第5話 関係のない人間

 では、景勝という男はどうなのだろう?

 この件に関しては。帰蝶と景虎では、共通した意見を思っていて、お互いに、

「この人なら同じことを考えているだろう」

 という思いは持ちながら、実際に意識をしていることではないはずであった。

 ただ、景虎と帰蝶が二人だけの時、わざわざ話題に出して話すことでもないことから、ハッキリとは聞かなかったが、相手の性格を考えると、同じことを考えているはずだと思って不思議のないことだったのだ。

 どちらの方がその気持ちが強いかというと、帰蝶の方だっただろう。

 それは、特別景勝を意識していたというわけではなく、

「異性としての、感覚だったに違いない」

 と言えるだろう。

 それも、感覚というよりも本能に近い。つまりは、

「オンナとしての、防衛本能が働いた」

 ということである。

 女が大人になるにつれて、男性の視線が気になるようになってくるのは、

「男性の好奇に満ちた、いやらしい視線」

 がどういうことであるかということが分かっているからであった。

 女を見る目にいやらしさが出てくると、ゾッとしたものを感じ、そこが異性としての恐ろしさに繋がると思うと、男性を拒否する感覚は、

「無意識であっての、防衛本能から来るものだ」

 と感じるようになったのだった。

 そんな景勝は、めったに笑わない性格だった。

「あいつは、真面目過ぎるところがあるからな」

 と、景虎は言って笑っていたが、帰蝶はさらに深く景勝を見ていた。

「融通が利かないといえばそれまでだけど、自分で自分の首を絞めていることが分からないので、いろんな意味で、自分で消化できない部分を、発散させることができずに、ハイド氏を生み出しているのかも知れない」

 と思うのだったが、そんなことはまったく考えていないかのように振る舞って、決して表に出そうとは思わなかった。

 確かに、帰蝶の心配は当たっていた。

 景勝は、自分の中で、自分というものの信憑性を、高く評価していた。もちろん、自己顕示欲の強いことを、

「危険だ」

 と自分でも分かっているつもりなので、少なくとも表いは出してはいけないことだとは思っていることだろう。

 だから余計に誰にも言えず、自分で悶々とため込むタイプで、

「このままなら、ストーカーや、それ以上の犯罪がらみのことをしでかしてしまうかも知れない」

 という危惧を帰郷に抱かせたのだった。

 しかし、景虎もそこまではいかないまでも、危惧はしていた。ただ、二人の間で決定的に違ったのは、

「それが起こる可能性の有無について」

 だったのだ。

 景虎の方は、

「限りなくゼロに近い」

 というくらいに、ほぼないことを思っていたが、帰蝶の方では、

「危険性は大いにある」

 として、警戒レベルからすれば、かなり上がっていると思わざるを得ないだろうと思うのだった。

 帰蝶は、そんな思いを抱きながら、絶えず、景勝のことを気にしていた。

 それが、三人が高校生になった頃、少し火種となってきたのだった。

「今まで、どうして火種にならなかったのか?」

 というと、それは、

「景勝がまだ思春期に入っていなかったからだ」

 と言えるだろう。

 超晩生の景勝が思春期に入ると、年齢が行っいるだけに、反動のようなものがあるのか、景勝の思春期は、激しさのようなものを持っていたのだ。

 景勝は、

「自分には思春期が来ないのだろうか?」

 と思っていた。

 諦めの境地だったといってもいい。

 ただ、

「思春期が来なければ、大人になれないわけではあるまいし」

 という楽天的な面もあったのだが、性格的に、そうは思いきれないところがあるのも事実で、

「やっぱり、思春期がきたじゃないか」

 といって、喜びもあったが、逆に、他の人とのタイミングのずれに対しては。想像以上に、悩みが深かったようだ。

 というのも、

「景虎と違って、人と同じでは嫌だ」

 と思う方ではなかったからだ。

 だから、

「人に訪れたものが、自分にはない」

 ということがどういうことなのかと考えると、そこに、

「心の歪」

 のようなものが芽生えてくるということを感じていたのだった。

 景勝は、やっときた思春期にホッとはしたが、その時になってやっと、

「俺にも、景虎のように、人と同じでは嫌だという意識があるのではないだろうか?」

 と感じたのだ。

 タイミング的におかしいような気がするが、少し意味は違うが、

「反面教師なる言葉だってあるではないか?」

 と思ったことで、自分の中で納得していた景勝だった。

 だが、景勝は、ハンドルネームを景勝にしたくらいなので、性格は言われている、上杉景勝に似ているのかも知れない。

 逸話では、

「彼は生涯、ほとんど笑うことはなかった」

 と言われているが、まさにその通りだったのかも知れない。

 上杉景勝には、直江兼続という腹心がいたので、何とか大名としてやっていけ、秀吉なき後の、

「五大老」

 にも任命されたわけだ。

 この五大老というと、他のメンバーとしては、前田利家、徳川家康、毛利輝元、宇喜田秀家という、そうそうたるメンバーに名を連ねたことになる、

 時代背景も、目的も違うが、合議制という意味では、

「鎌倉幕府における、13人の御家人」

 と同じだと言えるのではないだろうか?

