第10話〈3〉
幸いマンションの入り口に管理人の連絡先が書かれてあり、上階に住まれていたので羽柴の身分証明を見せて訳を説明すると、入り口のオートロックを解除、雪子の部屋の鍵を借りられた。
羽柴が息切れしながら長い廊下をノロノロ走るのを、待っていられず放っておいて(頑張りは認める)優里は先に部屋に向かう。
「うぐ、急に走ると体力が……こういう時人間の身体は不便だ、あぁ警察官だった昔を思い出しますねぇ……」
◇
部屋に入ると、開けっ放しの寝室の方で男性の霊とクロが向き合っているのが見えた。優里はその霊に見覚えがあった。
テレビの横に飾ってある写真の中、雪子の隣にいる男性だ。
「あなたは上杉さんの彼、ですよね……」
『……です』
「え? あ、すいません、ちょっと聞こえづらいんで、お腹から声出してハキハキ喋ってもらえると助かるんですけど……」
「霊になんつーダメ出しを。慣れって怖い子」
霊の彼は、ようやく口を開き、クロに懇願の眼差しを向けた。
『……です、そうです、彼女を助けてあげてください……どうかお願いします』
「助けるつってもなぁ、俺の仕事はあれだ。ってかあんたどっかで会った事があるような。いや、会ったというか契約対象者だったか。すまんが俺は人間だった君を殺してるよね?」
『……はい、その通りです。五年程前にグサッと……』
「その説はどうも、じゃなくて。それがまた何でこんな所に… ちゃんと冥界に送ったはずだぜ。詳しく聞かせてもらっていいかな」
『わかりました。それよりも雪子を助けて、いや止めてあげてください……彼女の念が強過ぎて、僕はここから動けないんだ……』
とりあえず、クロは鬼籍帳を開くと過去の作業データを参照してみた。
「えっとこれだな、あったあった。とにかく君は石田翔太で間違いない? でも俺、ちゃんと手続きして君を輪廻転生させてるよね?」
『はい。本体の魂はあなたのいう通り、とっくに成仏してあの世に行っていると思います。今存在している僕は、彼女の強い思いの幻影としてここに縛り付けられているただの残留思念。いわゆる地縛霊という種類のものでしょうか……』
「明日、俺が処理しなくちゃいけないリストに見知った上杉雪子とあるから、ここに来たんだよね。もしかして彼女、何かに取り憑かれていた兆候はあった? いつからかわかる?」
『間違いないです、恐らく僕に取り憑いていた悪いものが彼女に移ってしまって、徐々に精神を蝕んで侵食されていっていたのかもしれません』
「あー、俺も過去そういう事あったわ……」
『でも僕は実態もない、魂でもないただの思念体。ここにいるだけで何もできなかった。いつから雪子が自分以外の思考で動いているのかもわからない……』
何て事だ、と羽柴が項垂れる。
「僕が引き抜くそんな前から取り憑かれて、徐々にそうなっていたんじゃ気付かない。元の上杉雪子を知らないんだからな。不覚……」
「私も全然気付かなかったです」
灯台下暗し、元々霊感を持っている者に取り憑いていても、弱い気配で潜んでいるとわからない事が多いのだ。
「えっと、とりあえず君の魂はちゃんと冥界に行ってるんだな?! とにかくその厄介な呪縛、どうすっかね……」
優里は翔太の前に出ると、両手をがしっと掴んだ。
「あーもう! 行きますよっ!!」
力づくで勢いよく後ろに無理矢理引っ張ると、ブチブチッと麻縄が引きちぎられるような嫌な音が部屋中に響いた。そのままドアの方に向かって駆け出すと、その勢いで優里と翔太の霊は、開けっ放しの玄関の外に転がり出てしまった。
羽柴はあっけに取られている。
クロは廊下にすっ転んでいる二人を起こす。
「シンプルに力技で解決したなぁ〜、二人とも大丈夫?」
『俺消えそう……めちゃくちゃ痛いんですけども……』
「大丈夫、消えてません。これで動けますよね? 止めるってどういう事ですか、私たちで出来る事なら手伝います」
『……彼女は取り憑かれている悪霊か物の怪かに唆されているようで、よくわかりませんが、“冥界とこの世の繋がりが一年で一番薄い明日夜に結界を破るつもりだ”とか言っていました……』
“結界”というのは、六道まいりの夜にクロが言っていたやつか。明日は送り日の燃えている時間、昔に冥界の結界師が張った強い霊とか妖用の結界が一年に一度一時間だけ緩くなる、という。
『“人間が憎い。冥界にいる強い悪霊や物の怪を呼び込んで人間界を混乱させてから、自分も死ぬつもりだ”と呟いていたんです……何の事なのか僕はよくかわからないけれど、止めなくてはと思いつつ、僕はどうしたら良かったのか……そしてあなたたちがここに来た』
マズいな、と羽柴が眼鏡をくいっと上げ直す。
「こりゃまたこっちに放たれたら厄介な……いつもは冥界や地獄に潜んでいるけれど、隙があればこっちに来てただ人間界を混乱させたいだけの悪霊や物の怪たちが数多に存在するんだよなぁ。人間の負の強い怨念から出来ている悪霊や物の怪だから、何の目的も意義も無い。ただ人間が憎いから取り憑いて殺してやりたいってだけの存在ですからねぇ」
クロが、翔太に手を差し伸べた。
「よし、とにかく一緒に明日夜までに上杉さんを探しに行くぜ! 石田くんだっけか、彼女のいそうな場所に心当たりはあるかい?」
◇
ひとまず鬼籍帳に書いてあった契約場所である、京都駅ビル大空広場まで向かった。
京都タワーの南側に位置する東西の塩小路通りを挟み、駅前広場を抜けて大きな烏丸中央玄関口に入ると、中央改札が見える。
右横の駅ビル大階段を、エスカレーターでガラスの大屋根をそのまま抜けて外を進み、一気に十一階の七十メートルまで上り詰め、さらに少し階段を上ると、誰でも入れる大空広場という竹藪と展望台のある屋上緑化の施された解放的な展望デッキのテラスにたどり着く。
夜でもここはかなり薄暗くしてあり、人もまばらなのをいいことにクロは少し浮かびつつ、かなり広いテラスをぐるりと見渡した。
当然まだ上杉雪子はいるはずもないだろうけれど、何かしら手がかりはないものだろうか。
「一体どこにいんだろうなぁ……」
「携帯も未だ全然繋がらないんですよ、参りましたね。とにかく会って話さない事には対処のしようがない」
そういえば、と石田翔太が思い出したように口を開いた。
『雪子は爆弾? みたいなものを所持していました、どこで手に入れたのか知りませんけれど……』
「ば、ば、爆弾?! こりゃまたえらい過激な趣味で……」
「クロ、んな悠長な事言ってる場合じゃないぞ。火薬類取締法違反容疑、いや、爆発物取締法で即逮捕案件だ。まさか使う気じゃないだろうな……」
元警察官の羽柴が焦る。
こうなったら緊急事態、と優里は指を鳴らした。
「無駄にうちに居候してる物の怪にも、捜索を協力してもらいましょう!」
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