第3話〈2〉
図書室に着くと、先に池田先輩がもう来ていた。
目を凝らして細めてみると、先輩の背後にもぞもぞと何かがいる。実体はわからないけれど嫌な気配。怪しい存在の周りには、たいてい周囲にもやもやとした黒い霧が渦巻いているのが見えるのだ。
「わざわざ夏休みにごめんね。あれ? 池田??」
「おう、面白そうだから付いてきた。彼女は我がクラブの貴重な部員になったんでね」
「オカ研? マジか! 天使さんは文芸部に入ってくれると思ってたのになぁ、残念」
「誘ったもん勝ちよ。って顔色悪くね? どした池田。そのオカ研が話を聞いてやってもいいぞ」
興味津々で大谷部長は池田先輩の肩を叩いた。
ばーか、用があるのは天使さんの方なんだよ、と力なく言う。
「この前、肩こりしませんかって天使さんが言ってたじゃん? あの後平気だったんだけど、またちょっと、いや、前より酷くなっちゃったのと、夜に変な音がしたりして全然寝られなくて……誰かに窓の外から見られている気がしたり、知らない間に物がなくなっていたりもする。昨日なんか塾の帰り、誰か後ろにいるような視線を感じたり……もしかしたら、そういうのがまたいるのかな、って思ったらだんだん恐ろしくなってしまって……勉強も手につかなくてさ」
「あぁ、それでまたそういうのが憑いてないか視てほしいと」
「そうなんだ、この前かっこ悪く逃げたくせに都合のいい事頼んでごめんね、こんな事他に相談できる人いなくてさ……マジ申し訳ない」
そういえば、本当に顔色も悪く何だか元気なさげに見える。
そして本人が言っている通り、またしても肩に取り憑いているっぽい、もやもやとした黒い霧とともに、また女性のようなものが視える。
「俺、小さい頃からほんっっっとに幽霊とか無理でさ。お化け屋敷も怪談話も何もかも苦手。ダッセーとか思われようがもう本当ダメ。じーちゃんとかばーちゃんがそういうの好きで、散々驚かされて生きてきたからトラウマになっちゃってて。祇園祭の時逃げたのは反省してる。ずっと直接謝ろうと思ってたんだけど夏休みになっちゃったから。メールで伝えるのもなにかなって…」
「わざわざまぁ、別に私なん……っと」
(私なんて、て言っちゃだめだよってクロさんに言われたんだった)
精いっぱい傷ついてますって顔をして、きっと睨んだ。
「いや、ちょっと傷つきました」
「本当にごめん!!!」
深々と手を合わせて謝った。
今はさほど気にしてはいない。そもそもあの日があったからクロと出会うきっかけがあったわけで。
「よかった〜、嫌われてもう喋ってもらえないのかと思った」
やっぱり真面目で優しい人なんだな、池田先輩は。
と、大谷部長が割って入る。
「おいおい、天使さんは我が部員なので今更また誘わないでくれたまえよ!」
「わざわざ誘わなくても本の趣味が合う友だちからいいのさ。天使さん家の本屋とか面白いんだぜ。また気晴らしに話に付き合ってくれたら嬉しいんだけどな」
(友だち、か。まぁいいですけどっ)
正面きって言われると、ちょっと気恥ずかしく切なくなってしまう。
そう、池田先輩は古書店天使堂にちょくちょく本を買いにきてくれる常連さんなのだ。もう妙な力がバレているのなら、なんとかして助けてあげなくては。
「それにお前んとこの怪しい部と違って充分部員はいるからな。それより部活なんてのんびりしてて夏休み勉強しなくていいのかよ?」
「やってるさぁ、部の奴らと喋るのはいい気分転換になってるからいいんだよ」
「成績良い奴は余裕だね、俺なんて毎日塾に行ってても志望校A判定までさっぱりだぜ?」
何かあるんじゃないかと興味津々の大谷部長には申し訳ないのだが、明日改めて先輩の自宅に伺うことにして、今日のところはおばあちゃんが持たせてくれたお札を持っておいてください、と一枚渡しておいた。
この呪符は、持っているだけで少し魔除けの効果もあるらしいので、何も無いよりよいだろう。
祓ってもまた付き纏われているという事は、何か家に原因があるのではないかとふんだのだ。
◇
次の日、優里は初めて男子の実家に上がらせてもらう緊張感満々で、池田先輩の自宅にお邪魔した。学校に近い建て売りの一軒家だ。
呪符のお札を握りしめて寝たら大丈夫だった、と朝に連絡があったけれども、お札の文字が消えていると書いていたので効力はあったらしい。
何かしら力を発揮したら文字は消えるんだ、とおばあちゃんが言っていた。
今は祖母が継いで作っている、天使家に代々伝わるお札だけど、優里はまだ作り方を知らない。
チャイムを押そうと手を伸ばすと、後ろからクロがひょっこりと顔を出した。
「またクロさん何でここに!!」
「やぁ、奇遇だね。俺? 今日の仕事現場がここだから。優里ちゃんが先にいたからわざわざ誘いに行かなくてもいいかなって」
「ここ先輩の家なんだけど」
「そんな事知らねぇってば。鬼籍帳にはここだと指示があるんだもん」
などと玄関先でやり取りをしていると、ドアが開く。
「こんにちは。ごめんね、わざわざ」
池田先輩は、昨日より周囲にますますもやもやとした黒い霧が付き纏っているようだ。
(もしどえらいものが憑いていたら私じゃどうにもできないのだけれど、どうしようか。まさか、クロさんは先輩を殺しに来たんじゃ……)
「あれ、この銀髪のお兄さんは?」
「えーっと、私よりそういうのをよく知ってらっしゃるそのスジの有識者、です」
「どうも、スジもんの有識者です。うわぁ、きみ大丈夫? いるんだよね〜、そういう類に好かれる人。お気の毒だけど……」
「で、俺はいったいどんな感じ? やっぱり……」
優里とクロは、声を揃えて言う。
「残念ながら、なかなかのものが憑いてますねぇ……」
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