第6話〈4〉

 クロは必死で絡まる土蜘蛛の糸から逃げようともがくが、集まった人たち四人は糸に絡まったまま金縛りにあったように動きが止められてしまっていた。どうやら奴が名前を書かせて回収した形代かたしろには、彼らを動けなくする効果を持っているらしい。

 魔法陣を使って霊力を増幅させて、強力な土蜘蛛の残念体を呼び出したといったところだろう。


(人間の身じゃない俺は関係ないけどさ。様子見に一応動けないフリでもしといてやるか……鬼籍帳に載っている主催者とやらは死んでも魂は救われるかもしれないけど、他の人は知らねーぞ……さぁどうすっかな〜)





 大きな悲鳴に驚いて、優里ゆりたちが屋上のドアを開けると勢いよく飛び出した。目の前に広がる惨状にびっくりして、大谷部長の眼鏡が勢いでぶっ飛ぶ。


「おいおいおいなんぞこれは?! 俺たちは見てはいけないものを見ているのではないかなぁ?!? 見……あれ、眼鏡どこいった、眼鏡……」


 パーカー男の背後に憑いている巨大な蜘蛛は、明らかに物の怪だと解る。

 この場にいる人たちが蜘蛛の糸で巻かれて動けないでいるようだ。

 皆、ぐったりとして意識が失いかけていっている。


「クロさん!!!」

「わわ、こっち来ちゃダメだ!」


 優里にも土蜘蛛の吐く糸が襲いかかってきた。


「んにゃあぁぁ?!!」


 構わず、力づくでブチブチと体に巻き付いた蜘蛛の糸を断ち切っていく。


「うわ、つよ。ベトベトして気持ち悪くね?!」

「昔からっ、こういう変なのに絡まれるのは慣れてるし平気ですっ、かわいい反応できなくてすいません……」

「お、おうさすが……見た目によらずたくましくてなにより……そっち行くしちょっと待っ……」


 優里がパーカー男に素早く近寄り、フードを素早くひっぺがした。


「何者なんですかあなたは、って、先生?!」

「げ、本当……教育実習に来てた高山先生じゃん」


 ただ、意識は背後の土蜘蛛にもう乗っ取られているのだろう。顔も青白く、目の焦点が合っていない。明らかに高山のものではない声が口から出た。


『ちょうど乗っ取りやすい人間が接触してきたから使わせてもらってますよ、この体の持ち主の学校の生徒かな? 見られちゃバツが悪いなぁ、フフ』


 そう言うとまた高山の背後に憑いている土蜘蛛の吐いた糸が、優里も後ろにいたオカルト研究部の皆も捕らえてしまい、ぐいぐい締め付けられる。

 毛利加奈のスタンガンも、大谷部長のヘルメットも、物の怪の前では意味がない。


 すると、後ろから軽快に現れた玉藻が、皆の巻き付いた糸を千切っていく。


「しゃーなしや協力したろ、これぐらいの霊力はあるわい」

「ありがとね」


 ふふん、と得意気な顔をする。

 クロは、やれやれと動く。


「おいおい、体の持ち主って事は、もう高山くんとやらは取り憑かれて意識もないのか。お前、土蜘蛛だな。昔この世を魔界にしようとした物の怪だって聞いた事があるぐらいで、本体はとっくに退治されて無くなってもその〈残念体〉は今でも存在しているやつってか?!」

『この隅っこにある祠に、一昔前に冥界の奴に封印されちゃったから大人しくしてたんだけど、この人間が壊しちゃって解放されたみたいでさ。ついでに取り憑いてやったのよ。陰の気を抱えている奴は取り付くのに心地よくてねぇ』


 屋上の隅を見るとなるほど、相当古びた小さい祠が壊されている。

 街中で見かける祠には神様をお祀りされている以外、中にはこういった物の怪を封じているものもあると聞いた事がある。


「何かよく分からないけど、とりあえず先生からでっかい蜘蛛をひっぺがしますよ!」


 優里は力づくで離そうと力を込め、高山をぐいっと強く引っ張る。

 一瞬、高山の身体から取り憑いている土蜘蛛が離れた。

 勢いで、一人後ろにすっ転んでしまった。


「痛った〜……」

『この娘、何ちゅう霊力してるんだ……』 

「優里ちゃんナイス! 俺からはそんなにぱんつ見えてないから大丈夫!」

「それ今言う?! ちょっと見えてるやん!」


 クロはコートを放り投げる。

 物の怪と一体になったままでは結界を張りづらかったのだ。




「――やぁ、教育実習生の高山くん。俺は死神みたいなもんだ。あんたと取り引きをしたい。物の怪を引き剥がしたから君と話ができているよね」

「……ああ」

「運悪く、共鳴した土蜘蛛に取り憑かれたってところだな。そして妙なサイトを作って自殺者を募るフリをして人間を喰わせていたようだけどさ。どこまで意識があって覚えているかは知らないが、気の毒だけど、きみは今死ぬ。そういう運命」

