第13話 僕たちは、今日魔女を



「する事は、簡単だ」

「ほんとう?」

「もちろんだとも。初めてするから、どうなるのかはわからないけれどね」

「いいよ、大丈夫」

「君は魔法のせいで随分といろんな物を無くしたんだね。判断力もなくしてるよ」

「へぇ」



「じゃあ、いいね」





 ———僕たちは今日魔女を殺す











 今日はとても天気がいい。



 肌を刺すような寒さは鳴りを潜めて、頬をくすぐる風は少しばかり温かい。


 ふわりと鼻をくすぐるのは、土から出たばかりの草や、花の香り。


 甘やかで、僕にとっては少しだけ、ほんの少しだけ寂しい匂い。











「ねぇしってる?このバズってる写真」

「ああ、知ってる知ってる。桜の木! 幸せになれる写真って有名じゃん。そうそう、この写真撮ってる人がかっこよくてさ!見てよやばくない?」

「うわっまじじゃん」


 通り過ぎた彼女たちの声。

 僕はそっと耳を傾ける。

 チラリと見えた楽しそうに話す女性の二人組の手に持つスマートフォンの画面には、薄い髪色の男性。




 近所のお菓子屋さんで買った流行りのお菓子を一口齧る。

 とても美味しい。



 ブーン、とポケットに入っていたスマートフォンが音を立てて震えた。


 口の中のお菓子をゆっくりと咀嚼して、大事に飲み込んでから、まだ鳴り続けているスマートフォンのボタンを押した。

 ようやく振動が収まって、耳に当てればパッと明るい声が聞こえてきた。


『ボナニヴェルセール《お誕生日おめでとう》! ヒロ!』


「はは、ありがとうルナ」


『もう「僕達の最後の魔法」を見に行っているのかい?』


「うん、ちょっと早く着いたから、近所のお菓子屋さんに行ったんだ。……さすが僕らの最後の魔法だね。もう5年も咲いてる」


『もうすぐそっちに着くよ、待ってて』


「うん」


 僕達が試した方法は『魔女を殺す魔法』

 体の中に住んでいる魔法、魔女を全て使い切る魔法だ。


 ———僕達が魔法を使った、あれは最後の日。








「じゃあ、いいね」


 ルナと僕で、手を繋いで、指を絡ませる。


 リビングの真ん中で、ソファも退けて、ボチの入った籠も端っこへ追いやった。


 何もなくなった、広い空間に二人で立つ。


 本を真ん中に置いて、自分の中にある魔法を全て、一欠片も、一粒も残さずに注ぎ込む。

 この家に全部全部隠してしまうように。

 全部全部置いていくように。


「魔女は自分たちが一番だと思っている生き物だから、決して二人で力を合わす事はしないんだそうだよ。だからずっと生き残ってきた。いや……生き残ってしまった」


「だから二人でするの?」


「そうとも。僕が調べていた100年成功した人を見つけたよ」


「……その人に会ったのか?」


「うん、幸せそうだった。人間だったよ、ちゃんと」


「……そっか」


「置いていこう、全部。全部置いて行ってしまおう」


 体から、吸い出されるように何かがどんどん外へ出ていくのがわかった。


 目の前がふわふわとした光に溢れて、体がジン、と熱くなるのがわかる。驚いてルナを見れば、細められた瞳が柔らかく僕を見た。


 固まりきった肩から力が抜けて、指の先が温まる気配がする。


 暖かい。

 温かい。


 ああ、もう最低な気分なんかじゃないや。





 ———?年後





 閑静な住宅街に、大きな屋敷がある。随分と古びていて、誰が鍵を持っているのか、管理しているのかわからないのだそうだ。

 周りは新しい建物が建ち、一層その屋敷だけが奇妙な古めかしさを持っていた。


 ただ時々、気まぐれに扉が開かれて、人々を招き入れているのだという。


 そこにはまるで手を繋いでいるような、二本の桜の木が存在していた。


 自然にできたとは思えない、変わった形の木だ。


 その変わった桜の木はとても不思議で、春も夏も秋も冬も、季節なんてお構いなしにずっとずっと咲き続け、人々を今もとても喜ばせ続けているという。



 そこには時々二人組が現れる。

 いつも決まった二人だ。


 見かけた人の証言によれば、仲が良さそうな二人は、一年に一度必ず屋敷の前に現れるのだそうだ。


 会話は決まって他愛の無い『今日は暖かい日だった』『珈琲の香りがいい香りだった』『雪がいつもよりもふわふわだった』そんな普通の話だったらしい。

 一般的で、気にもかけないような話を大事そうに、大切そうに話す二人だったそうだ。


最後にこの二人の姿を目撃したのはいつだったか。



 噂話のように、時には美しい話。

 時には怪談話のような香りを放って人々はこの二人の話をささやきき合った。


 おおよそ、あれが最後だったと言う者の話では、


「腰は丸まって、白髪の姿の老人達は、シワが深く刻まれた肌をクシャクシャにさせて笑い合っていた」


 そのように言われていたそうだ。




   ----おしまい----

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