第6話〈3〉
所変わって旧校舎南口。
皆と別れてこちらへ向かったクロは、いったん中に入る前に手早に羽柴にメッセージを送り、コートに隠していた鬼籍帳を取り出して確認する。
(高山春樹、大学生ねぇ……)
昨日、案件の知らせがあった。今回は他に人が沢山関わっているので
それはそうと、彼女の霊力や祓う能力は、人間の中では相当高いように感じる。祖母の千代より、母の真里よりずっと強いのではないだろうか。
現に、狐っ子はまぁまぁ霊力の強い〈残念体〉であろうに、すっかり子どもの姿に抑えられたままだ。
だが、本人は自己肯定の低さとネガティブさでそういう能力を認知していない。なるべく平穏に過ごそうとしている。
その方がいいのかもしれない。
ちょっとした興味で自分から、手伝ってみない? とか軽く言い出したものの、こういう世界に巻き込まない方が良かったのではないかな、とも思い返して少し後悔しているのだ。
ただ、悲しいかな〈視える〉ことで巻き込まれざるをえない事も、このまま生きていればいずれ発生するだろう。
その時に備えて、自覚してみるきっかけを与えてあげたかったのは本心だ。
それは
◇
さて、そうもじっくり耽っていられない、旧校舎へとシーンを戻そう。
まだわからないが鬼籍帳に載っている今日の契約対象者は、その〈よくわからない儀式〉とやらで志願者を呼び寄せている、集団自殺コミュニティ主催者の“薄緑”なる人物なのだろうか。
いかんせん暗がりで顔が判別できないうえ、コードネームやハンドルネームでやり取りしているので、確固たる証拠がない。
クロの他に五人集まる予定だそうだが、帳面に他の人間の名前が書かれていないという事は、契約対象者以外は死ぬ予定は無いのだろう。そもそも人数が多いと流石に一人で捌き切れない。
というわけでクロは念の為、羽柴の方に状況を説明し、怪我人が出ると危ないので近場に待機してもらっている。
羽柴によると、世間に公にはなっていないがこの旧校舎で〈ここ数ヶ月のうちに何度かまとめて六人づつ若者が行方不明になっている、霊障と思しき事件〉が未解決のままだとの事なので、関連は濃厚だ。
「さて、仕事といきますかね」
ドアに手をかけ、いざ旧校舎の中に入る。
静かに廊下を進み、一階の階段を登ろうとすると、少し先の部室前の廊下辺りで薄ぼんやりと小さく明かりが見えた。
(おいおい狐火か? 見えてるってばよ……まぁ、見なかった事にしておいてやるけどさ)
四階の屋上まで階段を登っていく。
すでに複数人が来ている気配。
屋上に出る扉を開けると、集められた他四人はもう揃っていた。
(俺を入れたら五人か、まだあと一人足りねぇな)
各々喋るでもなく、ただただ来たばかりの皆は立ち尽くして様子を伺っている。
照明もなく、ただ薄暗い月明かりの夜だ。
京都の夜は、高い建物が無いからか建物の上に立つと存外暗い。
だんだん目が慣れてくると、足元に何か見える。
集まっている我々がすっぽり入るぐらいの大きく五芒星と、謎の呪文のようなものが、白線で描かれているようだ。
(こりゃあ物の怪を召喚するタイプの魔法陣だな、厄介だぜ……)
集まっているのは全て各々見ず知らずの人間で、学生のような男女が二人づつ、といったところか。いずれも若い人たちのようだ。
程なくして、主催者らしき人間がやってきた。パーカーをかぶっているので顔はよく見えないが、若い男性のような気がする。
「お集まりの皆さん、ようこそおいでくださいました。ご参同ありがとうございます」
そう言うと一人づつ、簡易的に人型に切られた白い紙と鉛筆を配り始めた。
廊下に落ちていた
「早速ではありますが、各々コードネームをそこに。これは貴方の身代わりとなり、現世での悩みや陰の気を吸い取ってくれます」
最後にクロに手渡した。男を見ると人間には違いないが、背後には妖しいもやもやとした黒い霧が渦巻いている。恐らく何らかの物の怪がすでに憑いている気配がする。
じっと見てしまったか、目線が交錯する。
「あなたは……コードネーム・死神さんですか?」
「お、当たり。ここにいる人らの事情はどうだかわからないけど、俺は人生に飽きてる、生きててもつまらんのさ。それに過去に人を殺しちゃってるんでね、罪滅ぼしに、そろそろどうやって死のうかなって思ってたんだ。そこできみのサイトを見つけた。面白い方法で俺を殺してくれるんだろう?」
「絶望の淵にいる方が来られるかと思っていたが、そう軽やかに言ってくる人は初めてだな。自らを人殺しというのが虚言かはわからないが、そんな事情は知った事ではないです。それより、死ぬのが怖くはないんですか?」
「生きている方が怖い、嫌な事もある。ここに集まった人たちは皆そうなんだろ?」
クロは周りを見渡す。
近くにいた若い社会人らしき男が口にした。
「あんたの言うとおりだよ、でも自分で実行する勇気はない。だから僕はここに来たんだ」
横にいた学生らしき女性も、首を縦にふっている。
そうだなぁ、うん、みたいな賛同の空気が周りに流れる。
生きるポテンシャルとは難しいものだ。不幸の度合いは違えど、昔の人間からしたらそんな事でと思う事も、人や時代が変われば現代は現代で、それぞれ価値観も環境も悩みも違う。そんな事でもふとしたきっかけがあれば、こういう選択をしてしまう者もいるのだ。
生きてたらきっと良いことがある、なんていうのは嘘だ。
色々我慢して生きている方が、地獄にいるより辛いなんて事もあるのだ、どっちも経験している俺からすれば、とクロは思う。
主催者が皆の形代を回収していき、陣の中央に立つ。
さて、と手を広げ、一呼吸置いて言葉を発した。
「皆様、中央の陣の周りへ」
一堂は、指示をされるがままに集まる。
「死後の世界とされる冥界では、自死は禁忌とされているようです、が、わたくしがお手伝いするので大丈夫。さぁ、皆で極楽へ行きましょう。ちなみにあなたがたがお亡くなりになった事は、外部にはよくある行方不明とお伝えさせていただきますのでご安心を」
(こいつ、微妙に合っている冥界の情報を何で知ってんだろ?)
「では、ごきげんよう」
皆が周りに集まると、陣の中央にいる主催者の背後の黒い霧から大きい蜘蛛のような物の怪が現れ、糸を吐いてこの場にいる人間を捕らえていく。
「!!!」
一斉に悲鳴が上がる。一瞬の出来事で誰も抵抗が出来なかった。
案の定、主催者の精神は乗っ取られていたのだ。
(あれは土蜘蛛って物の怪の〈残念体〉とみた。ちっ、厄介だなぁ)
例の屋上の祠ってやつは、恐らくこいつが封印されていたんだろう。
何らかの原因で、大学生の男は運悪く取り憑かれてしまったに違いない。
『どうせきみたちは死にたいんだろう、残らず喰ってあげようね!』
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