第6話〈1〉学校の怪談

高山春樹

二十一歳/大学生

堀田高校旧校舎屋上/二十時

原因:ショック

憑き物:土蜘蛛の残念体

状態:健康体



 大学生活も二年目、日々はつまらないまま適当に過ぎていく。

 普通の両親に普通にそれなりに育てられて、そこそこ頭も良くてまあまあ顔もいい。別にいじめられた事もないし学校じたい嫌な事も特になかった。とりあえずやりたい事がなくても、働きたくないから適当にそこそこの大学に入って最低限の単位を取って、適当にそこそこかわいい女子と付き合って、ヤる事やってバイトして。

 再来年には嫌でも社会に放り出される。

 いわば今は社会に出るまでの長い猶予期間だ。

 あーあ、働きたくねぇなぁ。


 変わっているといえば、ちょっと霊感が人より強いせいもあるのかな、昔からカルト的なホラー映画が特に好きな子どもだった。

 何だっけ外国の映画、ほら、夏休みの大学生たちがとある北欧の田舎の妙な宗教の村のコミューンに混じって、妙な伝統と儀式のある村でどんどん殺されていくやつ。最初パニック障害を患っていた女子大生の主人公は、徐々にその村のしきたりに溶け込んで悩みから解放され、精神が幸せになってそこで生きていくラストだったっけ。

 ちょっと非現実的で残酷な世界に憧れているんだよね。

 そういうのが好きな自分は変なんだろうか。

 異世界に転生して活躍する話なんかより、ずっと面白いのに。


 死にたい奴は死ねばいいだろ。ちょっと手伝ってやっているだけさ、犯罪しているわけじゃない。

 俺は、別にどっちでもいいかな。

 別に生きてたって楽しい事なんてないし。

 どうせ無駄に長生きしたって俺たちの世代じゃ年金なんて貰えるアテもない。最悪核戦争で人間自体存在しているかもわからない。どう考えても悲観する未来しか待っていないわけで。

 生きたくて生まれてきたわけじゃないんだから、死ぬのも自由なんじゃないんですか。おかしいですか、無気力ではダメですか。


 そういえば二週間、単位を取るために無給で奉仕活動したのさ。教育実習ってやつ。

 この、時は金なりのご時世でクソだろ?!

 でも、フケて入った旧校舎の屋上で不思議なものを見つけたんだ。

 よくわからないけど小さい祠みたいなもんがあって、中を見たけど何も入っていないようだが、悪寒が走り、妙な気分になった。何らか悪いものが封印されているようだったけど。

 さすがに恐ろしくなって扉を閉めたら、ボロいせいか祠が壊れてしまった。

 しまった、黙っていよう。俺は知らない。古びたままにしておくのが悪いんだ。

 後で教員に聞いたら、昔からある祠みたいで、何かが封印されているらしいとお伽話程度に聞いた事があるがよく知らないという。


 その日以来、不思議な事に自分が自分じゃない感覚になる時があるのさ。

 変なクスリやってるとかじゃないよ、適当に体は健康だと思う。

 すごく鬱な気分になっている時なんかにね。何かに取り憑かれているっていうのかな、自分じゃない意思が脳に入ってきているという感じ。

 それが割と不思議な事に、気分がいいんだよね。

 そんな事を言い出す俺はもう末期なのかな。

 絶対誰に言ったって信じてもらえないから公言しないけれど。


 そういえば、その旧校舎。

 誰も来ないらしいから、アレをやるにはぴったりだ。

 何より妙な祠があるせいか、悪い気がいい感じで溜まっている。

 合鍵は簡単に作れた。

 人数さえ集まればいつでも決行可能だ。久々にワクワクしている。





「またしても廃部の危機である、皆部室に集合なり」


 8月に入って少し経った頃、大谷部長から妙な招集がきた。

 どうやら、以前に会った銀髪の有識者の方も呼んで欲しいと書いてあったので普通の用事ではあるまい。


 天使あまつか優里ゆりは自転車で通学している。京都市内は、普通に歩いていたら感じないのだけれど、南の家の方から北の学校に向かうにつれ実際は相当な勾配になっているので、行きしなは余計に汗だくで、不快なことこの上ない。

 クロは興味津々で行くといってくれた。

 おばあちゃんに借りた自転車で、人間みたいに一緒に学校へ向かう。


「自転車に乗るなんて、ちょー久しぶり! 人間の時以来だ!」

「待ってよぉ〜〜」


 小一時間かかって到着するも、へとへとになっているのを尻目にクロは涼しげな顔をしている。

 どうやら死神は暑くもないし、汗もかかないらしい。


「ほら、俺の手。めっちゃ冷たいだろう?」


 クロは優里の両頬に触れる。


「ありゃ、体温上がってるじゃん、熱中症ぎみ? 早く水分摂らなきゃだぜ」


 おでこに手を置く。

 ひんやりして気持ち良い、けど!

