STAGE 01 : RAYED-X(レイドックス)

第004話 ユウ

「……………………」


 濃いグレーが基調の、六畳一間……よりちょっと広めの部屋。

 寒々しい印象の、ツルツルに磨かれてて高級そうなコンクリートの壁。

 それと同じ色だけれど、肌触り滑らかな絨毯。

 ニトリで売ってそうな、一人暮らし用のベッド、二人掛けのソファー、そしてPCデスクっぽい机といすが、壁際に配置。

 壁の窪んだ一角に並んでぶら下がる、衣類のない剥き出しのハンガー数個。

 引き出しがある棚、ない棚、冷蔵と冷凍の二層式の冷蔵庫。

 そして……壁に埋め込まれている、50インチはあろうかというモニターと、そのわきに操作用と思しきタッチパネル。 

 プロゲーマーかYouTuberが撮影用に使ってそうな部屋……って感じ。

 そこのベッドの上で目覚めて、それからベッドの縁に腰掛けて、室内を見回すことしばらく────。


「…………どこだ、ここ?」


 イマリさんの、冷たいながらもすべすべな女子の手の感触。

 爺ちゃんから託された封じ手、その持ち駒をつまんだ指の手応え。

 耳障りな非常ベルの音。

 病院の職員によって、休憩室でイマリさんと別れさせられた失望感と不安。

 ゴーグルやらマスクやらで全身を覆った、地肌がいっさい見えない医者から左腕に打たれた注射の、ちょっとした痛み……。

 ……それらは覚えてる。

 五感に残ってる。

 けれど……その先の記憶が、ない。

 注射のあと、猛烈に眠くなって……。

 白いベッドへ寝かされて、白い天井を見て……。

 そこから意識が、真っ暗になって……。

 ……………………。

 ……目覚めたのは、このグレー基調の部屋。

 麻酔かなにかされて、隔離部屋へ押し込められた……のか?

 世間を騒がせてる謎のウイルスに……感染してたのか、俺?

 冗談……じゃない。

 冗談じゃないっ!

 あのウイルス禍を、インドア陰キャ生活で、ノー感染でやり過ごしたっていうのに……!

 イマリさんと出会って、いよいよ陽キャライフの幕開け……ってところを、ポッと出のウイルスに潰されてたまるもんかっ!

 …………いや。

 そんなことより……。

 イマリさんは無事なのかよっ!?

 もし俺が、イマリさんと将棋指す前にトイレなんかで感染してたら……。

 俺は…………イマリさんの手を握った!

 非モテ野郎のくせに、空気読めずに握っちまった!

 ただでさえ重い基礎疾患抱えてるのに……そこへ未知のウイルス食らったら、あの弱々しい体は……どうなっちまうんだよっ!

 俺なんかより、まずイマリさんだっ!

 イマリさんの無事を確認しなきゃっ!


 ──すっく!


 隔離部屋からは、出られないかもしれないけれど……。

 だれでもいいからドアの前へ呼び出して、イマリさんの状態を聞く!

 それがダメなら、ドアだってぶち破ってやるっ!

 おらっ、行くぞっ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………。


「……ドア、どこだ?」


 この部屋……出入り口が、ない。

 それどころか、窓も……ない。

 冷蔵庫はあるのに、トイレへのドアが……ない。

 食い物の設備はあるのに、出すための設備がないって……。

 なっ、なんなんだよ……ここっ!?

 隔離どころじゃねえ!

 密閉空間じゃないかっ!

 …………いや。

 壁にモニターがあるっ!

 これでなんらかの情報は得られる…………はずっ!

 ええと……電源は……。

 タッチパネルの一番下にある、定番の丸に縦棒のアイコンかっ!


 ──ピッ!


「パンパカパーンッ! ウェルカム・トゥ・レイドックス!」


「……わっ!?」


 壁のモニターが通電した直後──。

 ラグ無しで、女の子のバストアップが映し出された。

 小さな肩を露出させた、ノースリーブの白い事務服……と形容すべき衣装。

 薄い水色のボブカット、丸い瞳に大きめな口。

 輪郭は細くて、首も細くて、腕も細くて、小柄な感じ。

 胸は……下半分はモニター外だけれど、かなり薄そうな印しょ──。


「はーい、そこまでっ! 初対面の女の子を、舐めるようなエロ視線で見ないっ!」


「わっ! ごっ……ごめんなさいっ!」


「……ふんふん。すなおでよろしいですね。当方、あなた……曽根桂馬さんの専属アシスタント、ユウと申します。正確には、ユウのあとに桂馬さんのユーザーIDが付きますけど。こうして二人っきりのときは、ユウと呼んでもらって大丈夫です。アハハハッ!」


「は、はあ……」


 な、なんだこの子……。

 愛嬌ある顔で、終始ニコニコと……。

 ずいぶんノリ軽いし、俺よりも年下っぽいけど、医療関係者……なのか?

