第七章 その1
焚き火の炎はいつの間にか消え木材を炭へと変貌させていた。向こう側を見るとカヨもすでに起きていた。上半身を起こして目を擦っている。
先に目覚めていたカヨにペットボトルの水で顔を洗わせる。俺がペットボトルから水を落とし、カヨがそれを両手に受けて顔を洗う。洗うというよりも、水をピチャピチャと顔にかけているだけのぶきっちょな動作だった。
俺自身はペットボトルから直接水を浴びようとすると、カヨに止められた。
「あたしが……」
どうやらペットボトルを持つと言いたいようだ。
だいぶ減っているとはいえ、二リットルのペットボトルはカヨには重いだろうが、試しに持たせて水を出してもらった。
真剣な表情でペットボトルをかたむけるカヨがおかしかった。慎重にかたむけたせいで、チョロチョロとしか流れてこない水をお椀型にした手の平でためて顔を洗う。
それからカヨのまぶたの裏をチェックする。寝ぼけ眼のまぶたの裏は白っぽく血色が悪い。まぶたの上下をめくられてカヨはむずがゆい顔をし、俺の手が離れると目をしぱしぱさせた。
簡単な缶詰だけの朝食をさせる。
缶詰を食べているカヨの格好をあらためて見てみると、長袖、長ズボンではあったが薄手で寒そうだった。
「寒いだろう? どこかで上着をとってくるか」
朝晩は冷え込む季節になった。俺も秋物のコートを羽織っているが、カヨは上着になるものはなかった。どこかで見つけないといけないだろう。だが、咀嚼しながらカヨは首を横に振った。
遠慮しているのか、それとも本当に寒さを感じていないのかわからない。
「ま、寒くなったら言えよ」
次に目指すのは住宅街だ。ここになら子供用のコートも残されているだろう。
◇ ◇ ◇
タナシ家 アキラのいつもの日常
街中を探し回っても獲物となる動物は見つけられなかった。私は仕方なくもう使われなくなったスーパーに行き、仕掛けておいた鼠取りを確認して、ようやく一匹のネズミを獲ることができた。ネズミをスーパーの袋に入れて出てこないように持ち手を縛る。
スーパーの中にいくつも罠を仕掛けておいたのだが、捕まえることができたのはたった一匹だ。顔が歪んだのか、目の下の傷が疼いた。その二筋の傷跡をそっと撫でる。
少ない……。少なすぎる。私はうめいた。罠を他の場所にも設置しよう、と計画を練り始めた。
家に戻り、風呂場に直行するとまだ暴れ回っているネズミを袋ごと壁に叩きつけて気絶させる。暴れている動物はやっかいで、うっかりすると手を噛まれるからだ。ネズミが動かなくなったことを確認すると、洗面器を引き寄せてからネズミを袋から取り出した。そして素手でネズミの首をもぎ取る。どろりとした血液が洗面器にしたたり、唇が動いた。自分が笑っているのがわかる。
握っていた手を強めて、ネズミの血を絞りとろうとするが、血のしたたりはすぐに終わってしまった。
思っていたよりも血の量が少ないことに私は失望した。
もっと……もっと、血が欲しい。
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