 ほらまた、この人はこういう事を何の気もなくしてくるのだ。

 ほらまたまた、その度にいちいちドキドキしてしまう自分が嫌になる。

 だが、先日は自ら衝動的に破廉恥この上ない事をしてしまったが故に、強く言えない。


 先生にクロが見つからないよう、こそこそと小走りで旧校舎へ向かう。

 クーラーの効いた部室に入ると、おっすー、と先に来ていた毛利加奈が手を振る。じきに大谷部長と佐久間もやって来た。

 皆揃ったようだからとりあえず景気づけに、と加奈が席を立つ。


「ちょっと冷凍庫に冷やしてあるアイスバー持ってくるわね」

「えっ、冷凍庫って一体どこに……」

「内緒」

「でたー。毛利さんの、出どころがわからないものをよく持ってくるけど全く教えてくれないやつー!」


 佐久間が間髪入れずツッコミを入れる。


「多くを語らない謎多き女の方が魅力的でしょうよ。だから天使あまつかさんなんかクールでとてもイイわよぉ」


(いやいや、人と関わりたくないだけの、ただの陰キャなんだけどな……)


 それはそうと、と佐久間はクロに興味深々で話をふった。


「お兄さんも謎な存在で凄く気になるんす。今日ぶらぶらしてるって事は、大学生とかですか? 天使さんとただならぬ仲のように見えますけれども。不思議なオーラをされていますね!?」


「大学、を卒業して一年目かな。時間に囚われない仕事をしているって言っておこう」

「ふぅん、社会人かぁいいなぁ、僕、進路どうしようかなぁ。天使さんは? どこ志望するとかあるん? 一応進学校だから一年でももう大学決めて勉強の計画立ててる人多いやん?」

「まだ一年だと思って、なんっっっにも決めてない……部長は志望校で何をやるんですか?」

「俺? 俺は一応国公立で工学部の建築学科が第一志望かな。ゆくゆくは城の研究をしたくって」

「凄い! いいですね〜、やっぱそうやって先に何をやりたいかっていうのがないと、まずもって進まないよね。てか佐久間くんも毛利さんも進学クラスじゃん、色々余裕じゃん……」

「どうかなぁ。地質学の研究とか興味あるんだよなぁって思うんだけど、どこ就職すんのって親に言われちゃってさ、そんなん言われたら何もできないじゃんねぇ。ウチ親が教師だから教育大を進めるわけさ。そもそも教育大学って凄くね? ほとんどの学生が教師目指してる人ばっかりとか凄ない?」

「そんなこと言い出したら、体育大学の学生は皆運動神経いいし、美大は皆絵が上手いわけで」

「あ、そう言われれば」

「この前来てた教育実習の先生は、ただ実習の単位取るだけに来てるって言ってたっけ、まぁそんな人もいるからねぇ」



 そんな事を話していると、毛利加奈がクーラーボックスいっぱいにアイスバーと氷を入れて戻ってきた。これぞ夏だ、青春だアオハルだ。

 皆が秒で食べ終わると、アオハルにはめっきりそぐわない話が始まる。

 ドン、と部長が飲み干した麦茶のグラスを机に置く。


「ところで諸君、今日集まってもらったのはだね、昨日先生から通達があったのだ。ここ旧校舎の屋上で、夜な夜な変な集まりをするのを中止せよと」

「は? 集まりって?」

「どゆことっすか??」


 誰も心当たりのある者はいなかった。

 皆で顔を見合わせる。


「クッソ暑いのに、そんな暇な事するわけないじゃん」

「悲しいかな、旧校舎で変な集まりをしそうなのはオカルト研究部だろうと決めつけられているようでね、けしからんな。止めなければ廃部だと」

「はいまたそれキター」

「というわけで、誰がナニをしているのか調査しようではないかと集まってもらったわけだ、どうだね? 調査に乗り出してみるかい? 下から目撃した先生によると、妙な呪文が聞こえたり、何かを呼び寄せている的な変な声がする、という事なのさ。それで有識者の銀髪さんにも協力してもらおうかなって思ってお呼び立てしたんだ」

