第十五章 その2

「娘は犬も猫も大好きだったんだ……ランドセルを背負うようになったら、猫を飼う約束だった」


 猫を見るたびに駄々をこねられるので、約束する羽目になったのだ。そしてそれは来年の春のはずだった。私は言いながら庭に大きなスコップを突き立てる。

「……そうか」

 青年は小さく相槌を打つだけでそれ以上は言ってこない。


「それなのに私は……殺し続けた」

 喉の奥が詰まったように息苦しさを感じた。

「生きるためには、何かの命を犠牲にしないといけないんだ。別に悪いことじゃないさ」

 青年はぶっきらぼうに言ってから、こちらを見て続けた。


「しかし、どうして血を抜くだけにしたんだ? 食べ物だって少なくなっているんだから、残った肉の部分は焼いて食えばよかったのに」

 言われてみれば確かに食べればよかったのだ。こんなにも哀れな動物たちを腐らせてしまう前に。

「言われてみればそうだな。なんでだろう……自分の食べるものにも頭を悩ましていたのに」

 私は泥のついた手を払いながら考えた。


「徒花病だったのか?」

「いや……どうだったのだろう。実は血の状態というのはよく観察していなかったから」


 徒花病に感染した動物を殺していたのなら私もすでに感染しているだろう。たとえ諦滞期でなくても、徒花病に罹っている動物に傷を負わせれば、流れ出る血とともに胞子も撒き散らされる。そう、動物を殺せば殺すほど、自分も徒花病に罹るリスクが高まるのだ。そう考えると、可笑しくなり口元が緩んだ。


「あんたは大丈夫だ」


 いやにきっぱりとした青年の声に私は首をかしげた。青年は私の疑問など気にしていないように、土を掘りながら納得したように言った。

「ま、そんな感染した動物は食う気がしないよな」

「いや、それでも……」


 果たしてそれだけが食べない理由だったのだろうか。そもそも私はその時動物たちが感染しているかなんて気にしていなかった。

「すまない、わからない」

 私は正直に言った。それらを食べるという発想が出てこなかったのだ。


「別にあやまることじゃないさ。いままで狩猟して食べるなんてことをやってこなかったんだから」

 青年はシャベルで土を掘りながら言った。軍手はすでに土で汚れている。もうだいぶ大きな穴を掘った。


「君はどうしてあんなものを持っていたんだ?」


 土にシャベルを突き立てた彼の手が止まる。あんなもの、という言葉が拳銃だとを理解するのに、時間がかかったようだった。青年は大きく呼吸をして言った。

「ネット通販で買ったようにみえるか?」

 顔をあげてこちらを向くとニヤッと笑い、ふざけた口調で言った。だがそれも長くは続かず、すぐに真面目な、いやむしろ暗い顔になった。


「タナシさん、どうして日本で急に徒花病患者が増えたと思う?」


 急に話題を変えられて、私は戸惑った。からかっているのかと思ったが、青年は大真面目な顔をしていた。


   ❇︎ ❇︎ ❇︎


 俺の問いかけにタナシさんは目を細めた。いきなり話題が変わったんでついていけないのだろう。


「わからない……でも、あれだけの感染力だ。一気に広がってもおかしくないはずだ」

「それはそうだな。感染したネズミが輸入船に紛れていた、なんてこともありえる。だが、俺はあいつらのせいだと思っている」

「あいつら?」


 タナシさんは話がまったく見えないと言った顔をする。


「新興宗教の団体だ。白虹の会という名前のあいつらだよ。どうやら徒花病が流行し始めた時、その混乱に乗じて銃火器を密輸入していたみたいだ」

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