 鎌倉幕府の場合は、

「まだ若い経験不足の将軍が、勝手なことをしないように」

 ということが表向きで、本来は、

「将軍を使って、一つの御家人が必要以上に権力を握らないようにするため」

 というのが、本音であった。

 この五大老も、

「秀吉亡き後、一人の大名に権力が集中しないように」

 という意味で、その一人というのが、徳川家康のことであることは、最初から分かっていたことだった。

 その抑えが、前田利家であり、利家が死んでしまったことで、家康を抑えるのに、石田三成が立ち上がるのだが、その三成の、

「周知の仲」

 というのが、上杉家家老の、直江兼続だった。

 だから、関ヶ原の前に、会津で挑発し、家康が上方を離れたところで、行動に移ったのが、

「関ヶ原の合戦だ」

 というわけである。

 上杉景勝は、叔父にあたる上杉謙信を尊敬していたのだろう。

「義の武将」

 と言われた謙信よりも、さらに、極端なくらいの、

「義の武将」

 だったのだ。

 だからこそ、自分も、

「上杉景勝のようになりたい」

 と思っていたのだろうが、その中で一つ気にしていたのが、

「自分の周りには、直江兼続がいない」

 ということであった。

 彼にも、上杉景勝が、大大名になれたのは、

「直江兼続がいたからだ」

 ということは分かっている。

 謙信の土壌を受け継いだのだから、当然、その時点で大きな力を持ったのは当たり前だが、逆にそれだけ力が大きいと、

「器の大きな人間でないと、その屋台骨は支えきれない」

 ということだ。

 そういう意味で、

「初代が偉大過ぎると、二代目は、苦労をするか、影が薄くなるかのどちらかではないだろうか?」

 と言われるが、まさにその通りである。

「厩戸王しかり、平清盛しかり、源頼朝しかり」

 である。

 その後続いていたとしても、さすがに初代には、永遠に敵わないという世襲も結構ある。その代表例が、ここでの渦中の人で、徳川幕府を開いた、徳川家康その人に相違ないといえるだろう。

 確かに、二代目秀忠、三代目家光と、それぞれ父親に嫌悪を感じながらも、何とか幕府の体制を盤石にしてはいたが、

「やはり大御所にはかなわない」

 ということになるだろう。

 特に、改易に改易を重ねて、将軍を恨んでいる人が増えたり、何よりも、改易をしすぎたために、その大名に使えていた配下のものは、皆職を失い浪人が増えてしまったのだから、それも仕方がない。

 社会問題となり、後年の代の将軍に、その責務を負わせることになるのだから、下手をすれば、

「やりっぱなし」

 と言われても仕方のないことであろう。

 だが、まだこの時代は、秀吉の時代。秀吉は、検地を行ったり、刀狩ということで、武士以外のところを整備したが、そういう意味では、改易などは行っていない。そこまでの権力がなかったということなのか、やはり、秀吉は、基本的に武士に対して、むごいことができない性格だったのかも知れない。

 やはり、農民出身というところが頭の中にあったのだろうか?

