第2話〈1〉死神のお仕事
「
「ちょ、こんな所に呼びに来なくても! てか部外者は学校に入っちゃ駄目なんです!」
あれから二日後、夏休み前最後の授業を終えて図書室に本を借りて戻り、教室を出ようとしていたところ、クロはやって来た。
いつまた現れるのだろうか、と優里は少しソワソワしていたのだ。
(ん? すでに当然みたいな顔で下の名前呼びですか?! まだ親しくもないのに?!?)
「仕事って
同じく教室を出ようとしていたクラスメイトの女子が、肘で優里を突っつきながらキャッキャと話しかけてくる。
すこぶる地味な優里とは一緒にいなさそうなタイプの男性と知り合いというのが珍しいのだろう。普段なら話さないコミュ力高めでスクールカースト上位にいる陽キャな女子たち三人が集まってきた。
「天使さんバイトとか意外〜。別にバイト禁止じゃないし? アタシも夏休み何か探そっかなぁ、まだ進路とか受験とか関係無いうちに」
「これはあの、ちょっと説明し難い事情が……へへ」
優里の心配をよそに、クロはにこにこしながらクラスメイトに話しかける。
「優里ちゃんのご学友かな? よろしくね、俺……もご」
あわぁああぁぁっと秒速で口を塞いで遮る。
余計な事を言われると面倒くさいのである。
「ちょっとした知り合いのね、そのあれなの。ちょっとバンドやってて銀髪とかで浮世離れしてるだけやし、無関係なのにこんな所に入ってきちゃってさぁ。あはは」
どう説明していいかわからないので、じゃあまた新学期、とそそくさと教室を後にする。
周りを見回すと、別の女子たちがこちらを見ている。どうやらこの風貌は目立つらしい。
褒められて嬉しいのか、変わらずにこにこ笑顔をふりまきながら女子たちに手を振っている。
「先生に見つかったらどうすんですか!」
「優里ちゃんは心配性だなぁ」
とりあえずコートの裾をぐいぐい引っ張って、足早に校舎の外に出た。
◇
早速、案件の現場に向かうべく、校門から近いバス停で待つ。
俺一人だと飛んでいけるけれど、人を抱えて移動するのは存外力がいるのだよ(失礼な)というので、市バスで向かうところだ。
優里の通う堀田高校は、市街地より少し右に位置する住宅街が多い地区の大通り沿いに位置する。目的地に行くには繁華街に出てから北に行くバスに乗り換えとなる。
「俺、バンドなんてしてないんだけどな……」
彼は真面目な顔で否定しているのだが、いまいち本気なんだかボケなのか掴めない。
「ほら、クロさんの事、説明しづらいから」
「わかってるって。それはそうと懐かしいね、学校って雰囲気。一応大学行ってたからさ」
「どんな勉強をしてたの?」
(ちょっとぐらい過去を聞いても大丈夫かな…)
「医術を学んでたんだぜ。凄いだろう」
えっへん、とドヤ顔。どこまで本当の事を言っているのだろう、まぁとりあえず信じてあげてもいいですけど。
「そういえば、皆にもクロさんは視えるんだ。私とかおばあちゃんにしか視えないのかなぁって。幽霊みたいなものだって言ってたから」
「うん、今は普通の人間の目に視えるように魂の出力をあげているから。普段こっちでは人間には視えないように慎ましく過ごしてるんだけどさ。ところでホストクラブって何の部活だっけ……」
「よ、余計なことはいいのです! 気になるなら調べたらいいじゃない。流行はチェックしてるんでしょ?」
「優里ちゃんよ、大体普通の人間が出来ることは俺もできるつもりだ」
クロは、深刻な顔でこちらを見た。
「世の中には不可能な事がある。頑張って現代のトレンドを取り入れようとしているんだけどね、目下の悲しみは生身じゃないからスマホが使えないのだよ……」
「マジっすか、ウケるんですけど」
「水分が無い存在の俺はタッチパネルとやらの静電気に通電しないから、スマホとやらが反応しないんだなぁ… どうしよっかな、でももう絶滅しちゃうんだよね、ガラケー……」
