第2話〈3〉
夏休みの宿題のレポートの資料を探しに図書館に行く用があったのだが、それにかこつけてクーラーの効いた館内で、好きな本たちに囲まれる幸せに浸るのがたまらなく好きだった。
好みの本に出会うのを期待しながら探しているだけで、無心になれる。
古めかしい本の紙と印刷の匂いを嗅ぐだけでテンションが上がる。
これはデジタルでは補完しきれない感覚だ。
何時間も一人で居ていられるし、無料で現実逃避に色々な世界に連れて行ってくれる。
にしてもここ数日、本の物語を上回る色々な事があり過ぎて、でもちょっとワクワクしているのかもしれないという自分もいる。こんなことは生まれて初めての感覚だ。
例えば誰もいない立ち入り禁止の書庫にこっそり入って見つけた本を開いたら異世界転生しちゃいました、みたいな妄想にかられているのと同じワクワク感。
冥界の人と知り合いになって、そういう世界が本当にあるって想像すると無限に楽しめる。あっちはどんなところなんだろう。
(いやいやいや、ていうか冥界ってあの世じゃん、いずれ嫌でも行くのにさ、知らんけど)
入り口の横で、灼熱地獄と化した真昼の歩道をガラス越しに眺めつつ、キンキンに冷えた自販機のソーダを飲みながら、ぶるぶると首を振る。
(それにどうせあれよ、彼らの世界に深入りして変なのに巻き込まれたり取り憑かれたりしても誰も補償してくれないし……)
「おや、奇遇ですね、
振り向くと、先日会った羽柴が声をかけてきた。
「こ、こんにちは」
あまり普段成人男性と喋る事のない優里は、少々緊張の面持ちで挨拶をする。
ちょっと所用をね、スーツは暑いから嫌になるな、とブツブツ文句を言いながら手で顔を扇いだ。
そういえば、ここは彼が勤めている府庁の近くだった。
一人、女性を連れている。
「あなたがクロさんの助手をしている優里さんですか。羽柴の後輩の上杉雪子です。業務の補佐等をしています。私もおりますので何かあったら気軽に言ってくださいね」
黒髪ストレートを後ろにまとめた、眼鏡の大人しそうな女性だ。
きっちり着こなしたスーツが似合ってて素敵社会人だ。スーツを着ててもわかるスタイルの良さが羨ましい。
あ、私もれっきとした人間ですからね、と微笑む。
「俺もクロも武闘派じゃないんでね、悪霊を祓ったりなんてのはあまり得意じゃないんだけど、彼女はどっちもこなす、仕事がデキる後輩で助かるよ。おまけにセキュリティ課から移動してもらったからデジタル関連に強いときたもんだ」
いやいや、と上杉さんが手を横に振る。
「でもどっちもまだ中途半端ですよ。それだけが特技で採用されたものですから。私も昔からちょっと霊力のある体質なもので。先に帰ってますね、ちょっと別案件の準備があるので」
そう言うと、雪子は足早に去っていった。
「うちの部署は霊障事件、いわゆる悪霊が悪さしているんじゃないのかっていう案件を調査するのに手伝いに行かされる事もあるんですよ。今日はこの図書館の古い書庫の方でそういうのが出るっていう通報があってその調査にね」
「へぇ、大変ですねぇ」
(そうか、そんな特技を生かしたの就職先もあるのか……)
「上杉さん美人だよねぇ、よくみるとスタイル良……」
「ぎゃ!!!」
突然耳元でクロの声がして、思わず大声を出してしまった。
ここは図書館と我に返って慌てて口をつぐみ、小声になる。
「いっ、いつも出てくるのが唐突でびっくりするから、こま、困るんですけど!」
「まぁまぁ。羽柴さんの用事を手伝ってて終わった所だったんだけど優里ちゃんがいるなって。何だろう、いちいち反応が面白いからちょっかい出したくなるんだよね。せっかくなんで一緒に帰ろっか」
「面白いって、いたって普通です。私は別に何も面白くない人間ですしただ平穏に暮らしたいだけなんです……? 帰るって私の家に?」
「他にどこがあるんさ。わらび餅を大量に作ったから食べにくるかって千代さんに連絡もらった。俺、今暇だもん。死神家業ったって基本平和な娑婆は、わりと暇なのさ。まぁだからこうやって駆り出される訳なんだけど」
「よくわかんないけどちょっと待って、とりあえず本借りてきます。その前に学校に忘れ物したから取りに行くんだけどいいですか?」
優里は急ぎカウンターに、借りようとしている本を持って向かった。
クロは、はーいと手をひらひら振りつつ窓の外に目をやると、黒いもやもやとした黒い霧のようなものが無数に通り過ぎるのが見えた。
「羽柴さん、気づいてる? 悪霊が街に多くなってきているの。最近やたら邪魔してくんだよね。お盆が近いからだと思うけど今年は量が多いみたいだ」
「うすうすは。まぁ調べておくわ。にしても彼女、見たところ潜在能力が高そうだけど危険だからあまり無茶な案件は連れていくなよ。お前が巻き込んで何かあってからじゃ知らんぞ。しかし昔から人間に干渉するのを嫌うお前が、女子高生と行動しているのが不思議なんだが、気まぐれかい?」
「さぁね、どうだろう?」
◇
うっかり宿題に必要な教科書を忘れてしまったので、そのついでに図書館に寄ったのだった。
学校は特に立ち入り禁止というわけでもなく、生徒は夏休み中でも自由に出入り出来て、けっこう部活で来ている人が多い。素早く教室まで行くと教科書をしまって廊下に出る。
「へぇ、部活が盛んな高校なんだ。優里ちゃんは部活入ってないんだ?」
「うん、強制じゃないし、特にやりたい事もないから」
図書室の前を通りがかる。
(そっか、文芸部……見学に行ったっきりだったな)
などと思っていると、ガシッと誰かに後ろから腕を掴まれた。
「
(わ、隣の特進クラスの毛利さん!)
背の高い、黒髪ミディアムヘアの知的風女子である。無論、見た目に違わず定期テストの成績もいつも上位の常連組だから、喋った事は無いけれど毛利加奈の名前と顔は知っている。
そんな人が私なんかに何の用だろう……。
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