第十四章 その2
本当になんでこんなの持っているんだろうな、と密かに自嘲する。タナシは顔を歪ませたが、いびつな表情は微笑んでいるようにさえ見えた。
俺は右手で拳銃をタナシに突きつけたまま、カヨの肩を掴んでいる左手にいっそう力を込めた。本当は背後にでも放りなげたいところだが、後ろにデスクがあるし、なによりもカヨがもう一度タナシに掴みかかってしまうような気がして手を離せない。
俺は拳銃を突きつけたまま彼をにらみつける。
明らかに形勢は逆転していた。だが、タナシは驚いた表情を浮かべたが、ひるんだ様子はない。
「その子は君の娘か?」
なんて場違いなことを聞くんだ。俺はさらに腕を伸ばし、引き金にかかっている指に力をこめた。
「ぶき……を、捨てて……捨てるんだ」
こんな状況になっても、切れ切れにしか言葉が出てこない自分を情けなく感じた。タナシは微動だにしない。ただ暗い瞳で俺たちを見下ろしていた。
撃つか? 撃てるのか? 俺はジリジリと迫ってくる緊迫感とともに自問した。
引き金を引け、一回目があったのなら二回目だって同じことさ。偉そうにうそぶくのは自分自身の声だ。
撃ってしまったら……、耳の奥で突然轟音が響いた。飛び散る鮮血、顔を引き攣らせて逃げる人々の悲鳴が、俺の脳髄を叩いた。
ああ……、嘆息が歯の隙間から漏れる。できない……、冷や汗とともに力が抜けていく。
自分を騙そうとしたが無駄だった。無理だ。また人を撃つなんて……死に追いやるなんて何度やっても慣れることはできない。
自分の体が震えている。それとも震えているのはカヨだろうか。ピッタリとくっついた体ではどちらが震えているのか区別がつかなくなっていた。
「ぶた……ないで……」
カヨは俺の腕に手を添えて言った。果たしてそれは誰に向けた言葉なのか。俺か彼か、それとも……。
小さく細切れの声に、拳銃を持った手に力が入らなくなった。
それと同時にガタンと何かが床に落ちる音がして身をこわばらせると、タナシはカナヅチを落として頭を抱えていた。立っているのが精一杯なのか壁にもたれかかっている。
「この子は俺の子じゃない。血の繋がりのない、赤の他人だよ」
律儀にさっきの質問に答える。頭を押さえていたタナシは、ずるりと手を下げて耳に押し当てた。まるで俺の声なんて、事情なんて聞きたくないと言わんばかりだった。
❇︎ ❇︎ ❇︎
「そうか……」
青年の回答を聞きながらゆっくりと言葉を吐き出す。青年の声も自分の声もやたら遠い。
私は青年が抱えている少女を見ていた。歳は八歳か九歳ぐらいだろうか。娘より少し年上だ。
娘が生きていればやがてはこのくらいの大きさになっただろう。いや、娘はいまも生きている。そうだ、なにを言っているんだ? 妻も娘もちゃんとここに、この家で存在しているではないか。
耳を澄ませていれば娘のはしゃぎ声が、聞こえてくる気がした。しかしその思いとは裏腹に、手を耳に押し当ててなにも聞こえないようにしている自分を見つける。
青年が少女を離し、銃口を下げてゆっくりと立ち上がった。
「悪いけど、これは預からせてもらう」
青年はカナヅチを手に取って、背後にあるデスクにおいた。
「あの……リビングの花瓶の花……いや、あれだけじゃなくて壁に飾ってあるドライフラワー……あれは」
青年は気まずそうに口を開く。
やめろ、聞きたくない。私は口を動かそうとしたが、なぜかうまく動かない。
「あれが……お嬢さんと奥さんから発生した花なんだろう。二人を殺した」
「妻も娘も生きている」
やっとのことでしぼりだす。青年は黙って首をふる。
「あれが私の妻と娘だ」
私は強く言った。
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