第3話〈1〉玉藻前
◆
北条千佳
十八歳/女子高生
下京区堀川高辻辺りの住宅街/十六時三十五分
原因:刺殺
憑き物/玉藻前
状態:健康体
◆
私は色々追い込まれていた。
進学校に通っているのだが、学力に見合わないせいでついていけない。
そして受験生だ。国公立に入らないといけないという親からのプレッシャーが凄い。
「千佳ちゃんが良い大学に入ってくれると嬉しいわ」
という言葉が呪いになっている。
昔から親の期待に応えなくては、という真面目一辺倒で生きてきたせいで、自分の首を締めているのは分かっているけれど今更変えられないし、自分の意思でもないので余計に勉強が辛い。
でも最近、そんな自分にも嬉しい事があった。
塾で好きな男子ができたのだ。
親にはこの時期そんな事、口が裂けても言えない。
いつも隣に座る、とても優しい人だ。
違う高校に通っているので塾でしか会う事はないけれど、帰る方角が同じなので駅まで一緒に帰ったり、そのついでにファミレスでお茶をする程度の仲だ。
きっと誰にでも優しい人なのだろうな、とも感じてモヤモヤしている。
今までまともに恋愛をしてこなかったので、自分にもこんな一面があるとは思わなかったのだけれど。
受験が終わったら告白したい。
そう思っていたけれど、気になってしょうがない。
勉強も手につかなくなってきた。
これが恋か。
「私だけに優しくしてくれないかしら…」
ある日、本屋で彼を見かけた。
彼と同じ制服の女子と仲良さそうに話している。
ああいう地味めで小柄な子が好みなのかしら。
何か悔しい。
ふつふつと、ドロドロで嫌な気持ちが心を蝕んでいくのがわかる。
「私だけ……」
『モット悪意ヲ溜メルガエエ……』
「なに? 誰??」
『ワシラハソウイウ負ノ感情ニ引キ寄セラレル存在……』
◇
『
池田先輩からそんな連絡があったのは、オカルト研究会に何となく入部した(させられた)数日後。
恐らくだけれども、祓った霊にまた纏わりつかれているのだろうか。
告白されちゃう?! みたいな展開ではないのは確かだと確信しているし、もはや期待もやましい気持ちも無い。
ただ、せっかく頼ってくれているのに既読スルーするわけにもいかず、午前中いつもの図書室で待ち合わせる事にしたので、
ちょっと早く着いてしまったので、こんな朝早く誰もいないであろうオカルト研究会の部室を覗いてみようと思い立つ。
旧校舎は、ただ取り壊されていないだけで不要なものが置かれていたりするだけかなぁと思っていたけれど、ぽつぽつと部活の部室に使われているようだ。
同じ階に美術部があったりして、好き勝手に汚してもOKなんだろう絵の具なんかが床に付着している。
一階の端の教室、一応ドアをノックする。
……
……。
反応がないので、誰もいないようだ。
引き手をスライドさせると、ギシギシと大層な音を立てて開いた。
鍵はかかっていないようだ。自分で開けておいてなんだが不用心。
改めてうろうろと見回す。
部室は理科準備室ぐらいの狭い小部屋で、マニアックな本や資料や城のジオラマ、謎の土偶みたいなフィギュアなんかが所狭しと好き勝手に置いてあって、皆の趣味全開おもちゃ箱のような部室だ。
本棚にも、すこぶる怪しい内容のものが並んでいる。
(京都異界探訪……)
目に止まった本を手に取り、ぱらぱらと捲ってみた。
(皆、クロさんの正体とか冥界の話なんか本当にあると知ったらびっくりするんだろうな、私も普通に考えたらびっくりだし)
当の優里は、霊や物の怪のそういう類が視えること自体が幼少期から当たり前に存在するものだと思って育っているせいで、そこは慣れというのか、さほど動じる事はない。
まぁ、こうやって興味がある人もいるもので。
でも知らない方が平穏に暮らせるのだから、視えないに越したことはないのに。
ましてや未だ、昔の物の怪本体の怨念の名残り〈残念体〉とか言っていたっけ? が、そこらじゅうに存在しているだなんて。
そういう事実を部の人たちに知られたら格好のネタ間違いなしだ。
