第4話〈2〉
次の日、
例の幽霊犬・あんずちゃんを横に従え、ベンチに座っているのが見える。
「美月ちゃんこんにちは〜、今から散歩? 私も一緒に行ってもいいかなぁ」
「あ、優里ちゃんだ。もちろんだよ! お姉ちゃんは唯一あんずはいるって言ってくれるもんね。今から出るところなんだ」
のんびりと梅小路公園の方へ北へと歩く。
やっぱり普通の人には犬の存在が視えていないらしい。
すれ違ったおばさんは、私たちをちょっと怪訝な顔をして二度見する。
(エアー散歩、なんちって)
暫く歩いていると、クロが歩道の少し先で手を振っているのが見えた。
「ちょっとちょっとぉ、俺も混ぜてよ!」
「あれ、好きにしたらいいんじゃなかったんですか?」
「ほっとけないんだろ? 何かあったら困るからなぁ。あと一応この子、契約対象者だし?」
「うわぁ、かっこいい銀髪のお兄ちゃんきたー。お兄ちゃんもあんずがいるのわかる?」
「お、とっても正直で素直な良い子だね。わかるよ。君が美月ちゃん? 優里ちゃんから聞いてる。犬、おっきくてかわいいねぇ」
クロがわしゃわしゃ、と犬の耳と頬をなでなですると、尻尾を振って喜んでいる。
「お兄ちゃんは? 優里ちゃんの彼氏とかなの?」
「そうだよ〜。かわいい犬がいるって聞いたから俺も見に来たんだ」
「は? は?? しれっと何言ってんすか!」
(本当、この人は誰にでもこういう事言っちゃう人なのかな! 私の恋愛偏差値が低いからって、揶揄って遊ばれてんだ……)
クロは顔を真っ赤にした優里を気にする事なく、幽霊犬と戯れながら美月に話しかけている。
「犬の肉球たまらんよなぁ、ポップコーンの匂いしない?」
「するー! おでこは太陽の匂いがするの! でも最近何も匂わないんだ……」
◇
公園から出て九条通りを西に歩き、小道に入ってしばらくするとお家はここなんだ、と三階建ての小さい建売一軒家を指差し、私たちを中に入れてくれた。お邪魔すると、美月のお母さんが気さくに迎えてくれる。
「そちらは?」
「新しいお友だちの優里ちゃんとお兄さん! 冷たいお茶入れるね!」
ばたばたと美月は台所に行ってしまった。
「美月! 先に手洗いとうがい!」
「あーい、わかってる!」
不審がられないかなと心配したけれど、お母さんにリビングに通されたので、お邪魔する事にした。
壁に家族写真が飾ってある中に、あんずちゃんの写っているものがたくさんある。
「すみません、突然見ず知らずなのにお邪魔してしまって。天使優里っていいます、堀田高校の一年生です、決して怪しい者ではないのですけれども(私は)」
「いえいえ全然大丈夫ですよ。最近あの子ちょっと落ち込んでるみたいだったから。お友だちとケンカしたりとかがあって心配していたんだけれど、楽しそうにしているなら良かったです、美月とはどこでお友だちに?」
「そこの公園で。その写真に写っているあんずちゃんと美月ちゃんが遊んでたところ、私も犬が好きだから触らせてもらってたんです」
お母さんは怪訝な顔をする。
「あの、失礼ですが写真に写っているあんずは一ヶ月前……」
「ですよね、今は亡くなってこの世に存在していない」
「ご存知なんですか? それなのに遊んでいるってどういう事でしょう、私にはさっぱり……」
美月が麦茶を運んできてくれた。あんずも足元にいてソファの横に座って私たちを見ている。
「お母さんってばひどいんだよ、尻尾ふってるのにいつも無視するの」
ねー、とあんずに喋りかけて麦茶を一気飲みすると、そのまま一緒に庭に出て遊んでいる。
クロさんも庭に出た。
お母さんは、心配そうな顔で美月の方を見た。
何か私たちが知っているとみて、口を開いた。
「ちょっとお話、いいですか?」
