第6話〈5〉

 優里ゆりは、いまいち会話の意味が掴めずに目をくるくるさせた。


「あ、あのぅ、人間に? 戻る? 羽柴さんが??」


 あれ、言ってなかったっけ? とクロがすっとぼけた顔をする。


「羽柴さんって元は俺と同じ死神家業してたんだぜ」

「うっそ……ま、ま、マジっすか……」

「だから長い付き合いなんだよね〜。羽柴さんみたいに冥界から人間に戻った人は、あちらとこちらを知っている利点を生かして、政府のああいう仕事に就くケースが多かったりするらしいよ。人生って面白いよね」


 そうか、土蜘蛛が地獄云々を知っていたのは、昔に羽柴から知ったのだろう。


「今度は人間にやられちゃったな〜、残念、数人しか人を喰えなかったなぁ。また暫く霊力回復しなくちゃだ。あぁ、君たちと話すにはこっちの姿の方が怖くなくて都合がいいんだろう? 暫くはこの姿になっておいてあげるね」


 土蜘蛛は、人間の姿になるのは久々だと言いつつ長い髪を優雅に纏め、薄いグレーの着物の裾と襟を正すと、ひらりと優里ゆりに近寄って頬に手をやった。


「君、凄い霊力を持ってるよね、僕の力じゃ敵わなかったな。フフ、まいったまいった。いつもみたいに共鳴する人間に取り憑けたから、楽にたくさん死にたい人間を捕獲できると思ったのになぁ?」


 不覚にも一瞬魅入ってしまった。物の怪とはかく美しいものもいるものだ。これも人を喰うために惹きつける要素なのだろうか。

 咄嗟にクロが危険ムーブを察知して、優里との間に割り入って遮り、土蜘蛛の手を払う。


「おいっ、近寄んなって!」

「お、君は人間じゃないね?! 幽霊かな? あの七三分けの男と同じにおいがするなぁ。あいにくそのお嬢さんの霊力にやられて力が落ちちゃったから、もう暫く何も悪さ出来ないんだよね」

「どっかで聞いたなそんな台詞、狐っ子と同じような事言ってるぜ」

「ついでにそのお嬢さんから無意識に漏れてる霊力を少しづつ頂戴したいな〜、な〜んて。霊力ってやつは僕たち物の怪だって吸収すれば力になるからね。しばらく側にいさせてくれると嬉しいんだけど」


(いやいや、怖い怖い怖い……まじ無理しんどい! 喰ってんじゃん? 複数人喰ってるって言ったよねぇ?!)


 周りに散らばった人骨を見て、優里は動けないでいる。


「お嬢さんは霊力が強くて呪い殺せないや。なぁに、怯えなくても襲わないし大丈夫だって。どうだい、その間は他の人間を呪ったりも喰ったりもしない。何なら美しい僕をいつでも眺めててくれてもかまわないよ?」


(何だ、私の周りには人間じゃない残念イケメンしか寄ってこないのか……)


「勝手に何言ってんだ、迷惑がってるだろーがよ! この物の怪のナルシスト!」

「妬いているのかな、死神くんは。それとも彼女の側にいられるのが不愉快な訳でも?」


 玉藻が強引に割って入ってくる。


「ちょっとぉ、居候が増えるとか邪魔やねんけど」

「そういう君は妖狐のにおいがする……」

「狐っ子が言うな……」


 ごちゃごちゃ言い争っている彼らを尻目に、優里は大きいため息をついた。


「あー、もうどうにでも好きにしてください……」





 その後、気を失っている人たちやオカルト研究部の皆は、羽柴が秘密裏に提携先の病院に運んでくれたので、怪我もなく事なきを得た。

 皆は、旧校舎に行った事は覚えているけれどもその後何があったのかはぼんやりしている。と口々に言っていた。

 ただ、優里やクロ、玉藻が何らかから助けてくれたのは覚えているとの事だった。

 深くは追及されなかったので、まぁ良しとしよう。

 もしかして私が近くにいるせいで、色々良くわからない事に巻き込まれていたのだとしたら申し訳なさすぎる。こういう事を恐れていたのに。

 学校には、羽柴が〈霊害〉の類だったと報告してくれたおかげでオカルト研究部とは無関係で、誤解が解けて廃部にはならずに済んだ。


 ちなみに、土蜘蛛の物の怪は法で裁けるはずもない。

 どうせ退治してもまた彼のように同じような〈残念体〉が自然発生するものなので、暫く悪さができないということで、そのまま放っておかれてしまった。



 天使あまつか家は、というと。

 何やかやで奇妙な物の怪が増えたものの、賑やかになって祖母の千夜はご満悦だ。

 勝手に居着いてしまった土蜘蛛の物の怪(緑さんと呼んでくれ、だそう)は家に居る代わりにと、誰も客が来ない古本屋の店番をさせられている。

 昔、何やら物の怪本体がそういった名前の太刀に斬られて退治された事があるらしく、その影響なのか呪いなのか知らないけれど、それ以来何故か人間の姿になると薄緑色の髪になってしまうらしい。


 ちなみに土蜘蛛は先日、地域情報誌の〈店の看板娘〉コーナーで〈老舗古書店の和装イケメン看板男子〉として取り上げられてしまい、ちらほら若い女性客が見に来るようになった。人を惑わして取り憑く物の怪故の本能からきている性質だろうが、誰かれかまわず愛想を振りまくので困ったものである……。


「店番って楽しいねぇ、千代さん。若い女子がちやほやしてくれるし?」

「そりゃ上機嫌で良かった。あなた目当てに来る客は売上にはならんけど。ま、どーせ暇な店だからいいんだけどね。みだりに呪ったりしちゃ退治するよ?」


 明らかに不機嫌なクロが、眉間にシワを寄せながら文句をたれる。


「おい物の怪、店番しながら人間物色してんじゃねーよ」

「そんなつもりはないさ。暫く悪さができないと言っているではないか。かわいいねぇ死神くんは、ハハハ」

「てめー、いつかとっちめるし……」


 今は力が無いにしても、人に取り憑いて殺してしまおうとする本能を持つ物の怪が二匹。奴らが妙な悪さでもしやしないかと、死神は気になって家に出入りする日々。


 (まぁ、クロさんが来てくれるのは嬉しいけどさー…)


 あれ? おかしいぞ、優里は平穏に暮らしたいだけなのに。

 それなのに、益々騒がしくなる夏休みである――



・・・・・・・


らくがき追加しました。

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