腰。
人づき合いが苦手な俺でも、ずっとそばにいたい……って素直に思える。
いや、そばで支えなきゃっ!
守らなきゃ……だ!
「あ、あのさ……イマリさん」
「……はい。なんでしょう?」
「俺、いまのチームに義理があって、最低あと一日は所属してなきゃいけないんだ。でも、もしよかったら、そのあと……組んでは、くれないかな?」
うごごど……照れくさい。
レイドックスへ来る前に、告白っぽいのは一度してるけど……。
これはなんだかちょっと、プロポーズに近いものがあるぞ……!
「……いやもちろん、イマリさんの力にすがりたいわけじゃなくって。俺もすぐに強くなってみせるから、そばで守らせてほしいんだ。イマリさんを」
「……………………」
落ち着いた微笑のままで、こちらをジッと見てるイマリさん。
まるで俺の狼狽を楽しんでいるかのよう。
コミュ障な俺は、間に耐えきれずつい答を催促……。
「……ダメ、かな?」
「いえ、うれしいです、とっても。ですが……それはお断りさせていただきます。すみません」
……撃沈っ!
玉砕っ!
ド初心者が首位ランカーへ「組んでくれ」は、やっぱり害悪ユーザームーブだよなぁ……。
あっ、それとも……。
こっちの世界で、ハイスペックな彼を確保済み…………とか!?
「あの、わたし……。桂馬さんと、戦いたいんです」
「……えっ?」
「曽根さんの封じ手を開封し、勝負再開するところで別れさせられましたよね。わたしたち──」
「う、うん……。あの一手なら、ちゃんと覚えてるよ。えっと……」
「言わないでっ!」
わっ……びっくりした。
イマリさんがそんな大声出すの……初めてだ。
「失礼ながら将棋では、桂馬さんがわたしに追いつくには相当な歳月を要します。ですがレイドックスならば、きっと短期間でわたしに詰めろをかけられます」
「詰めろ……。王手一歩手前の状態……だよね」
「はい。病院では、桂馬さんとの対局がなによりもの楽しみでした。こんなわたしを楽しませようと、一生懸命将棋を勉強して……。とどまらずほかのことでも、わたしをたくさん気遣ってくれて……」
「いやそれは、俺がやりたくてやったことだから」
「はい。ですからわたしも、したいことをしたいんです。現実の世界では叶うのがいつの日かわからない桂馬さんとの真剣勝負を、レイドックスで成したい。桂馬さんから王手をかけられたい! それをかわしきり、健康で……髪の毛もある姿で……全力で、桂馬さんを手に入れたいっ!」
イマリさんが両拳を握り締めながら、熱を帯びた弁。
将棋を指しているときと同じ……険しく、真剣な表情。
そんな姿で、俺を手に入れたい……だなんて。
温度差はあるかもしれないけれど、勘違いでも、驕りでもなく……俺たち、両想いで……いいんだよな。
「……ありがとう、イマリさん。その期待に応えるよう、俺もすぐに追いつくよ。きっときみに……最速で詰めろをかける!」
「クスッ……待ってます。あっ……!」
──トッ……パサッ……。
力みを解いたイマリさんが、足首をからませてつまずき。
ベッドへと手を着いたあと、その上へ髪を広げながら、仰向けに──。
「大丈夫っ、イマリさんっ!?」
「す……すみません。大丈夫です…………けど……」
「……けど?」
体の下へ黒髪を敷き、力なく手足を広げたイマリさんが、俺を見上げて苦笑い。
「この世界でも、ベッドに寝てる姿を見せてしまいました……。わたしきっと、根っからの病人なんですね。アハハハ……」
──ドキッ!
心臓に激震。
照れた赤ら顔で、俺の部屋のベッドで仰向けになってるイマリさんは、かわいいとか尊いとか、もうそういうんじゃなくって……。
…………欲しい!
「……イマリさんは、どんなベッドの上でもきれいだね」
「えっ……?」
イマリさんが横たわっているベッドの縁に腰かけて、片手を重ねる。
イマリさんの首から上が、一瞬で真っ赤に染まった。
「あっ…………!」
「この先俺、イマリさんに全力で敵としてぶつかる。でもいま、このときだけ……。親しい味方でいても……いいかな?」
「あ、あの……。ええと……その…………」
動揺で震える黒い瞳から目を反らさず、顔をわずかに寄せる。
……まったくもって、俺らしくない。
こんな陰キャ男子にあるまじき、間合い詰めムーブ。
けれどこの状況で臆した奴は男じゃない。
イマリさんも…………逃げるそぶりは、見せない。
将棋やレイドックスの前に……まずここで詰めろをかけろ、俺!
「ン…………はい。どうぞ…………桂馬……さん」
────ドクンッ!
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