 それよりも、持ち前の、

「人心掌握術」

 を用いて、

「大名を駒のように動かす」

 ということに長けていたので、それを最大限に生かしたのだろう。

 ただ、それは、

「秀吉だからできたこと」

 であり、

「果たして家康にできただろうか?」

 と言われると、疑問の残るところである。

 そんな時代に景勝はある意味、

「秀吉にとっては、扱いやすいタイプだったのかも知れない」

 と考えられる。

 それだけ、

「見る人が見れば、一目瞭然だ」

 ということであろう。

 現代の景勝に対しては、それが分かっているのが、景虎であり、帰蝶なのだろう。

 二人は、景勝のことを、

「分かりやすい」

 と思っているが、実は感じていることは微妙に違っていた。

 二人は分かりやすくはあるのだろうが、絶対的な相違ということではなく、それぞれに、

「感じている以上に、距離があるような気がする」

 と、それぞれで感じていたことだろう。

 そんな三人三様な関係が、高校時代の景勝の、

「遅すぎた思春期」

 が終わると、三人は、そこから、ついたり離れたりをしながら、

「相変わらず」

 と言えるような関係を続けてきた。

 かといって、まったく離れたというわけではなく、自分の事情が忙しくなって、なかなか会ったり話をすることがなかったという、

「若干な疎遠な時期があった」

 ということであった、

 ただ、その時の中で一番、ギクシャクした時期があったのは、大学に進学した頃のことだった。

 3人はまったく別の大学に進学した。

 そして、景勝だけが、東京の大学に進学したので、3人は、それなりに、距離を置くようになったのだ。

「景勝がいない間に、二人が接近するというのも、ルール違反な気がする」

 というのは、景虎も、帰蝶も同じ意見であった。

 相手が景勝でなければ、そこまで神経質にならなかったかも知れないが、律義で、三人の中で一番、

「義」

 というものを重んじる性格である景勝だから考えることであった。

 そんな3人の関係性であったが、

「何だ、気を遣う必要なんかなかったじゃないか?」

 と二人に思わせる事実が判明したのだ。

 それは、景勝からの告白であり、二人には、何かカミングアウトのようにさえ思えたくらいだった。

 というのも、景勝がいうのは、

「俺、東京で彼女ができたんだ」

 というではないか。

 もちろん、帰蝶も景虎も、脱力感は否めなかったが、考えてみれば、

「気を遣うことなんか何もないんだ」

 と安堵の気持ちにさせられるというものだ。

「そうか、それはよかったな」

 としか、他に言いようがないではないか。

 ただ一つ、彼に気を遣う必要はなくなったが、今度はどのタイミングで声を掛ければいいのかということが分かっていなかっただけに。

「これで、いつ話しかければいいのかが分からなくなったな」

 とも思えた。

 その時に感じたのは、

「彼が孤独だと思っていたから、つき合っていけたんだ」

 という感情もあった。

「あいつは孤独という性格があるから、受け入れることができたんだ」

 という思いだったのだ。

 つまり、

「彼の最大の特徴であり、だからこそ、分かる部分もたくさんあった」

 と思っている。

 それが、孤独ではなくなってしまうと、

「孤独しか知らない相手と、これからどう接していけばいいのか>-?」

 と考えてしまう。

 実際に、孤独でなくなった彼と距離を置くことが、一番無難であるということも理屈としては分かったことであり、実際に距離を置いてみると、別に変わったところはないことから、

