第十四章 その1

 私は青年がデスクに頭を打って昏倒した時、チャンスだと思った。

 手にしていたカナヅチの重さを感じ、目の下が引っ掻かれた時の痛みを思い出した。


 ……だめ。

 子供の声がした。か細くまだ幼い……。

 やめて……やめて。


 幼い、娘の?


 振り上げようとしたカナヅチを持った手が緩む。その瞬間を待っていたように一つの小さな影が部屋に滑り込んできた。


「ダメッ、やめて……お願いっ!」


 その声で青年が目を開けて、少女が青年をかばうように体の上に覆い被さった。

「ば……か。なんで来たんだ!」

「絶対に……ダメなんだからっ!」


   ❇︎ ❇︎ ❇︎


「どけっ!」

 俺は自分に被さっているカヨに向かって怒鳴った。

「イヤッ!」


 金切声に近い声でカヨは反発してくる。


「どきなさい。私は君までころ、す……ことはしない」

 狩る者と狩られる者。対峙する二人の意見が一致した。神様は皮肉のきいたジョークが好きなのかもしれない、と頭の片隅で思った。


「イヤッ、ダメッ! この人はご飯くれたの。頭をなでてくれたの。褒めてくれたのっ!」


 カヨはどちらに言っているのか、興奮で顔を赤くしながら叫び、いきなり立ち上がった。


「とらないでよ……とらないでよぉっ!」


 小さな手でこぶしを作り、振り上げる。俺はカヨの意図がわかって血の気が引いた。

 カヨがタナシに向かって突進する。


 俺は素早く上半身だけ起こし腕を伸ばすと、カヨの肩に手を回して自分の体に押さえつける。それと同時に、腰にある拳銃を引き抜いて彼に突きつけた。

 狭い部屋だ。不安定なこの状態でも入り口に立っているタナシにこの距離なら当てることができるだろう。


 カヨはふぅ、ふぅ、と息を荒くしていて、まだタナシに立ち向かっていこうと腕の中でもがいている。

 俺はその怒りに満ちた息遣いを感じて体の芯がぐらりと揺れた。いままで、別れがすぐにくるのだからとあえて突き放した態度をとっていた。彼女の人生でやっと親しくなった人が、すぐに失われてしまうなんて悲しすぎる。そう思って優しくしないように、距離が近づいてしまわないように注意していたのに。


 その計算はいつの間にか砕かれていた。

 ああ……あきれた。なんて馬鹿馬鹿しい。

 思いつつもなぜか嫌な気持ちは起こらなかった。


「カヨ……俺は大丈夫だ。大丈夫だから……落ち着け」


 俺は小声でカヨに呼びかける。カヨは少し落ちつたのか、こぶしをゆっくりとおろした。息はまだ荒い。


   ❇︎ ❇︎ ❇︎


 少女の視線、怒りと……そして悲しみだろう、その感情に濡れた瞳を見てめまいを覚えた……おとうさん、と涼やかに自分を呼ぶかすかな声。あれはいつの頃だったか。あと少し……、あとほんの少し。


 少女が立ち上がって、腕を振り上げた。

 青年が体を起こして少女の肩を抱き寄せ、腰に手を回してなにかを私に突きつける。それがなんなのかわかって、私の顔は引きつった。


「なんて……ものを持っているんだ……君は」


 私は突きつけられた拳銃を見て言った。よく映画で見たことのあるリボルバー式の銃だ。

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