悲しい顔でうなだれる。
なるほど、だから未だボタンのあるガラケー仕様の携帯電話を持っているのか。霊の身はそれなりに色々苦労があるようだ。
◇
ほどなく、
鞍馬方面に抜ける街道沿いある、周囲一・五キロの小さい池だ。
ざわざわと、木の陰なんかに色々いる気配がするけども、何もしてこないから大丈夫のようだ。
今までの経験だと霊たちに、この人は〈視える〉のだと認識されたら、寂しいのか構って欲しいのか、寄ってくるケースが多い。
ひとくちに霊といっても、人間や動物が亡くなって成仏し損なった、そのままの魂が彷徨っているものもあれば、この世に未練がある者の感情の残りだとか悪意みたいなものが存在を成して彷徨っている悪霊と呼ばれるようなものもあり、様々で。
この前にクロさんが言っていた、昔に存在した物の怪の怨念の名残り的な〈残念体〉も含め、そういうものはこの世に結構存在しているようだ。
一概には説明できないけれど、そういうものが力を持って私たちに干渉して悪さをしてくるものは、まとめて悪霊というカテゴリに分類されるのだろう。
「あのさ、飛び降りたりとかさ……死んじゃうところを毎回目撃しなくちゃいけないってこと? ちょっとそういうのは苦手なんですけど…」
「それは大丈夫、そんな事になったら契約者の献体から綺麗なまま貰えなくなっちゃうでしょ。だから時間を寸止めして俺が直談判して綺麗に引導を渡してんの。あ、あとわざわざ結界で覆い隠して別空間を作って遮るのは、念のため他の人間に見えないように隠すためでもあるのね」
淡々と説明しつつ、眼鏡を取り出して今日のリストが掲載されているらしき例の少し厚めの帳面を確認している。ノートサイズで背幅は3センチ位の和綴じ本だろうか。
初めて出会った時にも持っていたものだ。
「いやー、最近手元の細かい文字が視えづらくって困っちゃうよね、ハハハ。最近つっても十年位前からだけど」
「……それただの老眼っていうんですよ」
……優里は好奇心でそわそわしながら覗き込む。
「その帳面、ちょっと見せてもらっても大丈夫?」
「ああ、鬼籍帳のこと? どうぞ、見ても面白くないと思うけど… 」
ほい、と手渡してくれた。
日毎のスケジュール帳みたいになっているページを捲ると、今日の日付に栞が挟んである。
◆
本多博之
四十五歳/会社員
深泥池のほとり/十九時二十五分
原因/睡眠薬の多量服用
憑き物/大蛇
状態/健康体
備考/仕事も家庭も上手く行っていない。
金銭トラブル有り。
部下の女性と不倫関係の末退社、現在無職。
◆
そこには契約対象者となる者の必要最低限の情報と、証明写真のようなものが明記されていた。
「契約対象者に当たる人間が発生すると、上司が持っている鬼籍帳に書き込まれる事になってんだ。それは俺が持たされているこれと連動してて、それを確認して契約を取りに行くのさ」
「へぇ、じゃあこの本は冥界に繋がっているのかぁ」
「そ。こっちでいう〈わいふぁい〉みたいな特別なもんで繋がってるらしい。ただこのシステムになったのがここ最近でさー、めっちゃ脆弱なんだよ、ハッキングとかされ放題かもしんないって強化しようとしてるみたいだけど。まぁ昔は指示が入れば直接聞いていたんだけどね。ちなみに人選はランダム。霊力の高い者はわりかし選ばれやすいらしいよ、色々適合しやすいみたい」
「なるほど。やっぱりわかってたら事前に助けたりとかは……しないの?」
「しない。そんなん関係無い。例えば今回みたいに金銭でトラブっててもあげるわけにもいかないっしょ。そもそも、いちいち感情移入してたら仕事にならないっつーの。取り憑かれているとはいえ死にたがっている人がいる。でもそれ以上に生きたいと頑張っている人がいっぱいて救われる人がいるんだ、悪い事だとは思わない。うぃんうぃんって奴じゃないの? 俺は指示があれば仕事をするだけさ」
