第10話

 そして、公民館は戦争になっていた。

 五人ほど、二組の親子が訪れていた。


「働けー」

「了解!」


 僕たちはギアを一段上げた。

 保護者の大人からは300円もらい、子どもたちは無料。

「先払いでいただいてます」

 そう言って、集金に回る。


「初開催なので、みんな慣れてなくてすみません」

 佐々木さんは、そんなことを言いながら接客。

 うん、営業って言ってたっけ。

 配膳して、テーブルへと案内する。


 そこへ、五人ほどの子どもたちを連れた男性が一人現れた。

「こんにちは。大勢ですけど大丈夫でしょうか」

「どうぞどうぞ。ご遠慮なく」

 その言葉と同時に子どもたちが飛び出していく。

「お、お前ら来たなー。はい、このテーブルに集合!」

 姉さんが厨房から笑顔で出てきた。

「あ、姫ねーちゃんだあ!」

「ごはん食べに来たよー」

 子どもたちが口々に叫ぶ。 


 知り合い?


「あ、時任さん、お言葉に甘えてお伺いしました」

「いえいえ、ご遠慮なく。ここは子どもたちの食堂なんで。あ、広瀬さんは三百円ねー」

 けらけらと、笑いながら対応する。

「はいはい。わかってますよ」

「わかってるならOKですよ。じろー、お金もらっといてね」


 立ち去ろうとする姉さんの耳が赤い。

 そして、どこか嬉しそうな空気感。


 あれ?


「三百円でいいですか?」

「はい、大丈夫ですよ。で、あの……、姉のご友人ですか?」

「ひょっとして、一姫さんの弟さん? 初めまして。私、児童養護施設あかつきホームの広瀬と言います。お姉さんには、いつもお世話になっています」


 ピンと来た。


 姉さんがなぜこども食堂を始めようと思ったのか。


 この人がいるからだ。

 細身で長身。小ぶりの眼鏡をしたその姿は、おそらく姉さんの好みにどストライクだ。


 むしろ安心した。

 急に何かに目覚めたわけではなく、ちゃんと理由があっての行動だとわかって。


「どうしたの? 二郎くん」

 背後に中原先生。

 手のトレイには唐揚げカレーが乗っている。


 いかん。

 ちょっと現実世界から抜けていた。


「あ、いえいえ。ちょっと考え事しちゃって」

「そうなの? 何か心配事?」

「違います! 大丈夫ですから」


 中原先生を相手にすると、ちょっと勝手が違う。

 大体、笑顔が可愛過ぎるのだ。


 そんなに近くで笑わないでほしい。

 平静が保てなくなる。


「さて、仕事仕事」


 僕は動き始める。

 雑念を払いながら。


 そして、結果この日の来場は親子合わせて13名ほど。

 地域への宣伝、根回しが不十分な第一回目だった割には、それなりにやってきてくれた方だと思う。


「さ、ちょっとカレーが余ってるから、みんなでご飯食べて終わろうか」

 姉さんの言葉に、僕たちはカレーを手に、テーブルに着いた。

 僕の隣に中原先生が当たり前のように座る。


「ボランティアって、割と楽しいものなんですね」

 ぽつりと言ったのを姉さんが拾った。

「当たり前でしょ。しんどいだけで、やった気になるボランティアなんて最悪よ」

「そうですね。ちょっと驚きでした。仕事するみたいなイメージがあって」

「責任という面においては、ボランティアは仕事と何ら変わることはないわよ。だけど、こう、いいことやったーーーー、みたいな爽快感とか最高なのよ」

「そうですね。そうかもしれない」

「まあ、もうしばらくすると、いろいろな問題が出てきて、それ解決してって、本当に仕事みたいながんばり方もあるけどね。それを乗り越えるのが醍醐味って言うか」

「えー、それ、ちょっと嫌かも……」

「そうでもないわよ。仕事ってさ、どう? 嫌々やってる? 仕事、夜遅いでしょ。塾の先生なんて。何でやってるの?」

「まあ、そうですけど……。卒業するときに、先生ありがとう、とか言われるともう一年がんばろうかなあ、って思っちゃうんですよね」


 え、何? やめたいのか?


「みんなで野球やったり、バスケやったりするのも同じ。しんどいし、体力つかうし。だけど、あの勝利の瞬間のためにやってるのよ。あと、みんなと一緒にっていいのよね。たった一人でやるよりも大きなことができて、似たようなこと考えてる仲間が一緒に考えてくれたりとか。頼られるとうれしいし、助けられるとありがたいし」

「いいですよね、仲間って。うん。何か仕事もがんばれそうな気がしてきた。二郎くん、がんぱろうね」

「は、はい!」


 その笑顔を見て、がんばらないわけがないのだった。

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