「距離を置くことが一番自然なんだ」

 と思い、実際に距離を置いた。

 そういう意味では、東京に出てくれたことは必然であり、

「遅かれ早かれ、こうなる運命だったんだろうな」

 と感じた二人だった。

 景勝が、

「元々は距離のある存在だったんだ」

 と思うと、本当にどうしていいのか分からなくなり、

「やはり、距離を置くのが一番ではないか?」

 と一周回って、戻ってきたことが結論となったのだった。

 そんな二人の間で、実は最初は、

「付き合ってみようか?」

 と言い出したのは、景虎の方だった。

 普段とは、まったく違う雰囲気の景虎に、帰郷は、少し戸惑っていた。

「うん、いいけど」

 という曖昧な返事しかできなかったのだが、それは、別に、

「景勝を意識していた」

 というわけではなかった。

 景勝のことを好きだと思ったこともないし、遠慮する必要もないのに、景勝がいないのをいいことに、景虎と付き合うというのは、何か違うと思ったのだった。

 それがどこか、

「義を重んじる」

 という景勝のようで、嫌だった。

 帰蝶は、本当は、

「義を重んじる」

 などということは大嫌いだった。

 なぜなら、

「まるで、偽善者のようじゃない」

 と思っていた。

 帰蝶は、

「私は偽善者なんか、大っ嫌い」

 と、景虎の前でたまに零していた。

 景虎なら、黙って、自分の胸の中に収めてくれているだろうと思ったからだ。

 景虎という男は、自分から進んで、輪を乱すようなことは決してしまい人だと思っている。

 三人の中で、

「無難に済ませよう」

 と思っているのは、景虎なのだろうと思っていたので、景虎に波風を立てるようなことはしないに違いない。

 その思いがあったことで、景虎には、恩義は感じていた。

 自分の気持ちを汲んでくれることや、気を遣ってくれることには感謝していた。

 しかし、

「鬼のいぬまの盗人のようなことをするのは、何か違うんじゃないか?」

 と考えたのだ。

 それも、景虎にそんなことをさせるのは、忍びない気がした。

 しかし、それを差し引いても、帰郷の中に、

「景虎と付き合ってみたい。もしつき合ったとすれば、どんな気持ちになるだろうな?」

 と思うに違いない。

 それを考えると、曖昧な態度しか取れなかった帰郷の気持ちは、それこそ、本音だったに違いない。

 それでも、何度も告白されて、そして季節が秋に変わってくると、帰郷の気持ちは少しずつ、景虎に傾いてきた。

「じゃあ、よろしくお願いします」

 と言った時の、景虎の嬉しそうな顔は忘れない。

 本当に無邪気で子供のようなその雰囲気は、

「私が思った通りの人なんだわ」

 と、帰郷にも納得のいく顔をしてくれたことに対して、お礼をいいたい気分になっていたのだ。

「これからも、よろしくな」

 といって付き合い始めたのだが、まさか、あんなに早くボロが出るなんて、思ってもみなかった。

 だが、逆にいえば、早く知れたのはよかったのかも知れない。

「もっと遅くなっていれば、嫌いな気持ちが中途半端になって、逃げるに逃げられない、底なし沼に嵌ったことを自覚することだろう」

 と感じるに違いない。

 底なし沼に足を取られて、出ることができないということは心中と言ってもいいのだろうが、その時は、

「景虎とだけは、ごめんだ」

 と考えたに違いなかった。

 そんなことをしているうちに、東京で彼女を作った景勝だったが、彼は彼で、すぐに別れてしまったようだ。

 それは、景虎と帰蝶が別れるようになる、さらに前であった。

 要するに、

「帰蝶と景虎が迷っている分、二人の方が別れるのが遅かった」

 というだけで、つき合っている期間はほぼ変わりはなかった。

 そして、お互いに、

「俺たちのようなすぐに別れるカップルなんて、珍しいだろうな」

 と思っていただけに、その思いはひとしおだったことだろう。

 そして、そんな三人に共通しているのが、

「こんなはずではなかった」

 という思いである。

 景虎と帰蝶の場合は、先に帰蝶が違和感を感じ、感じてしまうと、どうしようもなくなり、別れを告げることになったのだが、景勝の場合は、違和感を感じたのは、景勝の方だったのだ。

「こんな人だとは思わなかった」

 と、気付いてしまうと、さらに嫌いになる方で、まったく相手にしないという感覚になってくる。

 何が嫌いになったのか、最初のきっかけは、

「相手のことを嫌いだ」

 と思っている間は気づかない。

 しかし、別れた後で、少しだけ後悔のようなものがあるのだが、それは寂しさからくるものに違いないのに、冷静になると、何が嫌いだったのか分かってくるようになる。そして、

「今度はこのことで嫌いになるような相手を選ばないようにしよう」

 と思うのだが、また選んだ人は同じなのだ。

 ということは、

「自分が好きになる相手はパターンが決まっていて、しかもそれが嫌いな部分のごく近くにあるのだろうな」

 ということに気づいてくる。

「長所と短所は紙一重」

 と感じるのだろうが、まさにその通りなのであろう。

 そのことは、帰郷も、景虎も思っていることだった。

 お互いに関係のないことであったが、三人はそれぞれ、知らないところで結びつくということが、結構あるという証拠なのだろう。

 さて、そんな三人が参加したこのゲーム。

 ここには、5人という定員がある。

 いや、

「五人でなければできないゲーム」

 ということで、まるで、将棋や囲碁のように、決まった人数でしかできないゲームと考えると、

「ガチで勝負系のゲームということになるのだろう」

 と考えた。

 戦争で考えれば、

「兵が多いから有利だというわけではない。いくら数的有利にあったとしても、それをまとめる才覚がなければ、ただの無用の長物ということになり、戦争ではまったく役に立たない」

 と言っても過言ではないであろう。

 今回のこのゲームで五人のうち三人が、ガチの知り合いで、後の二人は分からない。

 しかし、もう一人は、ある意味、

「この中の誰かと関係がある人だ」

 ということであるが、実はもう一人というのは、この中で、いや、このお話の中で、

「まったく関係のない人間だ」

 と言えるであろう。

 しかし、話が絞られてくるようになると、キーパーソンになってくるのだった。そのことを誰が知っているというのか、そのことを、今後の展開でどのようになるか、楽しみである。

「無関係の人間がどんどん関わってくる」

 あるいは、

「終わってみれば、あの男は、今回の事件にまったく関係はない人だった」

 ということが、重要な手掛かりになったのだと分かると、まんまと作者の計略に引っかかったようで、

「うまくやられた」

 と言って、舌を巻くことになるだろう。

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