第005話 襲い来るモノ

「…………広い」


 踏むとザクザクと音を立てる、背丈のない固めの芝生。

 それが延々と、視界に広がってる。

 遠くには、高そうな塀がぐるっと……。

 その上には、真っ青な空と、薄く白い雲が延々と……。

 軽く風が吹いていて、芝生の青くささを鼻へと運んでくる……。

 ……………………。

 ……この病院、こんなに敷地広かったっけ?

 これもう、ほぼほぼゴルフ場なんだけど。

 つーか、病棟も見えない。

 後ろ……か?


「…………ない」


 振り向いても、延々と一面の芝生。

 やはり遠くに壁。

 あの何棟も並んでいた、白い建物はどこへ……。

 ……いや、病棟が見えないのは、この際ともかく。

 いま俺が出てきた部屋もないのは…………いったい。

 周囲すべてが、マジで芝生。

 アンド遠くに壁。


「……はあ?」


 病院の白いベッドの上で意識失って。

 目覚めたらグレー一色の、プロゲーマーかYouTuberが使ってそうな部屋で。

 ユウとかいう貧乳娘と、ちょっとおしゃべりして。

 部屋を出たら、一面の芝生……。


「……………………」


 ……俺の貧弱な脳味噌が導き出した可能性は、ほんの二つ。

 一つ、病院の白いベッドの上で見ている夢、ないし幻覚。

 そして、もう一つは……。

 ここは……あの世。

 死後の世界……。

 ……………………。

 ……どっちも、確かに貧弱な発想だ。

 でもこの状況、それ以外の可能性が、あるかっつーと……。

 ……「ない」と考えるのが、正常じゃないだろうか?

 仮にここが、死後の世界なら……。

 爺ちゃん……いるんだろうか。

 ……………………。

 ……とにもかくにも、だれかに会えれば話が聞ける。

 現状を把握できる。

 すううぅううぅううっ……!


「……ぅおおぉおおーいっ! だれかぁ……いませんかああぁああっ!?」


 小学校の遠足でやまびこを試して以来、腹の底から声を出す。

 摩擦のようなヒリヒリ感が、喉の奥で生じてる。

 痛みっぽいのを感じるってことは、これは夢では……ない?

 そう言えばさっきから、芝生のにおいもしてる。

 でも夢ってある程度、感覚を再現するっていうし……。

 …………んっ?


 ──ガショッ……ガショッ……ガショッ……。


 鉄が擦れるような音……。

 左手から……。

 遠くに……人影。

 だれかが、こっちに歩いてきてる。

 さっきの声を……耳にしてくれたのかっ!?


「おーいっ! ここっ……ここですっ!」


 ──ガショッ……ガショッ……ガショッ!


「…………え?」


 頭上で両手を交差させながら手を振る俺に、徐々に近づいてくる人影。

 それは全身銀色の、俺より二回り以上ある巨体。

 全身角ばったシルエット、生気を感じさせない折り目正しい挙動、重々しい足音。

 ガタイがいいとかそういうレベルじゃない、明らかに人体の域を超えた造形。

 大きな足。

 細長い長方形状の腕と脚。

 西洋の鎧のような金属の胴体。

 頭部には人の顔はなく、中央に大きくみたいな円形のレンズ……っぽいものが光ってる。

 機械……ロボット。

 クレーン車やショベルカーが人間っぽい形状になった……そんな武骨な外見。

 人型のロボットが、こっちにまっすぐ歩いて……いや、迫ってくる──。


「な、なんだ……あれ? もしかして……ウイルスの防護服か?」


 九割方、そんなんじゃないとわかってる。

 ここは俺が高校生活を送ってた世界じゃない……って、察してる。

 それでも、それでも…………。

 それを認めたら、自分が死んでるかもしれないこと、もう親や友達……イマリさんとも会えなくなるんだってことに、なるから……。

 ここはちゃんとした現実で、あれは感染を拡大させないための医療用ロボット……だなんて、残り一割で考えて……しまう。

 その一割に従って、行動してしまう。


「すみませーんっ! 病院が遠隔操作してるロボットかなにかですかーっ!?」


 ──ガショッ! ガショッ! ガショッ!


 細部まで確認できる距離に迫った人型の鉄塊へ、媚びた声色で呼び掛けてしまう。

 反応するようにそのロボットは、両腕の先を俺へと向けた。

 歩みを止めないままで。

 ロボットの手の先端は……筒状。

 その真っ暗な筒の内部が、ゆっくりと発光し始めた──。


「…………銃っ!」


 漫画、アニメ、ゲーム、映画……。

 それらで得ていた情報から、いま自分が銃口を向けられている……と察知。

 とっさに体が、右手へと駆けだした──。


 ──ダッ! ダッ! ダッ!


 ロボットの両腕の先端から三発ずつ、薄赤い光をまとったが放たれた。

 その速度は、ほうった紙飛行機のようにゆっくりで──。

 俺の回避は、十分に間に合った。

 ただ、その光弾は……。

 確実に、俺がそれまで立っていた場所を通過していく──。


「さっ……殺人ロボット!?」


 やっぱりここは……夢の世界かっ!?

 あんなもん、現実に存在するわけないっ!

 けれど、だけど…………。

 俺の全身の細胞が、これは現実リアルだと一斉に訴えてくるっ!

 あの攻撃、絶対に体に食らっちゃいけないって!


 ──ガショッ! ガショッ! ガショッ!


 金属剥き出しの人型ロボットが、俺へと向きを変えてくる……。

 動きは鈍い。

 撃ってくる赤い光の弾も遅い。

 小学生のときに授業でやったドッジボールよりも、ずっと避けやすそうだ。

 でも俺に、あのロボットを倒す手段は…………ない。

 ずっとずっと……逃げ回るだけか?

 体力失って、日が落ちて、周りなにも見えなくなって……。

 闇夜と疲労と空腹で、動けなくなって……。

 あのロボットに、いずれ殺されるのか?

 ……………………。

 …………いや、ロボットにも燃料の底はあるだろう。

 あと、弾数も。

 とにかくいまは……逃げ回れっ!

 壁に隙間があるかもしれないから、壁際を走り回れっ!

 基礎疾患持ちのイマリさんは、いまもっと辛い思いをしてるはずっ!

 健康な俺が、こんなわけのわからん野垂れ死にをしてたまるかっ!


 ──フォンッ♪


「桂馬さーん! チーム勧誘が来てますっ♪ いやー、LVレベル1、経験値0の分際で、平均LV50超えチームからのお誘い、ラッキーですねぇ!」


「……ユウっ!?」

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