第9話

 朝の作業は鶏肉の解凍から始まる。

 2キロの鶏肉は、冷蔵庫に一晩おいておいても、完全な解凍はできていなかった。

 流し台の洗い桶で流水解凍を始める。


 その間にご飯を炊く。


 厨房の中心は佐々木さんという管理栄養士資格を持った女性だ。

 佐々木さんと一姫と、僕の三人で準備をしている。


「遅くなりました。ごめんなさい」

 そう言って、中原先生がパタパタと駆けてくる。

 パーカーにデニムというラフなスタイルが可愛い。


「はーい、今着た人、唐揚げ担当ー。こっち来てー」

 佐々木さんの指示が飛ぶ。

「基本二度揚げねー。大きめなので180度で四分。そうしたらバットに上げて、次に。一通り揚げたら、二回り目、多分二分でいいよ。タイマーそこにあるからどんどん使って」

「はいっ」


 言いながら、手は止まらない。じゃがいも、玉ねぎ、人参がさくさくと皮を剥かれ、細かく刻まれ、鍋の中に投入されていく。


「一姫、玉子そろそろ茹で上がったから、引き上げて。で、水につけて。ボウルに水はって、その中で剥くと、きれいに剥けるから」

「了解ー」


 本日のメニューは唐揚げカレー。


「弟くん、鶏肉に片栗粉まぶしたら、唐揚げ係の彼女に渡してー」

「中原と申します! 二郎くんの同僚です!」

「中ちゃんかー。よろしくねー。佐々木芙美子と言います。一姫の高校の同級生ねー」

「よろしくお願いします!」

「中ちゃん、唐揚げはあまりかき回さなくていいからねー。じっくりよろしくー」

「はい!」

「返事いいねえ。可愛い格好してるし、もてるでしょ」

「え? え? もてたことなんてないですよ!」

「そう? 弟くーん、可愛いよね」


 わ、こっちにふられた。


「は、はいっ。可愛いです!」

「ほらー、弟くんも可愛いって言ってるよ」

「料理しながら、からかわないでください! 二郎くんも!」

「あははー、ごめんねー。でも可愛いってのはウソじゃないよー。テヘ」

 と、芙美子さんは笑う。


「芙美子さん、テーブル周り終わりー。何か手伝うことある?」


 昨日のお肉屋さん。

 佐々木さん。

 現在、厨房を仕切っている芙美子さんの旦那さん。


「あ、こっちは特に。一姫、何かある?」

「二郎、一緒に客引きよろー」

「了解」


 僕は、料理用の手袋を外し、厨房を出る。

 そして、昨日配り残したチラシを取り出す。


「行きましょうか!」

「うん、行こうか」


 会場の公民館の裏は公園になっている。

 遊んでいる子どもたちがターゲットだ。


 子ども食堂のスタッフとわかるように、エプロンのまま配る。

 できるだけ、付き添いの親の方に渡していく。


「こども食堂? 何これ? こどもが作ってるの?」

「いえいえ。こどもたちのための食堂ですよ」


 そんな会話をしつつ、チラシを渡していく。


「えーっと、厨房の佐々木さんって……、奥さまなんですか?」

「そうですよ。妻です」

 さらりと言われた。

 独り身彼女なしには、さらりと言われる方がキツい。


「ずいぶんテキパキしてますよね」

「そうですねえ。チームを仕切ることとか、上手いんですよ。前から。ゲームの集団とかでは、ずっとリーダーやってますよ」


 PSO2のチムマスみたいなものか。

 まあ、そういう感じはあるよな。


「まあ、友達のことが大好きで、お節介焼きで、損得関係なく飛び出していく。そんな人ですよ。彼女は」

「いい奥さまですね」

「まあ、そうですね」


 あ、照れない。この人。


「今から行ってもいいの? これ?」

「どうぞー。ぜひぜひ」


「さて、我々も戻りますか」

「そうですね」


 僕は佐々木さんの言葉に頷いて公民館へと戻った。

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