「美月ちゃんが、犬がまだ生きてるって言っている件ですよね。私たちはちょっとその、そういう事例に心当たりがありまして。何かあるといけないと思って気になったものですからお邪魔したんです」
「そうですか、気にかけていただいて助かります。あなたたちはそういう、幽霊? みたいなものが視えるんですか? そんな事、にわかに信じがたいんですけれども……」
「はい、突然こんな話してすみません。おっしゃるとおり信じられないかもしれないですけど……確かに今、あんずちゃんは美月ちゃんと庭で一緒に遊んでいます」
「そうですか……私も夫も、視えないからさっぱりどうしようも理解できなくて……本当にそんな事があるんですねぇ」
「ですよね、やっぱり普通びっくりしますよね」
至極真っ当な反応だ。
「あんずがいなくなって以降、あの子はずっと見えない何かに喋りかけているような行動をするから、変だなとは思ってたんです、ショックでどうかしちゃったのかと怖かったの。本当にあんずの魂がそこにいるのなら訳がわかって良かったです、いや、いいのか悪いのか……だからといってどうしてあげたらいいのかわからないですけれど」
お母さんは、家族写真を見た。
「あの子が生まれる前からずっと飼ってたし、息を引き取った時、美月は凄く泣いてて……あんずも美月が心配だったのかな。私には視えないのが悔しいですけれど」
とりあえず何かおかしな事があったら連絡ください、と優里は連絡先をメモに書いて渡して帰ることにした。
クロは、幽霊犬をじっと見ていた。
「こいつ……」
◇
帰りに公園近くの和菓子屋で買ってきた東寺餅を頬張りながら、クロが説明してくれる。
「あの犬はただの残留思念じゃなくて、亡くなった後の魂そのもの、いわゆる俺と同じ〈幽霊〉だね。大体はちゃんと冥界に行くんだけど、そのまんまこの世に留まっちゃってる」
「というと? えーっと、どういう事だっけ」
「〈残留思念〉っていうのは、〈人とかの思い残した事とか悪意とか無念とかが可視化しちゃったもの〉でこの世に残ってしまったもの。〈幽霊〉ってのは亡くなった肉体から出た〈魂そのもの〉で、まぁ俺もその幽霊なんだけど」
「じゃあこの件は、あんずちゃんの〈魂そのもの〉があの子の側に付き添ってるって感じかぁ」
「俺みたいな特殊なケースと違って〈幽霊〉の魂は不安定な存在なんだ。このまま留まってしまうと冥界にも行けず、輪廻転生できなくてそのまんま彷徨って、わけのわからないまま闇落ちしたり悪霊になってしまうケースが多い」
「そんなぁ、祓うわけにもいかないし……」
うーんとのんびり考えている隙に、餅が無くなっている。
「ちょっと! 私の分まで食べちゃった! 半分こだって言ったじゃないですか!」
「ん? ちょっと最近耳が遠くて」
「都合のいい時だけおじいちゃんぶるのズルい」
祖母の千代は、そんな優里とクロを感慨深げに見ている。
「因果なもんだねぇ。ふふ。何かご縁ってもんがあるんだねぇ」
◇
次の日、優里は心配になってこっそり公園へ美月の様子を見に来た。
心なしか、昨日よりも元気がなくなっている気がする。
相変わらず犬の魂は心配そうに彼女に寄り添っている。
鬼籍帳に記されていた日まで、あと四日……。
『美月チャン……私モウ行カナクチャナラナイノ……寂シイカラ一緒ニ来テクレル?』
「あんず?! 喋れるの? どこに行くの? 私もついて行ってもいいの?」
犬の背後からむくむくと黒い霧が大きくなって纏わりつく。
それらは日に日に大きくなって、彼女を飲み込んでいこうとしている――
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