第7話〈1〉天使ちゃんの憂いと線香花火
「すっげ! オオサンショウウオが流れてきた! 俺初めてみた!」
「でっかいね〜」
八月の初旬の週末、松尾橋の川辺。少し歩くと松尾大社や渡月橋、嵐山などの観光名所も近い場所だ。先日は色々大変でしたね、と気晴らしに羽柴がバーベキューに誘ってくれて、オカルト研究部の皆も一緒に桂川の河川敷に集まっていた。
クロと玉藻、羽柴の双子の娘たちが楽しそうに、釣りをしたり川遊びをしているのが遠くに見える。
「こらこら触っちゃダメだぞ、警察に連絡しないといけないからな!」
羽柴が缶ビールとトングを置いて、川辺の方へ急いで駆けていった。
オオサンショウウオやらヌートリアが川流れしている光景は、雨の後の風物詩である。
羽柴の奥さんと部下の上杉雪子も一緒だ。物の怪たちもちゃっかり付いて来ている。大谷部長と佐久間は、追加の飲み物を買い出しに近くのスーパーまで行ってしまった。
着物男子が刺さるらしい毛利加奈は、土蜘蛛の緑に興味津々のようで……。
「やだぁメンズの着流しって素敵。羽柴さんは公務員だって聞いたけど緑さんは何してる人? てか、何でまた
「新手のナンパってやつかな? きみ美人だね。色々あってね〜。どっかで会ってるかもね、教えな〜い」
(今のところ危害を加える力はないとの事なので、一安心なんだけどさ… それにしても玉藻も土蜘蛛も、自分たちは呪う事しか存在意義がないとか言っておきながら、ちゃっかり人間の中に入ってエンジョイしちゃってんじゃん)
戻ってきた羽柴は鍋奉行ならぬBBQ奉行さながら、次々にお肉を焼き始めて手際良く皆の紙皿に盛っていく。
優里は、皆でワイワイと行楽をするという行為に慣れていなくて、ついソワソワと立ち位置を探っている間に羽柴はどんどん焼けたお肉を盛り、手渡してくれた。
「天使さん、楽しんでます? ずっと何か落ち着かないような……」
「いえいえいえ、楽しいです! 気を使わせちゃってすいません、そもそもバーベキューとか人生初めてでどう立ち振る舞ったらいいか分からず……何も手伝えてないや私……」
「マジか?! 家族とかでも子どもの時に連れて行ってもらったりしてない?」
「そういう事するノリの家庭環境でもなかったし。父は昔から単身赴任でほとんど帰って来ないし、祖母と二人暮らしみたいなもんですし……」
「そうですか。そりゃ今日は誘って良かったなぁ。もっと食べて大きくなりなさい、ほらほら」
「えぇ、もう身長伸びないですよ~」
羽柴は優里の紙皿に、焼いた野菜やソーセージをモリモリ乗っけていく。
それはそうと、羽柴に詳しく聞いてみたい事があったのだ。
「てかちょっと! 羽柴さん! バーベキューどころじゃないんですよ! 何で元死神だってそんな特殊な経歴黙ってたんですか!!」
「いや、言った所でだな…」
「ラノベの登場人物みたいで、めっちゃ興味湧くじゃないですか。ハッ?! 上杉さんも……まさか……元死神とか幽霊だったり……」
「だから私はれっきとした人間ですっ」
優里は、横にいる上杉をまじまじと見た。
「あいつから聞いてなかったんですかね、失礼。でもその前は僕も人間で警察官だったんですよ。まぁ色々あって霊的能力が高かったらしく、冥界にスカウトされたわけです。冥界で死神稼業をしていた時に出会ったのが今の嫁でして」
少し照れた表情で、川辺にいる奥さんと娘達を眺める。
「ちなみに僕が携帯している銃は、今は霊的な存在しか撃てないように改造されているんだけれど、元々は人間の時に使っていたものなんですよ」
そう言うと、ポケットから取り出して見せてくれた。
なるほど。最初に会った時は、一瞬警察の人なのかなって思ったものだ。
「その… そういう存在の人たちってまた羽柴さんみたいに人間に戻れたりするんですか?」
「うーんそうだなぁ、ある程度働いたら徳がたまって、希望すれば俺みたいに戻りたい人は戻るのを選ぶ人もいるんじゃないかな。よっぽどじゃない限り、だいたいはもういいやって輪廻転生の波に乗って新しく次の来世を生きる方を選ぶみたいだって聞いてるけど」
「そう、ですか……」
優里は、箸を止めて下を向く。
「……クロが、どう思ってるのか気になる?」
こくり、と頷く。
「クロさんは自分の過去をあまり言いたくないのかなぁ、と。それに聞いたらいけない気がして…」
「そうね、人間の時を知っているけどアイツも色々あったからなぁ、戻りたいとは思っていないかもしれない……」
川辺で楽しそうに遊んでいるクロに視線を向けた。
「ああやって見ているとただの気のいい若者なんだけどね。でも最近楽しそうですよ。以前は用事のある時にしかこっちに出てこなかったもんだから」
「そうなんだ。時々ふと寂しそうな顔をするんです、笑っているのに泣いてるような。何とかしてあげたいなって、できるものなのかな……私なんかがずけずけ立ち入っちゃ迷惑ですよね……」
「クロが気になるんですね、うんうん。アオハルだなぁ、いいなぁ〜」
「からかわないでください!!」
(また私なんかって言っちゃったな、ダメダメ、いやでもいつものマイナスな意味じゃないからね?!)
