第13話 僕たちは、今日魔女を
「する事は、簡単だ」
「ほんとう?」
「もちろんだとも。初めてするから、どうなるのかはわからないけれどね」
「いいよ、大丈夫」
「君は魔法のせいで随分といろんな物を無くしたんだね。判断力もなくしてるよ」
「へぇ」
「じゃあ、いいね」
———僕たちは今日魔女を殺す
◇
今日はとても天気がいい。
肌を刺すような寒さは鳴りを潜めて、頬をくすぐる風は少しばかり温かい。
ふわりと鼻をくすぐるのは、土から出たばかりの草や、花の香り。
甘やかで、僕にとっては少しだけ、ほんの少しだけ寂しい匂い。
◇
「ねぇしってる?このバズってる写真」
「ああ、知ってる知ってる。桜の木! 幸せになれる写真って有名じゃん。そうそう、この写真撮ってる人がかっこよくてさ!見てよやばくない?」
「うわっまじじゃん」
通り過ぎた彼女たちの声。
僕はそっと耳を傾ける。
チラリと見えた楽しそうに話す女性の二人組の手に持つスマートフォンの画面には、薄い髪色の男性。
近所のお菓子屋さんで買った流行りのお菓子を一口齧る。
とても美味しい。
ブーン、とポケットに入っていたスマートフォンが音を立てて震えた。
口の中のお菓子をゆっくりと咀嚼して、大事に飲み込んでから、まだ鳴り続けているスマートフォンのボタンを押した。
ようやく振動が収まって、耳に当てればパッと明るい声が聞こえてきた。
『ボナニヴェルセール《お誕生日おめでとう》! ヒロ!』
「はは、ありがとうルナ」
『もう「僕達の最後の魔法」を見に行っているのかい?』
「うん、ちょっと早く着いたから、近所のお菓子屋さんに行ったんだ。……さすが僕らの最後の魔法だね。もう5年も咲いてる」
『もうすぐそっちに着くよ、待ってて』
「うん」
僕達が試した方法は『魔女を殺す魔法』
体の中に住んでいる魔法、魔女を全て使い切る魔法だ。
———僕達が魔法を使った、あれは最後の日。
◇
「じゃあ、いいね」
ルナと僕で、手を繋いで、指を絡ませる。
リビングの真ん中で、ソファも退けて、ボチの入った籠も端っこへ追いやった。
何もなくなった、広い空間に二人で立つ。
本を真ん中に置いて、自分の中にある魔法を全て、一欠片も、一粒も残さずに注ぎ込む。
この家に全部全部隠してしまうように。
全部全部置いていくように。
「魔女は自分たちが一番だと思っている生き物だから、決して二人で力を合わす事はしないんだそうだよ。だからずっと生き残ってきた。いや……生き残ってしまった」
「だから二人でするの?」
「そうとも。僕が調べていた100年成功した人を見つけたよ」
「……その人に会ったのか?」
「うん、幸せそうだった。人間だったよ、ちゃんと」
「……そっか」
「置いていこう、全部。全部置いて行ってしまおう」
体から、吸い出されるように何かがどんどん外へ出ていくのがわかった。
目の前がふわふわとした光に溢れて、体がジン、と熱くなるのがわかる。驚いてルナを見れば、細められた瞳が柔らかく僕を見た。
固まりきった肩から力が抜けて、指の先が温まる気配がする。
暖かい。
温かい。
ああ、もう最低な気分なんかじゃないや。
◇
———?年後
閑静な住宅街に、大きな屋敷がある。随分と古びていて、誰が鍵を持っているのか、管理しているのかわからないのだそうだ。
周りは新しい建物が建ち、一層その屋敷だけが奇妙な古めかしさを持っていた。
ただ時々、気まぐれに扉が開かれて、人々を招き入れているのだという。
そこにはまるで手を繋いでいるような、二本の桜の木が存在していた。
自然にできたとは思えない、変わった形の木だ。
その変わった桜の木はとても不思議で、春も夏も秋も冬も、季節なんてお構いなしにずっとずっと咲き続け、人々を今もとても喜ばせ続けているという。
そこには時々二人組が現れる。
いつも決まった二人だ。
見かけた人の証言によれば、仲が良さそうな二人は、一年に一度必ず屋敷の前に現れるのだそうだ。
会話は決まって他愛の無い『今日は暖かい日だった』『珈琲の香りがいい香りだった』『雪がいつもよりもふわふわだった』そんな普通の話だったらしい。
一般的で、気にもかけないような話を大事そうに、大切そうに話す二人だったそうだ。
最後にこの二人の姿を目撃したのはいつだったか。
噂話のように、時には美しい話。
時には怪談話のような香りを放って人々はこの二人の話を
おおよそ、あれが最後だったと言う者の話では、
「腰は丸まって、白髪の姿の老人達は、シワが深く刻まれた肌をクシャクシャにさせて笑い合っていた」
そのように言われていたそうだ。
----おしまい----
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