「……あらかた覚えてるさ、取り憑いてきた物の怪ってやつが人を喰いたがっていたからさ、面白いじゃんと思って協力したんだよ。集団自殺コミュニティで餌を募るって筋書きを考えてみたんだ。面白いアイデアじゃね? それにアクセスしてくるのはどうせ死にたい奴らなんだろ?」

「今時だねぇ」

「それにしても、あんたはコードネーム・死神だったな。まさか本当に死神だったとは」

「まぁね」

「…自分の心が弱いのも知ってる。徐々に、あぁ別の何かに支配されているなと薄々思っていた。日に日にその感覚は強くなっていた。どうせ生きているのも退屈で無気力な人間だ。そろそろこの儀式も飽きてきたから、今夜辺り俺も六人目としてついでに喰われて死のうと思ってたんだ」

「まぁ、でもきみは運良く冥界に選ばれた。これも運命。どうだい? 取り引きというのはね、ご存知の通り自死したら問答無用に地獄行きだけど、今だったらその臓器を俺にくれれば地獄行きにはしない、という契約さ」

「そうだな、別に極楽に行けるとは期待していなかったけど、最期にいい事をするのも悪くない」

「OK、契約成立。良き来世を――」




 結界外。土蜘蛛がクロの方を気にした瞬時、隙を突いて優里は素早く近寄り、物の怪が動けないようポケットに入れていたお札を大量に土蜘蛛の額に貼り付ける。


『ギャァアアァァ!!!』


 やっば、うっかりお札を全部使っちゃったなと思ったけれど、もう遅い。

 土蜘蛛はフリーズすると奇声を上げ、瘴気を撒き散らしシュルシュルと萎んでいっているようだ。物の怪の姿が保てなくなったのか、みるみるかたちが変わる。

 溶けたように瓦解する蜘蛛の腹から、人間の髑髏がばらばらと溢れ落ちるのが見えた。以前、多数行方不明と言われていた人たちだろうか。彼らは残念ながらもう……。


 優里がクロの方を振り返ると、もう結界を解いたクロの肩にぐったりと高山がもたれかかっていた。首には切られた痕。おそらく息はもうないのだろう。

 そっと屋上の床に高山を横たわらせた。


「羽柴さん、頼むわ」


 いつものように連絡を終えたクロが、手にしたナイフをサッと拭いてしまうと、相変わらず表情ひとつ変えずに周りを見渡した。殺されそうになった自殺志願者たちは、気を失っている。


 あまりに目の前で起こっている現実離れした出来事に、オカルト研究部の面々は座ったまま動けない。大谷部長は目を細めながら、口を開いた。


「な、何がどうなっているんだ。クロさん、きみは一体……」

「まいったな〜 こんな大勢に見られちゃマズいってやつ?!」


 玉藻が横から進み出る。


「これもしゃーなし、ワシがなんとかしたるわ」


 ボワッと狐火を出し、空に投げる。

 三人の眼前で手を叩くと、彼らは瞬時に気を失った。


「何したの?!」

一時いっときの記憶をあやふやに消す妖の術よ。そない力は要らんさかいにな。本来人間を惑わすのがワシら妖狐の最も得意な能力やねん。次に目ぇ開けたらこいつらは何があったか忘れとるわ。普通の人間は余計な事知らん方がええねんやろ。まぁ、世話になっとる礼や」

「助かるよ〜、俺、羽柴さんに怒られるところだった。今度おいなりさんいっぱい作ってもらうように千代さんに言ってあげるかんな!」

「お、おう、それはええけどお前のおばあちゃうやろが……」



 ほどなく羽柴が到着した。


「うわぁ、また派手に人が倒れてんなぁ〜。それに人骨らしきものが…」

「とりあえず対象者以外、今回集まってる人間は意識失ってるけど全員生きてるよ」

「以前からこの屋上で、霊的な事件で数回何人もまとめて行方不明だという報告を受けててな、ちょっとがあって、霊障案件だろうと調査するところだった矢先だったのさ。その人たちはこんな事に… ってお前は土蜘蛛か……」


 さっきまで大蜘蛛の様相をしていた物の怪は、すっかり霊力を失い、少し緑がかった髪をした着物姿の長身で美しい青年の様相をした人間の姿へと変貌していた。

 土蜘蛛は、笑みを浮かべ羽柴に反応する。


「やぁ、昔見たような顔じゃないか。人間に戻ったんだね、久しぶり。僕を封印してくれちゃった時以来だから三十年ぶり位かな?!」


 羽柴は困ったように、眉間にシワを寄せた。


「チッ、やっぱりまたお前の仕業か、厄介な筈だ」

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