「なるほど、それで俺。別にいいよ。あ、銀髪さんじゃなくて俺、クロさんです」

「ご協力助かります」


 それはそうと、と加奈が口を開いた。


「そもそもが、この建物じたい怪しい噂があるじゃない? 知ってる? この旧校舎ってもう何十年も前に取り壊されるはずだったのに、結局今でも残っているわけ」

「屋上の隅っこに、誰が作ったかいつから存在するのかすらわからない祠があるとかってやつに関係するのかな」

「そう、それよ。建物を解体しようとすると、祠からよくわからない物の怪みたいなものが出てきて、人が多数行方不明になる事件があったとかで、工事が中断されたまま結局手付かずで今に至っているみたいないわく付きらしいのよね、何かいるのよ絶対。学校の七不思議」

「七つも聞いた事無いけどね」

「…無いわね、これしか。ちょっと言いたかっただけよ」


 確かにうっすら不穏な空気はするけれど、でもだからといって何かがいる気配は今の所ないんだけどな、と優里は感じていた。

 そんな話も聞いた事あるなと、部長が顎に手を当て、眼鏡をクイっと上げる。


「まぁそれはそれとして。でだね、妙な噂と証拠を手に入れた」

「というのは?」

「とにかく全くなんだかわからないので、昼にここの屋上に行ってみたわけさ。そしたら屋上へ続く階段の隅に、怪しげな白い紙切れが落ちているのを発見したんだ」


 部長が出してきた和紙で出来た紙切れは、よく見ると人型のような形に切り抜かれているようだ。何も書かれていない。


形代かたしろみたいだね」


クロは、手に取って眺める。


「ご名答。それで最近、SNSで話題になっている集団自殺コミュニティの妙な噂を思い出したんだ。たまに聞くじゃない、そういうのがあるってニュースで。それの一種だと思うんだけど、そういうのを使った儀式みたいなものがこの学校で行われているというんだ。もしかしてそれなんじゃないかと。で、SNSのハッシュタグやなんかを色々エゴサしたり分析してみて、ある非公開グループを見つけた。そしてあれこれ調べて辿り着いたWebサイトがこれさ」


 部長はタブレットを開いて、謎のサイトのトップページを見せる。


「ようこそ、冥界へ?」


 黒い背景デザインに、蜘蛛の巣のようなあしらいがされてある簡素なウェブサイトで、中央をクリックすると、主催者からのメッセージが現れた。


 ――生きる事に悩んでいる人、生きている事が辛い人、

 楽になって一緒に冥界へ行きましょう。

 現代で自死をすると地獄に堕ちるらしいのです。

 ですが安心してください、私がお手伝い致します。

 皆でだったら怖くありません。

 貴方の命を、然るべきところに活用させていただきます。

 もちろん代金を取る事もございません。

 少しの勇気は、この時のためにあるのです――


「うわぁ、めちゃくちゃ怪しい……」

「主催者って人は一体何で殺すつもりなんだろう」


 クロは、メッセージの下にある次への誘導ボタンを指差す。


「俺、参加して調べてみようか。君たちじゃ危ないっしょ。優里ちゃんボタン押してみて」

「う、うん、わかった」


 押して次に誘導されると、コードネームを決めてください、という空欄と性別、年齢、SNSのアカウント名を入力する画面になっている。

 クロの指が感知しないのを皆に悟られないよう、ごく自然に言われた通り、コードネームを死神、男、二十一歳、SNSアカウントを入力して登録する、を押した。


(二十一歳だったのか、六つ年上かぁ)


 アカウントは、このために部長が新規で作成してくれたものだ。

 連絡先は、クロさんの携帯電話に来るようにした。

 皆が固唾を飲んで見守る。

 すると、入力が完了しました、とだけ画面が切り替わり、終了してしまった。


「…ん? 終わり?」

「…これで、SNSのDMとかで連絡が来るって事??」


 ……

 ……。

 十分程待ってみたけれど、一向に何も動きがない。


「何だったんだろう、手の込んだ悪趣味な悪戯サイトなのだろうか…」

「変な自殺サイトでコードネーム死神って、クロさん皮肉な冗談、センス抜群じゃないですか」

「はは、お褒めありがとう。とりあえず何かあったら優里ちゃんから連絡が行くようにするから待っててね、皆さん」


 昔小学生の頃に流行ったこっくりさんとかいう遊びのノリを思い出したな、と加奈がつぶやいた。確かに。


 と、ちょうど見回りの先生が、そろそろ閉めるぞと廊下から言ってきたので、一旦今日のところは解散する事にした。

 それにしても、こういった集まりで本当に参加しようなんて人たちがいるのだろうか。

 辺りも暗くなってきたのでクロが家まで送ってくれた。


「もし変なメッセージが来たらすぐ連絡する。今のところ冥界案件ではないと思うけど、怪しいから羽柴さんにも連絡しておくわ、何かあったら助けてもらおう」


 そういって帰ろうとした矢先、携帯電話に通知が届く。


『ご参加の表明、ありがとうございます。主催者の“薄緑”でございます』

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