%2%

 顕微鏡は昔、ヒルデのパパがくれたものだった。


 パパは、潜水艦の乗組員クルーだった。


 ある冬の朝。

 台所ではママが、セロリのスープのあたたかな香りで、ヒルデを呼んでいた。

 ママに言われて、パパを捜しにいくと、庭に、とても大きな雪だるまがいた。


 その脇にしゃがみこんで、パパは煙草を吸っていた。

 ヒルデは凍えそうに寒かったけれど、パパは大汗をかいていた。

 雪だるまに目を丸くしたヒルデを見て、大笑いしながら抱きあげてくれた。


 ――今は、雪だるまもいないし、パパもいない。


 パパはママとけんかして、家を飛び出していった。

 ……家は、ママの、亡くなったおじいちゃんの家だったから。


 なにもかも、あの冬に、ぜんぶ溶けて、消えてしまった。


*お互いに愛し合った、パパとママでさえ、けんかしていがみあうのだから、世のなかから戦争なんて、なくなるわけないよ*


 そう思いながら、ヒルデはため息をつく。


*でも、今日は降誕祭だから、しあわせに過ごさなきゃ。わたしがママを慰めてあげよう。ふたりでがんばれば、きっとつらくない。ママのために、わたしがおいしいヨウルトルットゥ(クリスマス・パイ)を焼いてあげる。わたしとママと、ふたりだけで、最高の降誕祭を過ごそう*


 玄関の扉をひらくと、息をつまらせるような生ぬるい空気といっしょにママが出てきて、ヒルデにキスをした。


 けれど、ヒルデが驚いたことに、ママはひとりではなかった。

 ママの背後から、知らない髭の男の人がのぞいていた。


 ママが言うには、今夜はヒルデとママと、その人の、三人で過ごすのだそうだ。

 ヒルデはなにも言わずに、くるりとふり返ると、冷たい風が吹きつける街路へと飛び出した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る