第10話〈2〉
予想通り、過去の契約者リストを検索すると、三年前の記録に石田翔太の名前を見つける事が出来た。
翔太がいなくなって以来、私はずっともうどうかしていた。
時折耳元でノイズ音や耳鳴りがし始めると、人間が憎い、孤独や怒り、恐怖、憎悪を募らせた負の感情がこもった、地の底から湧いてきたような低い囁きが聞こえて脳を支配し、頭痛に悩まされている。
私はどうやら悪霊に取り憑かれているのだろう。
心の闇につけ込まれて、徐々に脳も身体も蝕み乗っ取られていっている自覚はある。
やがて私は、一人前にコーディネートの業務も任されるようになる。
鬼籍帳といわれている、冥界とこちらを繋いでいるデータシステムの管理も任されていた。
冥界のシステムってやつはわりかし脆弱で、簡単にハッキングが出来る。載る予定のない人間をこっそり勝手に私が書き込む事も、移植先を書き変える事も可能だと気付く。
霊力の強く若い人間のものは、適合しやすく移植者が長生きできるらしく、特に高額で闇で売買されているらしい。
こういう事実を知っている臓器の闇ブローカーも存在している事を知り、ヤバい人脈もできた。
本来なら無償で人間界と冥界で行われているこの仕組みに、ブローカーが希望するものに適合した人間を私が選んで鬼籍帳に書き込み、何も知らない死神くんに処理させて横流しし、裏で金銭を貰うようになる。
翔太の件もあって、無意識に金に執着してしまっているのかもしれない。
人間は弱い。難しいあれこれは考えるのをやめて、思っているより簡単に死を選ぼうとするのよ。
病院や葬儀場なんかでは、絶望している人間を容易く見つけられる。
上手く追い詰めれば死んでくれるかもしれない、契約対象者のリストに載せられそうな、若くて霊力が高そうな人間だ。
なるべく怪しまれないように、私が書き足した掲載者には事前に悪霊を取り憑かせておく。
例えばこの前、ペットの火葬場で会った女の子は動物の悪霊を送り込んで追い詰めた。上手くいきそうだったのに。
余命いくばくもない女性の彼氏、松永って男にこっそりと、彼女は入院していると告げ口したのも私だ。気の毒なので、腎臓だけは移植先を書き換えて彼女にしてあげたけれど。
そうそう、その松永を知っていて契約対象者に書き足したのも私だ。
翔太を裏切った大学時代の友だちはそいつだったから、許せるわけがない。
以前デート中、街ですれ違った時に挨拶したぐらいなので、向こうは私を覚えていないだろうけど。
いい気味だわ。松永が殺したようなもんだから、これは復讐。
そうよ、あんたがいなければ翔太は死なずに済んだんだ。
でも、そろそろ潮時かもね。
翔太が現実にいない世界で無意味に生きているのも飽きちゃったから、そろそろ私もこの世から消えるわ。
送り火が行われる十六日の明日は、空に冥界との入り口が大きく空いて、結界が薄くなるらしい。アレを決行するには絶好の日和だ。
◇
八月十五日、展望室の営業終了間際、時計は二十一時前を差す。
上杉雪子は京都タワーに来ていた。
「霊障事件の恐れがあると連絡がありまして、内密に調査しに来たので上がって調べさせていただいてもいいですか?」
展望室へと行くエレベーターの受付カウンターで、身分証明書と、それらしく簡単に偽造作成した調査依頼の書面を見せた。
「了解しました、どうぞ。遅くにご苦労さまです」
以前ここでポルターガイスト現象、いわゆる誰もいないのに物音がしたり発光するような現象が発生しているというので、一度調査しに来た事があった。あの時はただの配線盤の不具合だったのだけれど。
そんな事もあったので係員は不審な顔もせず、すんなり中に通してくれた。
私は何食わぬ顔で、エレベーターで展望室へと登った。
最終入場時間も過ぎ、もうすぐ閉まる時間となる。観光客やカップルが次々に降りようとしているところをすれ違う。
誰も私の事など目に留めてはいない。
夜景を楽しむために薄暗く設定されている照明の中をぐるりと一周回った後、誰の目にもつかない柱の隅の影に、爆弾が仕込んである金属のボックスを置いた。
闇ブローカーを通して、こういう物騒なモノだって容易く調達出来るのだ。
そう、もうずっとどうかしているまま生きている。
いや、もう元の上杉雪子という意識は数パーセントしか残っていないのだろうか。自分ではよくわからない。どうでもいい。そして、翔太を失った時から取り憑かれている悪霊に蝕まれ、徐々に乗っ取られている事も受容している。
闇から湧き出る囁きが私を唆す。
どうせ死を選ぶのなら、最期に人間界に悪霊や妖を解放して混乱させてみたら面白い光景が見られるぞ。憎んでいるんだろう、人間を。と――
◇
ちょうどマンションの入り口に到着した頃、羽柴も駆けつけた所だった。
「優里ちゃんも羽柴さんも何つっ立ってんだ、早く入ろうぜ」
「このマンションがオートロックで、入れないんですけど……」
「何と! 俺だと感知しないから開けられない……がーん」
「僕は管理人に事情を説明して鍵を借りてくるから、先に様子見てきてくれ」
「わかった!」
クロはドアをすり抜け一足先に着き、上杉雪子の部屋のインターホンを鳴らす。
……
……。
物音一つしない。
何も反応がない。
誰も出て来ない。
「ちょっと非常事態なんでね、失礼するよ」
痺れを切らしたクロがドアをすり抜け、暗いリビングをそろりそろり、と進んでいく。
閉まっている奥の部屋の中からピシッ、ミシッと耳障りな音が聞こえる。いわゆるラップ音というやつか。
「……誰かいるのかい?」
敵意や嫌な気配はしないので、悪いものではなさそうだ。
音のする部屋に入ると寝室の隅に、ぼんやりとうつむいている若い男の霊が座っているのが見えた。
「おっと、お仲間? もしもーし、こんちわ、聞こえてるかなー」
……
……。
眼前にチラチラ手をふりつつ話しかけても、反応がない。
地縛霊か、雪子と関係がある男性なのだろう。霊感の強い彼女が無関係な霊と一緒に毎日暮らしているなんてありえない。何か理由があって動けないようだが。
やがてぼんやりしていた霊は、解像度を上げてはっきりと見えるようになると顔を上げ、じっとクロを見た。
「あんた、どっかで……」
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