第2話 2
ダストン様に連れられて、わたくし達は城門前までやって来ましたわ。
なにをそんな慌ててと思ったのですけれど、その場についてしまうとそんな考え吹き飛びました。
「――なっ!?」
アンドリュー様もまた、目の前の光景に息を呑みます。
ええ、はっきり言って異常ですわ。
――護衛の騎士達が……山積みになっておりましたの。
そして、その上に……銀髪の少女を模したと思われる、手足の短いメイド服姿のぬいぐるみが腕組みしてふんぞり返っていましたわ。
一見すると可愛らしい見た目をしているだけに、その下に積み上げられた騎士達という光景が、ひどく異常に見えます。
「い、言われた通りにしたぞ! だ、だから暴れるのはそこまでにしてくれ!」
そのぬいぐるみに向けて、ダストン様が声をかけます。
「おう、やっと連れて来やがりましたか……」
ぬいぐるみは幼女のような高い声で、ゴロツキのような言葉を発します。
「な、なんなんですの、アレは?」
わたくしがダストン様に尋ねると。
「わかりません。報告してきた者によると、いきなり現れて王子を出せ、と。
対応した者が断ると、急に暴れ出したそうで……」
どうやらダストン様も伝聞でしか知らないようですわね。
「――ふむ。まずは話を聞いてみようか」
アンドリュー様は困惑した表情を浮かべつつもそう仰ると、ダストン様を連れて、まだ無事な騎士達に囲まれたぬいぐるみの方へ進み出ました。
わたくしもその後に続きますわ。
これでも婚約者ですもの。
いざとなれば玉体を守るために身を差し出すくらいの事はしてみせますわ。
「私がこの国の王子、アンドリュー・アルマークだ。
君はどういった目的で、こんな狼藉を働いたんだい?」
と、アンドリュー様はぬいぐるみを刺激しない為なのか、ひどく柔らかい口調でそう訊ねましたわ。
ところがぬいぐるみは、アンドリュー様をその金色の目で見下ろすと、足元の騎士の背に地団駄を踏み出したのです。
「――ウソ吐くんじゃありませんよ!
この国の王子はリカルドとかいうクズでしょう!?
こっちはヤツの顔を知ってるんです!
騙そうたって、そうはいきませんよ!」
ぬいぐるみは叫びながら、足元でノビた騎士を片手で担ぎ上げ、こちらに投げつけてきましたわ。
ただ、あくまで威嚇のつもりだったのでしょう。
放り投げられた騎士はアンドリュー様の足元に落ちて、甲冑が重い金属音を響かせましたわ。
「隠し立てするなら、次はおまえに当てますよ?」
「ま、待て! 待って欲しい!
リカルドは弟――第二王子だ!
ヤツに用があるのか?
今、呼びに行かせる! だから、それまでの間、君が暴れている理由を聞かせてくれないか?」
「ああ、おまえはあのクズの兄なのですか」
納得したようなぬいぐるみに、わたくしは思わず安堵の息をつきます。
ダストン様が、近くの騎士にリカルド殿下を呼びに行くよう指示を出しましたわ。
ぬいぐるみは再び山積みになった騎士の上で腕組みし。
「あのクズの上の立場の者なら、話しても良いでしょう」
と、ぬいぐるみはメイド服のスカートを摘んでカーテシー。
「私はリーリア・セイノーツ様に仕える、ステラと申します」
「――リーリアですって!?」
思わず声をあげると、ステラと名乗ったぬいぐるみは、その金色の瞳をわたくしに向けましたわ。
「……ロザリア、とか言いましたか?
あなたはご主人様を助けようとしてくれたようなので、私の中での好感度が高いですよ
具体的にはプラス三ステラポイントをあげても良いくらいです」
……どうやらステラは、わたくしの事を知っているようですわね。
リーリアを主人と言っていますから、彼女に聞かされたのかもしれませんわね。
「――あの娘は今、どうしているのです!?
おまえがわたくしの事を知っているのは、あの娘に聞いたからですの!?」
リカルド殿下は王都を追放して、嘆きの森へ送ると言っておりましたが……
「ご主人様へのご心配、ありがとうございます。
プラス八ステラポイント差し上げます。
ご主人様は、心身共に衰弱が激しい為、ご療養なさっておいでです」
「……無事、なのですね?」
途端、ステラの表情が怒りに染まる。
「――危うく! 無事ではなくなるところでしたけどね!」
そう怒鳴って、ステラは虚空に手を差し入れましたわ。
「こいつの所為で!」
と、その指のない手が引き抜かれると、そこには両手足を失くした小太りな男が現れ――その顔を見て、わたくしは息を呑みましたわ。
「この男は、確かリーリアを運んで行った……」
意識がないのか、騎士の山の上でぐったりと首を垂れて仰向けに寝転ぶ男は、確かに昨日に見たあの男ですわ。
「そうですよ! こいつはねぇ、あろうことかご主人様の純潔を奪おうとしやがったんですよっ!」
ステラは怒りを吐き出すように、男の腹を踏み躙ったわ。
「――なっ!?」
男の暴挙に、わたくしだけではなくアンドリュー様もまた驚愕の表情を浮かべましたわ。
「いかに追放されたとはいえ、女性にそれは……」
「……ほう、兄の方はまだまともに会話ができそうですね?」
ステラはアンドリュー様を見下ろして、そう呟きました。
「もしかしたら会話できる者も居るかもしれないと、出向いた甲斐があるってもんですよ。
この男は、本当ならすぐにでも殺してやりたかったんですけどね、手足をもいだだけで済ませたのは、おまえのような者に証言させる為なんです」
「……証言?」
「リカルドとか抜かす、ドクズの所業のですよっ!
この男はねぇ、しっかりリカルドからご主人様を好きにして良いって言質を取ってやがりましたよっ!」
興奮したように吐き捨て、ステラは男の腹を踏みつけましたわ。
「ま、待って欲しい! つまり君は主人の――リーリア・セイノーツの復讐に来たという事か?」
アンドリュー様がステラのあまりの剣幕に、気圧されたように尋ねる。
……ああ、そうか。やはりあの娘は本当に――
ここに来て、わたくしはひとつの確信を得ました。
先程の――ステラがなにもないところから、男を取り出した魔法のような力も、そう思えば納得が行きますわ……
人とは異なる見た目――今でもぬいぐるみが動いているようにしか見えませんが――にして、騎士が束になっても敵わない圧倒的な武力を持つステラの正体に、わたくしは心当たりがあったのです。
――おそらくは彼女は、魔属なのでしょう。
だって、彼女が仕えていると言うリーリアは……
「――わからないのだが、リーリア・セイノーツは……言ってしまえば平民の出だろう?
君のような猛者がなぜ、彼女に仕えている?」
と、アンドリュー様の言葉に――
「あん? てめえ、ご主人様ディスってんのか? ぶっ殺すぞ」
ステラは剣呑な雰囲気を滲ませて、呻くように呟きましたわ。
わたくしは慌ててアンドリュー様を止めにかかります。
「――殿下! 違うのです!」
もはやこうなっては、結界を張って隠し立てする暇すらありませんわ。
なんとかアンドリュー様に現状をご理解頂いて、ステラの怒りを鎮めなくては……
「――リーリアは……彼女の祖母は、北の魔王の娘なのです!」
わたくしが放った言葉に、その場の誰もが凍りつきましたわ……
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