第4話

 スマホの通知は一姫。姉さんだ。

 僕は電話を取って話を聞く。


「何?」

「ねえ、こども食堂手伝ってくれない?」

「は? 今何て言った?」

「ねえ、こども食堂手伝ってくれない?」

「いや、そういう意味じゃなくてよ」

「ねえ、こども食堂手伝ってくれない?」

「大事なことなので三回言いましたみたいなボケかますんじゃねえ」


 思わず、声を荒げる。

 姉さんは気にせずに続けた。


「あはは。こども食堂って知ってる?」

「知ってるよ。生活に困ってるような子どものための無料食堂みたいなヤツ」

「まあ、間違ってはいないけどね。どう、ひさしぶりに会って話そうか」

「わかった。どこへ行けばいい?」

「うちのクリエイティブスペース。待ってるわ」

「ゲームの中じゃねえか! 今、会ってとか言わなかったか?」

「だって、あたしもうお風呂入っちゃったし。塾講師なんていうヤクザな商売してるのが悪いんじゃない」

 塾講師はヤクザな商売ではない、と言いたいところだけど、ぐっと押さえる。

 話が長くなるからだ。

「まあ、いい。帰ったらログインするから。待ってて」

「早くお願いねー」

「わかったよ!」


 教室の戸締まりをして、コンビニで弁当を買ってアパートに帰る。

 レンジに放り込み温めながら、ジャージに着替えてPCを立ち上げる。

 ゲームを起動しつつ、レンジから弁当を引っ張り出す。お茶をペットボトルからマグカップに注いでPCの前に食事の準備OK。

 ログインすると、挨拶もそこそこに一姫のクリエイティブスペースへと移動する。


 フレンドとチームメンバーにのみ開放されたそこは、一姫の、いや「Princess_No1」のプライベートエリア。

 西洋の邸宅を再現した重厚な建物と庭園が広がっている。

 そして入り口に、トナカイの僕と違い、長身銀髪切れ長の鋭い目つきに片眼鏡の執事服のキャラが立っていた。

「遅い!」

「これでも全力で帰ってきたんだよ」

 わざわざ、モーション「待機:イライラ」を設定している。

 そんなモーションで表現しなくてもいいのに。

「で、何なの? こども食堂って」

「月一で公民館借りれることになったからさ、やってみようと思って。手伝ってくれない?」

「何でそんなことしようと思ったの?」

「うー? 使命感?」

「姉さんが?」

「あたしだってそのくらいの使命感はあるのよ。ほら、福祉の人だし」

「使命感ねえ」

「今さあ、苦しい子どもたちって見えないんだよねえ。裕福な家庭は増えたけど。本当に困ってる子たちって、表に出ないんよ」

 一姫は児童発達支援事業所という、障がいを持った子どもたちの面倒をみる場所で働いている。

 そういう場所だと、まあ、いろいろ見ることがあるのだろう。

 そして、誰かのために動きたいのだろう。

 その一言にちょっと重さを感じた。

「それが助けになるの?」

「どうだろうねえ。本当に助けになるかどうかなんてわからない。だけどさあ」

 チャットだから一気にしゃべることができない。

 だから、想いはゆっくりと、文字で綴られる。

「目の前にいる子というか、自分の周りくらいは、幸せな笑顔で埋めたいじゃん。まあ、あたしのエゴかな」


「いいよ。わかった」


 僕はそう返事をした。

 エゴと認識してボランティアやるのは悪くないと思う。

 人のため、とかいう綺麗事って、結構飽きたら続かなくなるものだ。


 手伝おう。


 そう決めた。


「で、何すればいいの?」


「ああ、明日の朝10時に、区の社会福祉協議会に一緒に行ってね」

「は?」

「明日の朝10時に、区の社会福祉協議会に一緒に行ってね」

「いや、ちょっと待て、僕、明日は仕事だぞ」

「どうせ昼出社じゃん。お昼までには終わるわよ」

「いや、どんだけ早起きしなきゃいけないと思ってるんだ!」

「だいじょぶじょぶしょぶ〜。じゃ、また、明日〜」

 そう言ってログアウトしていった。


 僕はぽつねんと取り残されることになった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る