お、とページを止める。
(深泥池、女の大蛇伝説……)
そういえばこの前、あの池で見た物の怪は蛇みたいだったなぁ等と思い出した。沼から女の人のようなものがずわわ〜っと。あそこには本当にこういう伝説があるんだ。
物の怪本体がいなくなってもなお〈残念体〉ってやつが未だに彷徨っているんだなぁ。
更にページを捲る。
(冥土通いの井戸、てこれクロさんがあっちと出入りしているって言ってたやつかも……)
これも本当に存在するのかと、つい読み耽っていると大谷部長がやってきて、優里が持っている本を見た。
「ご機嫌よう、天使さん。あ、そういうの興味ある?」
「こんちわ、あ、まぁ多少は……皆さんどんな本読んでるのかな〜、なんて。すみません勝手に部室のものをみて」
「何を謝るんだい、君は部員なんだから全然自由にいつ来てくれてもいいんだ。興味持ってくれて部長は嬉しいぞ。俺が朝イチの授業に来ててここに寄ったから鍵開けてたのさ。こんな趣味のいい本やグッズなんて盗む悪趣味な奴なんかいないから。あ、悪趣味って言っちゃった。今3年は夏休みでも自主的に受験勉強したい生徒のために、自由参加の特別授業があるんだよね、先生が質問に答えてくれんの」
「先輩、もしかして真面目なんですか……」
「おいおい失礼な。一応進学クラスだからね。何故怪しいこの部が先生に目をつけて来られなかったかというと、皆成績優秀な訳だからなんだぞっ」
「すいません、私学力はすこぶる普通で取り立てて何が得意とかもなく……」
「なぁに、天使さんは霊能力という凄い特技があるじゃないか」
「少しですよ、少し! ミジンコレベル!」
優里は大袈裟に手を振った。
「ちょっと霊感みたいなものがあるのかなぁって感じ? そんな物語の能力者みたいにお祓いできるわけでもないし、コンタクトできるわけでもないんです、皆が面白がるような事は何もないですよ、むしろ私がいる事で変なことに巻き込んじゃったらどうしようかって……」
「大丈夫大丈夫! 皆気のいい連中さ、嫌だったら天使さんをクラブに誘ったりしないぜ。そうそう、この本面白いだろ? あ、ここ、冥土通いの井戸のある寺、知ってる? わりと信憑性あるみたいでさ、こういうのおもしろいよね。ずっと住んでても知らない事だらけなんだよなぁ意外と」
「結構有名なんですか?」
大谷部長は本のそのページを指しながら説明する。
「世間的には有名なのかは知らん。どこまで一般人が認知しているのかがわからないからなぁ。普通の人と喋ってても、何その単語わからないって言われる事よくあるじゃん。え、そんな事も普通の人は知らないんだ、みたいな。切ないオタク特有の悲しみ。ちなみにこの古井戸についての逸話はね、昔、平安時代に昼は朝廷に仕える官僚が、夜は井戸を通って冥界に行き、閻魔大王の所で働いているって伝説があるってやつ。ロマンがあるよね〜。意外と身近に人間じゃない存在がいたりして……」
「はは、そぉ〜ですね、いるかもですね」
ついクロを思い浮かべて、ふふっとなってしまう。
「ところで、天使さんは何でまたこんな夏休みに。何か用事?」
「ちょっと呼び出されまして。文芸部の池田さんて知ってます?」
「同じクラスだから当然知ってるさ。何なら家が近い小学生からのツレ。あいつどうかした? そういえば祇園祭の時にも一緒にいたんだよね、彼氏とか? 銀髪の彼と二股? 見かけによらずなかなかやるねぇ天使さん」
「ち、ち、違いますって! 私は中学の文芸部だった時の先輩なんですけども、悩み相談に呼び出されちゃいまして、放っておけなくてですねという」
優里はオーバーに手を振って否定した。
「冗談だよ。なになに面白そうじゃん、俺もどうせもう帰るだけやし。一緒しても良いかな?」
まぁ、それぐらいなら。
そうか、池田先輩も朝授業に来ていたらしい。
優里は大谷部長と、待ち合わせの図書室へ向かった。
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