 とりあえずこの子に、イマリさんのこと聞いてみよう。


「……えっと、ユウさん。聞きたいことがあるんだけど……」


「あ、呼び捨てでお願いしますねー。ユウは敬称つけられると、なーんだかムズがゆくなっちゃうんですよ~。アハッ!」


 なんか、面倒くさそうな子だな……。

 人当たりは良さそうだけど……。

 患者を元気づけるために、過剰に明るく振る舞う看護師さんがいるってイマリさん言ってたけど、この子は単なる天然系……っぽいかな。


「じゃあ……ユウ。この病院にいる、海土泊現在っていう子の、容体を知りたいんだけど」


「ユーザー検索ですか? 検索機能はチュートリアルを終えないと、使えませんね~」


「……チュートリアル?」


 いま、チュートリアルって言ったか?

 なにかの検査のことか?

 それにさっき、ユーザーIDって……。

 この病院は、患者をソシャゲユーザーみたいに扱ってるのか?


「ではではサクッと、チュートリアル終わらせちゃいましょう! ほんの一時間程度ですから、気楽に行きましょ~! アハッ!」


「一時間っ!? 俺はいますぐイマリさんの容体知りたいんだよっ! チュートリアルだか検査だかは、そのあとにしてくれっ!」


「ほうほう……。どうやら桂馬さん、本気で焦っているようですねぇ……」


 ユウが目と口を丸く開けて、右頬へ人差し指を当てながら首をかしげる。

 それから口を閉じ、口角をニマァ……と上げて、悪戯っ気のある笑顔へ。


「……でしたらチュートリアル、スキップします?」


「いいの?」


「はいっ! ユウ的には、きちっとこなしておくのを勧めますけど……。切実な事情あるようですし、構いませんよ? チュートリアルの内容は、のちほどヘルプメニューからも確認できますしー♪」


 今度はヘルプメニュー……か。

 ますますゲームっぽいノリになってきた。

 院内感染の危機感ってものが、全然感じられない……。

 それとも病院って、案外こんなもんなのか?

 なにしろ入院したことも通院したこともないからな……俺。


「ではでは、モニター内の『スキップ』をタップしてくださいっ! やっぱり気が変わっちゃった~って場合は、『キャンセル』をタップ!」


 ──ブォンッ!


 低く響く効果音とともに、ユウの左右へ枠囲みのテキストが表示される。

 向かって左手に「スキップ」、右手に「キャンセル」。


「ちなみにユウのたっぷんたっぷんをタップしたら、それなりに怒っちゃいますからね~。めっ……って!」


 ……見た目かわいいけれど、なにかとイラつかせてくる子だ。

 たっぷんするほどのボリュームには、到底見えないし。

 やっぱり俺は、イマリさんみたいなしおらしい子が好き……。

 訂正、イマリさんが好きだ。

 ともあれさっさと、「スキップ」をタップ────。


 ──ピッ……!


「ではでは、再確認です! 『スキップ』と発声してください!」


 タップと同時に、テキストが消去。

 同時にユウがずずいと寄ってきて、モニターいっぱいに顔を映す。

 女の子の顔が急に迫ってきたから、モニター越しとは言え、思わず一歩後ずさり。

 陰キャの悲しい条件反射。


「スキップ……って言えばいいんだね? じゃあ……ス──」


「はいっ、声紋認証完了っ! ついでに虹彩認証完了っ! まごうことなき曽根桂馬さんの判断にて、チュートリアルをスキップしまーすっ!」


「……あ。最初の『スキップ』に反応したのね……」


「それでは電脳空間シューティングゲーム『レイドックス』、本番開始でーっす! ご健闘を祈りますっ!」


「……はい? シューティ…………わわっ!」


 ──ヴォンッ!


 部屋全体に響き渡る重低音とともに……モニター右の壁に、急にドア……が。

 人一人通れるサイズの、ガラス製の……ドア。

 取っ手がないから、自動ドア……か?

 その向こうには……芝生が広がってる。

 外……病院の中庭?

 とりあえず、ここから出られるってことか!

 外で病院側が、仮設テントなんかで対応してるかもしれないっ!


 ──ウイイィン…………ダッ!


「……戦闘中、右手の端末バンドをダブルタップすれば、いつでもどこでもメニューが表示されますので、ユウが各種質問に答えてあげま…………ありゃりゃ、行っちゃってましたか────」

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