第9話 目的



「君は何を知っている?」


「……」


「そうか。これは失敬。ではなんとなく魔法を使っているって事だね」


「なっ」


 なんとなく。

 馬鹿にされているような表現に思わず声を上げる。

 嵐のように怒りが込み上げてくる。


 でも、それも一瞬で。

 二、三度ルナの言葉を頭の中で再生すればあっという間に冷水を浴びせられたように脳内が冷えた。


 何故か。


 その通りだからだ。


 僕に怒る資格なんてないじゃないか。


「君はその魔法の本の出どころは覚えている?」

「……いいや」


 首を横に振れば、悲しそうな顔で僕を見るルナ。

 下がった眉に、哀れみが見えた。


 何故、そんな顔を。


「可哀想に。君は、魔法に全てを奪われている」

「奪われる?魔法に?」


 純粋に疑問だった。

 魔法は使うものだ。

 奪われてたまるものか。



「そうだとも、魔法は奪う。知力も余裕も体力も記憶も。そして家族も……」


「家族……?記憶……」


「そうだよ、ヒロ。君は本がどのようにして君の手元に渡ったかを覚えていない。それにあのクマくん、君にしつこく魔法を使うように迫っていた。僕が何をしたいのか、何をしに来たのか知ってるんだ」


「……ボチが、何を知ってるんだよ」


 何を知ってるというのだろうか。

 この男の言うことがわからない。


「魔法だよ。クマ君は魔法を知ってる」

「はぁ?そんな事はわかってるよ!」

「いや、わかっていない」


 ルナは、大きな声を上げた僕を宥めるように、言い聞かせるように否定する。


「現に君は多くのものを失っている。それに気がついていないことが大問題だ」



 失ってる?

 自分の持っているものを指折り数えてみる。


 あれ?


 そもそも僕は何か持っていただろうか。


「君のその足」


 ルナの白い指が、ゆらゆらと浮遊して、自身の足元を示した後、僕の足を指差した。

 彼の足元は履き古した革の靴。

 自分の足をみる。

 タイルの床の上に佇む裸足の足。

 指先が少し赤くなっている。

 でもだからと言って寒いわけでもない。


「奇妙だよね。外は雪だ。猛烈に寒い」

「僕は、寒くないよ」

「そうだろうとも。だから奇妙なんだ」


 奇妙だと。

 そう言っているのに、まるで頭に言葉が入ってこない。だから、と言われてもその言葉が示すものがわからない。


「なんだよ、なんだって言うんだよ。奇妙だって、なんでそんなこと言うんだ……」

 カラカラになった喉。

 ああなんだか、よく喉が渇く気がする。

 でも、あれ?

 喉を潤したのはいつだったっけ?

 何を食べて何を飲んでいたっけ?

 脳の中を泳いでみたけれど、そんなのは全然無駄で。

 そこにあるのはぼんやりとした霧だけだ。

 先の見えない霧が脳の中で立ち込めて、行き先もわからない。

 彷徨えば彷徨うほど見えてこない答えに、ようやく一つだけ答えが生まれた。


 奇妙だ。

 奇妙で気味の悪い現実だ。

 ぼやける思考も、はっきり答えられない自分も。

 疑問に思う頭の中も、不自然で奇妙だ。





「まず僕の目的を言おう」


「目的」


「そうだよ。そのために来ている。屋根を破壊してまで入ってきたんだ。そりゃああるさ、もちろんね!」


 今までの暗い雰囲気がどこかに行ってしまうほどの軽さで彼は言った。


 底抜けのない明るさでからりと言ったので、なんだか僕までその空気に引っ張られて、憂鬱な気配がなりを潜めていく。

 ガラリと変わった声のトーンに驚きはしたが、正直ありがたく感じた。



「なんなんだ、目的って」


「僕は魔女を殺したいんだ」


 その言葉に僕は息を呑んだ。

 息すら、止まった。

 目の前の彼はグンと体を前屈みにして、僕の方へと体を突き出すようにしてさらに言う。


「そして、取り戻したい」


 ギラリと光った瞳が、その強い眼差しが僕を突き刺す。


「取り戻したいんだ。時間をね」

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