第10話 目的の目的
ルナの言い分は、僕にとっては少し受け入れ難い内容だった。
一つ一つ整理しなければ、頭がぐちゃぐちゃになってしまう。
“僕と一緒に魔女を殺そう”
恐ろしい言葉だと思った。
そりゃそうだ。
殺す、なんてそうそう使わない。
“時間を取り戻す”
わからない。これは、わからない。
彼が言うには、やはり僕は多くのものを失っているのだという。
冷たい、温かい、美味しい、嬉しい。
魔女ってなんだよ。
魔女ってじゃあ、なんなんだ。
魔法というのは、非常に狡猾で、厄介で、生き汚い。寄生し、隙があれば乗っ取り、支配する。
魔法に取り憑かれた人間が魔法を使えば使うほど、人間らしさを消費していく。摩耗していく。
そうして出来上がった人形に寄生して、魔法が支配した『魔法を使える人間』が出来上がっていくのだと言う。
それが魔女。
魔法の正体。
ゾッとした。
普段の僕ならそんな事は馬鹿馬鹿しくて信じない。魔法を使っているのは僕だ。
魔法を支配しているのは僕で、魔法に支配されているわけじゃあ、ない。
普通がどんなものかは知らないけれど、魔法を使える毎日はすごく楽しい。
憂鬱だったスッキリするし、いくらだって楽しめる。
楽しい。
僕だけの特別な魔法の本。
だって魔法を使えば褒めてもらえるし、それだけですごく幸せだ。
1番幸せだ。
「ありとあらゆる手を使って魔法は君から様々な物を奪っていく。まるで魔法なしでは生きていけないというくらいにね! だから、そんな悲劇を僕はこの世から無くしてしまいたいと思ってね」
「…………」
ボチを思い出す。
自身の体が傷ついても、ひたすら僕に魔法を使うように何度も何度も話しかけ続けていた。
あれは、つまり、そう言うことで。
———僕を乗っ取る前準備。
魔女というのは、唯一神から呪われた種族だと彼はいう。
けして許されない。
魔法を使えば使うほど、
麻薬のように夢中になる。
———それは、わかる。
お菓子やご飯や昼寝なんかよりずっとずっと気持ちが良くて幸福なのが魔法。
自分のためにしか使わなくなっていく、悪魔の魔法。
悪い魔法も———
良い魔法も———
全部———心地いい
———でも。
これは人間ではない。
どんどん人間から切り離される。
人間にとって悪いものになる。
「……魔女ってなんなの」
憂鬱な気分だ。でも吐きそうではない。
「僕たちの行く末さ」
悲しい事にね。
そう、ルナは言った。
魔女を殺そうと、そう言った唇でつぶやいた。
ああ、そうか。
殺されるべきは僕達なのか。
◇
「さて、プレゼンも終わったし」
「は?プレゼン?」
プレゼン?
「ああ。僕の目的のためのプレゼンだよ!」
「ちょ、うるさ……」
「ごめんね!」
そうと決まれば早速!と言わんばかりに立ち上がったルナは、ぴょんとベッドから飛び上がり、僕の手を取った。
「僕はこの日のために100年かけて準備したんだ!」
「ひゃく……ねん……?」
聞き間違えかと聞き返してみても、ルナは穏やかに笑むだけで、それが本当の事実なのだとわかった。100年。言いようの無い時間だ。
「長いと思うかい?僕は長かったよ」
おかげで自我を
そう言って、綺麗な顔がウインクをした。
「君は、人間に戻りたいかい?」
「……わからない」
わからない。
———これが正しい。
「……でも、魔法は好きだ」
「もちろんさ。僕も魔法は好きだ」
ルナの色素の薄い長いまつ毛が、パシパシと瞬く。
キラキラとした瞳がふと、宙を彷徨い、どこか遠くを見て眩しそうに目を細めた。
僕は同じ方を見てみるが、そこには何もなかった。
何もなくて、眩しくも無ければ、美しい物があるわけでもない。
いつも自分の見ている部屋の壁があるばかりだ。
優しげな瞳が、僕の方を向くと輝きを失っていない瞳が幾度かゆらめく。
「ふふ、でも僕は、好きな魔法を殺してでも、人間になりたい……時間を取り戻したい———ヒロ、君は?」
「僕は」
難しい事は、わからない。
でも、普通じゃない事はわかった。
僕のこの状況が随分と奇妙な事だとか。
彼のいう無くした物、奪われたという物がなんなのか。
僕は、それが知りたい。
「僕は」
魔女が居ない世界を。
視界を。
僕が魔法を使わない、世界。
「しりたい」
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