第3話ないものあるもの




 夜になると、体が重くなる。

 眠った時間や、寝室に行く時間は時間はあまり気にしたことがない。暗くなったら眠る。ポスターの中の住人に言われたら眠る。そんな感じだ。


「……こんなことを考えるなんて。寝不足かな」

「早く寝る事をオススメするよ、ヒロ」

「眠くないんだよ」

「そうかい」


 寝室に向かう途中、壁のポスターの中に住む人が瞼を擦りながら、厳しげな口調で言ってきた。

 僕は叱られているようだ。


 足が重い。

 鉛のように重い。

 引きずるようにしてなんとか足を動かすけれど、一歩が重くてなかなか前へ進まない。


 重たい足をずりずり引きずりながら、ようやっと寝室にたどり着いた。



 朝は大体、窓の外を見れば太陽が登っているのが分かるから、気にした事なんてほとんどない。


 マフラーをして、ランドセルを背負った子供達がワイワイとはしゃぎながら窓の外を走っていく。歩いている子供もいる。


 朝起きるとほとんどが、この光景だ。

 これが僕の目が覚める時間。


 ずっとずっと前に、この時間が細かな数字を示していて、それがとても大事だった。


 何か約束事があった気さえしている。

 覚えておきたい時間だと、そう思っていた気がするが今はもう気にならない。

 頭の端っこで引っ掛かって、すぐに粉々に消えていく。


 今の自分の中で大事なものってどれくらいあるんだろうか。

 頭が回らない。

 魔法を使っていれば、何も考えなくていいから楽だ。


 ああ、早く魔法使いたい。


 すごく気分が悪い。


 寝室に入って、乱雑に扉を閉めれば蝶番の軋む音と扉が鈍い音を立てて閉まる音が響いた。


 寝室にある窓はカーテンが開いていて、月の光が差し込んでいる。チラチラと光を遮る雪のシルエットが床に写ってドット柄を作っていた。


 なんとなく、視線だけで窓の外を見る。

 ゴミを外へ持っていくボチが見えた。


 小さな体が左右に揺れて、ポテポテと動いている。雪が降っていて、どうにも歩きにくそうだ。


「ゴミ……ああ。僕今日出し忘れてたのか」


 しまったしまった。

 そう思いながら、頭を掻きむしる。

 ぼんやり、ボチがゴミの入った袋を、回収ボックスへ入れているのを見ていれば、ポロリと袋から何かこぼれ落ちた。


 ボチは気がつく様子もなく、そのまま来た道を戻っていなくなってしまった。


 あれは昼間に作ったクッキーだ。


 一体どんな効果の魔法が入っていただろうか。

 魔法が使いたいだけの理由で、ただ作ったクッキー。


 効果、効果。

 頭の中でグルングルンと本の内容を思い出そうとしても、一向に思い出せない。見つからない。

布団に入ればきっと思い出すかもしれない。


 ああ、なんだか重たい。体が重たい。


 心臓がザワザワ騒ぎ始めて、そのざわめきの理由を探すと、またひどく疲れてくる。


 布団を持ち上げる腕も重くて、なんだかすごく疲れる。


 ああ、早く魔法が使いたいなぁ。

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