第12話
ちょっといい気分でいると、RINE WORKSにメッセージ。
中原先生。
「最近調子いいよね。何か変わったことしてるの? ごはんご馳走するから、教えてくれないかな」
お、お誘いだーーーーーっ。
落ち着け落ち着け。
「はい、いいですよ」
何事もなかったかのように返す。
落ち着け。みっともないところなんて、絶対に見せるんじゃないぞ。
「どこがいいです?」
とは言うものの、時間が時間である。
お洒落な店なんて開いてないし、夜遅くまでやってる繁華街も近くにはない。
ガストかバーミヤンかデニーズか。
さすがに牛丼屋は選択したくない。
「ラーメンが食べたいなあ。」
え?
「台湾ラーメンが食べたい」
何ですと?
台湾ラーメンとは、鶏がらベースの醤油風味のスープに細めの麺。唐辛子とニンニクを絡め炒めた挽き肉、いわゆる台湾ミンチとニラをどっさりと載せ、たっぷりの唐辛子を加える。
口に入れた瞬間、激しい辛さが襲ってくるラーメンである。
間違っても、男女のデートで食べるものではない。
「桃山町の味千でいいかな?」
まあ、友だちか同僚を誘う程度、周囲に誤解を受けない店と言えばそういう店でもある。
そう思えば気楽なものか。
「了解です。片付け終わったら出ますね」
「はーい。ビール開けててもいいからね」
「はい」
「じゃあ、また後でね」
よし!
場所はアレだが、お誘いなのは間違いない!
行くぞ!
慌てて片付けをして教室を閉め、自転車でダッシュする。
到着すると、入り口で中原先生が手を振ってるのが見えた。
や、早いな。
二人で店内に入り、ラーメンの他、いくつかメニューを注文する。
お酒はやめとこう。
自転車だし。
「最近、調子いいみたいじゃん。小林係長、褒めてたよ」
「そうですか?」
「もともと言われたことはちゃんとやるタイプだったけど、最近、一歩突っ込んでくるようになったって」
「そうですかね?」
「ゲーム式、勉強嫌いな子たちに評判いいらしいじゃん」
あれか。
「まあ、思いつきで試してみたんですけどね。意外とウケました」
「いいことだよ。勉強を楽しめるって。要は基礎練習を嫌がらせない感じでしょ」
「はい」
あ、お見通しだ。
「それが一番難しいんだよ。子ども目線でいいね」
「いや……まあ」
「でも、どうしたの? 今まで、自分の時間使ってまでってタイプじゃなかったじゃん」
「いや……まあ、そうなんですけどね」
そう。そうなんだ。
今まで、何となくやってればいいと思ってた。
ルール通りにそこそこやって。
そこそこは意外とできた。
そして、それなりに褒められて。
だから、それでいいと思ってた。
「お姉さんの、一姫さんの影響?」
「う……ん、ちょっとはあるかも」
姉さんと一緒にこども食堂をやってみて。
勉強を教える以外の、子どもたちとの接点ができて。
仕事以外のことを始めて、会社のルール以外のことをやって。
それが意外と楽しくて。
いや、楽しいのは中原先生がいるからでもあって。
ちょっとはいいとこ見せようと思ってたら、何か仕事でもやった方がいいのかな、と思いはじめて。
ああ、そうか。
僕は。
こども食堂で。
ひさしぶりに同じ場所で働いて。
僕が一生懸命仕事してると、この人が笑う。
そんなことに気づいてしまった。
だから、がんばってみて。
仕事でもちょっとがんばってみようと思って。
そう。
この人のためにやってるんだ。
「うん?」
右手にお箸を持ちながら、ちょっと小首を傾げて僕を見ている。
その姿がとても愛おしくて。
憧れじゃなくて、好きなんだ。
好きになってしまったんだ。
この人が。
うわ、ヤバい。
意識したら、ヤバい。
「どうしたの? 二郎君」
「い、いや、どうもしてません、どうも」
台湾ラーメンに意識を向け、一気にかきこむ。
口の中に唐辛子が充満する。
「……!!」
「ほら、何慌ててるのよ」
差し出してもらった水で一息。
「どうしちゃったの?」
「い、いや。ちょっと挑戦したくなったというか」
「台湾ラーメンに?」
「頭をはっきりさせたいことがあったんですよ」
「だから唐辛子なの?」
「頭の中、はっきりしますよ」
「そんな、無理やり覚醒させるようなこと……」
はっきりした。
だけど、どうしよう。
なぜなら、僕は、この年まで女の子と付き合ったことなどないのだから。
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