クロは何も言わずにふらっと消えてしまいそうで、それを想像してはまた心がきゅっとなるのだ。
「まぁ、それはそうと気晴らしにまた皆さんで集まるのも良いですね、娘たちも皆と川で遊べて楽しんでますし。それに若者なんだからもっと夏休みは遊びなさいと社会人は思うぞっ」
「……羽柴さんは意外とこういうのが好きでコミュ力高いんですね、てかバーベキューはパリピの行楽ですよ……陽キャの所業ですよ?! そもそもまず私がやりたいと思ったら一緒に行ってくれる友だちから探さなくちゃいけないんです、普段ひとりで趣味が読書しかない地味な陰キャ人間にはハードル高いんす……」
「そうかねぇ、まぁ確かにそう言われれば……」
なーに言ってんの! とこちらに来た毛利加奈が腕を組んできた。
「色々遊びに行こうよ、また。あ、亀岡の花火大会もあるし皆でどうよ」
「そうそう、僕も興味あるなぁ、人間の行楽ってやつに」
「緑さんはまた良からぬ事を企んでそうだから、興味持たなくていいです……」
人間? という謎ワードに加奈が首を傾げている。
そういえば、と加奈は先日の事を思い出したように言う。
「旧校舎のあの屋上は結局何だったのかなぁ。あんまり覚えてないのが不思議なんだよねぇ。天使さんは何か知ってそうだけどさ」
「う〜? ……うん??」
「天使さんのお祓いの力とかが関わっている何かなのかと思っているんだけど、深く聞かない方がいいのかなー、と思ってさ。クロさんの事も。あの時は記憶がぼんやりしてたけど、彼は倒れている先生を抱えていた、と思う。でも言いたくないっぽいから聞かない、きっと何か訳があるんでしょ?」
「……ごめんね、あんまり知りすぎて皆を危険に巻き込みたくなくて」
「天使さんは気ぃ使う人っぽいから、迷惑かけたとか思って気に病んでたら申し訳ないなと思ってさ。ウチらが好きで首つっこんだんだ。だから天使さんは全然気にしなくていいかんね、いやマジで! いらん事は聞かないぐらいの空気の読みは小心得てるわよ、ウチら友だちじゃん?」
今更ながら、友だち、という言葉を口に出されて何だかちょっとこそばゆくなった。
◇
そろそろ暗くなりつつある逢魔が時、スーパーに行ったついでに大谷部長たちが買ってきてくれた手持ち花火をしていた。
「線香花火、誰が一番長く落ちないか選手権とかやったよね、懐かしいわぁ」
「火薬の入っている根本の上を軽く捻ったら45度に傾けて持つ。そしたら長く落ちないよって小学生の時に親に助言したら、子どもらしくない事言うなってドン引きされた過去があってだな……」
「何か部長っぽくて良いっす……」
オカルト研究部の皆のおかげで、ちゃんと人並の高校生してるって感じがする。
強引に入部させられたけれど、楽しいものだなと心から思っていた。
「人間の花火、興味あるなぁ、綺麗だねぇ、フフ……」
「だから緑さん、人間って何なのよぉ変な人! ウケんだけど!」
「狐火だってこれぐらい綺麗やねんけど…」
……変な物の怪もいるけれど、それはそれなりに。
隣にいる羽柴の奥さんと双子の娘たちも楽しそうにしている。
奥さんは、夫が元死神だって事をどう思っているのだろうか。
「あの、奥さんは幸せですか?」
「? 唐突にどうしたの??」
「あ、いえ、何でもないです……」
はは、とパチパチと音を立てて煌めく花火に視線を落とす。
「天使さんは、どう? 信じてる? ああいう違世界の話。普通に考えたら不思議だよねぇ」
「クロさんや羽柴さんが目の前にいるんだから存在するんでしょうけど、冥界ってところに行った事ないから全然想像できないですね」
「私もね、最初出会った頃はあの人に説明されてびっくりしたけど、私たちが知らないだけで色々な世界があるのよね。もしかしたら、もっと凄い世界も世の中に存在するのかもしれない。ちょっと想像すると楽しくない? 別にどうでも良いかなって。麻痺してるよね」
優しい表情で、少し遠くにいる羽柴と子ども達を眺める。
「ですね、ワクワクして楽しいかもしれない」
クロは、人間に戻りたいとは思っていないかもしれない――
線香花火の終わり間際の火の玉が、ポトリと音を立てて落ちる。
優里の胸に、さっきの羽柴の言葉がチクリと棘になって刺さった気がした。
◇
そろそろ片付けて帰ろうという時、羽柴が仕事の通知を受けたらしくクロを呼んだ。
「案件発生。今から向かえるかい?」
「了解ー、チェックする。さぁ、死神らしくお仕事しますかね」
クロは素早くコートを羽織る。
目が合った優里は、私も行くと頷いた。
「現場はこの近くの病院だなぁ。後々のコーディネートと事務手続きの手配を役所に戻ってしてくるから先に……」
「あ、現場は私が行きます」
上杉雪子が同行してくれる事になった。
奥さんがすかさず言ってくれる。
「後片付けは皆でやっておくわね、いってらっしゃい」
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