第8話 魔法の正体
魔法が生きているとしたら、それはワクワクするものじゃないだろうか。
僕はそう思う。
勝手に動くカメラや、走り出す鉛筆。浮き上がる本に床を滑る雑巾。それらが個別に意思を持って動いているとしたら。
こんなに心躍る事はない。
でも違う。
目の前にいる彼が言っているのはそういう事じゃない。
生きた魔法が何をするのか。
生きているって事は、生物だと言うことだ。
何かを消費して生きている。
何か代償を払っている。
生きるために。
動くために魔法は、一体何を対価にしているのだろう。
二人で移動しながら、寝室までたどり着く。
僕の知っている部屋で二人で話せるのはここくらいだ。
その間、彼は何も喋らない。
もちろん僕も喋らなかった。
別に意地を張っているわけでもなく、喋りたくなかったのだ。
移動する間、思い浮かぶのはさっきのボチ。
へこんだ腹は、ルナの魔法で腹に戻った。なんの思惑があって傷口に蓋をしないのかと思っていたけれど、納得した。
ルナはボチの
壁に叩きつけられていた時はあんなにも弱々しく、か弱い者を演じていたのに、さっきのボチはどうだ。
脳裏に浮かぶボチは腹の綿を撒き散らし、饒舌。
腹に穴が空いているのは変わらない。
あれはきっと演技だった。
でも、だったら、なんのために。
なんのために弱い姿を見せたのだろう。
魔法の正体って、なんだ?
◇
部屋に入ってすぐに、ルナはドアを念入りに確認して、本を取り出した。
魔法の本だ。
僕のものと同じ。
思わず自分の本の背表紙を撫でる。ざらついた表面が本の古さをよく表していた。
それから指で輪っかを作ってふぅっと息を吹きかけた。
風船を膨らます様な感じと似ている。
そうすると、キラキラと輝く粉がブワッと扉に向かって噴き出して、ベタベタと扉に付着していく。でも不思議なことに、しばらくしたら何事もなかったかの様にいつもの扉に戻っていた。
なんだかすごく魔法使いの様だ。
満足そうに頷いたルナは、腰に手を当てて、こちらを向くとシニカルな笑みを浮かべる。
僕に向けての表情ではないのだろう。
その冷ややかでしてやったりの顔は、おそらくこの家の魔法たちに向けられているんだと思う。悪い笑顔だ。
「ヒロ」
「わっ、な、なに」
驚いて肩を震わせれば、ルナはキョトンとした顔で僕を見た。
「ええ?なんでそんな大きな声出すの」
「急に名前呼ぶからだよ……」
ぷう、と頬を膨らませたルイは、「オーララ」と呪文の様な言葉をつぶやいて腕をぷらぷらさせている。
「僕は人が居るのが慣れてないんだよ」
「ふーん」
なんだこの「しかたないなぁ」みたいな顔は。
その下がった眉とやれやれといった雰囲気はまるで古くからの友人の様な気軽さを持っていて、馴れ馴れしくてイライラする。
イライラするのは『魔法を使っていないから』というのを加味しても、それでもこの鬱陶しさは僕をイラつかせるのには十分だった。
イラつくけれど、心のどこか、奥の奥の奥で今の僕には少し、ありがたい。
そんな事を思う。
本当にちょびっと、片隅の汚れ程度のものだけど。
おかげでほんの一欠片、数グラムほどだけど肩が軽くなった。
「この部屋は魔法で作られたものはない?」
「ない……と思う」
「人形や壁紙、ポスターや写真。全てないね?」
「うん」
「よしよし」
大袈裟なほどの動作で頷いたルナは、どかりと僕のベッドにダイブした。
ベッドの軋む音は僕の時とは比べようもないほど大きな音がした。
僕よりも随分と背が高いせいだろう。
しかし彼は気にする様子はない。
たとえ僕が顔を顰めたとしても、だ。
「なんだい?」
「……いや」
ベッドの上でゴロゴロしないで欲しい。
ここは僕の部屋でありお前の部屋ではない。
と言いたい。
そんな気持ちで、バフンと飛び込むようにベッドに座り直したルナを見る。
お客さんが来る事は普段ほとんどないから、客間がないのが問題なのだけれど。僕は人が居るのに慣れていないんだよ。
とはいえ、客間に案内できない僕も悪いから、仕方ないけれど。ぐぬぬ。
「ヒロ! 隣においでよ」
「……いやだ」
「オーララ……」
「悲しそうな顔やめろよ!」
しょんぼりとした顔でもまだベッドの上でくつろぐ精神。なんだそれ。
ぐぬぬ……。そんなフレンドリーさいらねぇ
「それで……、魔法の正体ってなに」
ある程度距離をとった。
とはいえ、大股で1〜2歩ほどの距離だが。
ベッドに座るルナと向かい合うように、壁に体を預けてそう言えば、ルナは僕を見て目を細めた。
僕の事を探っているんだろうか?
僕は攻撃したクマのぬいぐるみの主人だ。当たり前と言えば 当たり前だけど、今更だ。
当の僕といえば、できることはない。
本に載っているのはお菓子のレシピばかりなのだ。そんなもので何もできるはずはない。
「うんうん。教えてあげるよ、魔法の正体を……」
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