第11話 やろうか


「詰まるところ、僕たちは異常な存在で化け物なわけ。魔法の外から見たらね」


「そう……なんだろうね。ルナの話を聞くと、そうだと思う」


「だろ?100年も200年も生きる人間は人間じゃないし」


「え?200年生きてるの?」


「飲まず食わずで生きていられる人間だって存在しない。まず一週間で死ぬ」


「……見たように言うな」


「僕が見たのは、そうだなぁ……数日だったよ」


「言うな!」


「失敬! 育ちが悪いんだ、口が滑った!」


 カラカラと笑うルナは、懐かしそうに目を細めた。

 思い出す物が多いのだろうか。

 奪われた物、それはルナにとっては酷く辛く重い物だと思う。


 思うだけで、共感はできなかった。

 本を読むように他人事でしかない。



 僕には共感できるだけの記憶がない。

それもまた奪われた物なのだろう。


 一挙に押し寄せる虚しさが、空虚さが、イライラが、胸を叩いて、殴り飛ばしてくる。


「楽しそうだな」


 イライラは隠さない。

 ルナは気が付いている。

 僕が無くしている物や、イライラとする理由も。


「もちろんだとも。僕はずっと、人間になりたかったからね」


「人間……魔法が使えなくても?」


「もちろんさ。魔法は魅力的だよ?でも、同じ時間が流れないのは、やっぱり悲しいものだよ」


「……そう、なのかな」


「君と僕とは違う人間だからね。あ、魔女か、違う魔女」


「…………」


「魔法なんかなくて良いんだよ」


「……どうして?」


 どうして?

 僕には、魔法は一番に思える。

 他はどうだって良いほどに。


 ルナは悲しそうな顔をすると、何かを思い出すように瞼を伏せる。

 長いまつ毛が頬にかかって、影を落とした。


「……ヒロ、僕はね、貧しい家だったんだ。貧しく乏しい環境だった。僕の父は対価を払ったよ。魔女だったから、金に変えたんだ」


「……魔法を売るの?」


「売るよ。売らないと金が手に入らないからね」


「何を売ったの……?」


「……人を痛めつける魔法だよ」


 どうしようもなく、後悔に満ちたような顔がどこかを見つめている。いまだに立ち位置を変えていない僕の隣に来て、壁に背を預けた。

 壁は石造りのせいで、軋む音は鳴らないが、布擦れの音がすぐそばで音を立てた。


「たくさん貰えた?」


「ああ……貰えたよ。でもね、一度外へ魔法を出せば、ずっとずっと周りは覚えているんだ。一度捕まったら、逃げ出せないんだ。彼らもまた、味をしめる。魔法の快楽に囚われる」


 想像するのは難しかった。

 うんとも、ううんとも言えない。

 適当な返事ができなくなっていた。


「…さよならをようやく言える」

そう言って魔法の本を優しく撫でた。


「……この本は父だよ」


「え?」


「魔法を使うと、体が対価を払う。ガチャみたいな物で、対価は肉体によって違う。時間を失った僕と記憶や食事を失った君みたいにね」


 僕もルナに習って、本を撫で付ける。

 ざらざらとした本の表面が、この本の古さを表しているようだ。


「魔法は宿主を次々変えるのさ。そうやって魔女は生き永(なが)らえる」


 じゃあ、この魔法の本は———


「その本は君のどちらかの親や、兄弟や、友達……そういうものだったかもしれないね」


 本になってしまっては、何もわからないさ。



 そう言って目を伏せたルナは、何かを思い出すように胸に手を当てた。

 懺悔か、思い出に浸っているだけか。

 僕にはわからない。


 何も思い出せないからなのか、僕の中身がスカスカになってしまったのか———。


 ただルナの真似をして本を撫でてみたけれど、それだけだ。

 真似事をしただけで。

 何も、感じなかった。


「全然、良いものじゃ……ないね、魔法って」


「そうだね」


「魔法より……楽しいかな」


「はは、楽しかったよ……ずっとずっと昔の記憶だけどね」



 遠くを見つめるルナの瞳に何が映っているかはわからない。

 ただ、懐かしげに遥か遠くの思い出を浮遊する瞳が優しく揺れているのはわかった。

 そんな目を僕は持ってない。

 どれだけ無くしてきたか、わからないから。


 揺れる、心臓が気持ち悪い。

 最低な気分だ。


 吐きそうってやつだ。


 吐きそう、がどういった事なのか僕には理解できない。経験した記憶がない。


 ジリジリと、時間だけが過ぎていく。

 ざわざわする気持ちと、そわそわする気持ち。

 これをなんて言うのかわからない。



「……やるよ、やろうよ」



 ルナの瞳がぴたりと止まって、ゆっくりと動きを止める。時間なんて物が存在しないように、時が止まったように動かなくなる。


 本当に息が止まったのか、はく、と薄い唇が動く。


「今、やろう」


 じっくりと、時間をかけてこちらを振り向いた。

 その瞳は、光をいっぱい詰め込んだガラス玉のように、キラキラ輝いて、ぱぁ、と色を瞬かせた。

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