そうだった、この人は死神なのであった。
同情とかかわいそうとか、そういう感情は持ち合わせていないらしい。
「ところでこの人、大蛇が憑いてるって書いてあるけれど、そんなおっかないのを祓うとかやった事ないんだけど。私なんかが手伝えるものなのかな……」
祖母がたくさん用意して持たせてくれた、悪霊や物の怪封じの魔除けのお札を数枚手に持って、残りはすぐに取り出せるようにリュックの前ポケットに入れ直した。
物の怪や悪霊に貼ると、動きを封じる効果があるらしい。
代々伝わる呪符だそうで、今は祖母が書いて作っている。
いざという時のために、昔からお守りとして持たせてくれているものだ。
「無理しないでね、危なくなったり怖くなったら俺を放って逃げてもいいから」
「いえ、少々のそういうのは昔から慣れてるので、大丈夫です……」
相変わらず、我ながら可愛げがない。
「あとさ、気になってたんだけど」
シー、とクロの冷たい人差し指が優里の口に触れる。
「私なんかがって言っちゃダメだよ、約束。言霊っていって口に出すと存外、呪いになるからね」
「うっ……うん」
「よし、いい子」
◇
ほどなくして、遠くに車の音が聞こえてきた。
「お、着たみたい。今日は男性、十九時二十五分、時間通りだ」
ちょっと怖くなって、優里はクロの後ろに隠れる。
詳しい事情はわからないけれども、追い詰められた人間なのだ。説明してくれたように弱っている心には、ウイルスや病気と同じように悪霊や物の怪がつけ込んで取り憑いてしまうんだな。
視界に軽自動車が現れ、憔悴しきった顔のスーツの男が車から降り、池のほとりまで歩いてくる。
よく見ると、物の怪が男性に巻き付かれている。首から下は蛇の格好をしている女の物の怪だ。
それはズルズルと、男を池に引き摺り込もうとしていた。
残留思念は特に液体を好むらしい。アレの名所が断崖絶壁だったり、湖や池の水辺なのもそのせいだという。
池に足が入るか入らないかの状態で、淵で止まった後、男鞄から睡眠薬らしきものを取り出した。
「さぁそろそろかな、一応、結界を張るよ」
男性が大量の薬を口に入れようとする瞬間。
クロがコートを翻し、空に放り投げた。
刹那、時がスローになる。前にビルの屋上で体験した感覚だ。
「――おいおい、大量の薬は体に良くないなぁ」
「あ、あんたら何なんだよ!?」
クロと同時に飛び出した優里は、ヌルヌルして気味悪いな〜と思いながらもぐぐぐ、と男性に巻きつく物の怪をひっぺがす。女の顔をした大蛇の物の怪が怒ってこちらを向いてゆっくり襲いかかってきた。
「ちょっとごめんなさい!」
ぺし! とおばあちゃんからもらったお札を額に貼り付ける。
物の怪は動かなくなる。
やがて、ズズズと池の底へ沈んで見えなくなってしまった。
「サンキュ、優里ちゃん」
目の前の男性に、クロはいつもの如く手身近に説明し、問う。
「君は、契約する? しない?」
「それで地獄に堕なくて済むのなら……」
「OK! 契約締結だね」
手早く契約のサインを取ると、男性の頸動脈を鮮やかに小さいナイフで刺して終わらせる。
少し抵抗があって、ユウは目を瞑った。
「では、良き来世を――」
目を開けた時には、もう結界は解除されていた。
池の水面が緩々と揺れている。
「これで確実に痛みもなく終わらせる。まぁ、こんな感じだから見た人には死神って言われるんだけどね」
目を合わせずナイフをサッと拭いてしまいながらクロが言う。
もう何百何千人と、その動作をやってきたのだろう手慣れた手つきで。
西洋の本では、死神は大きな鎌を持っているんだよね、とも思った。
冷たい月明かりの逆光が彼の影を映す。
一段とこの世の者ではない感が増している。
「改めてみると、俺が怖くなった?」
「怖い……怖いのかな……それよりこの人は色々致し方ない事情があって、とか考えたらめっちゃ悲しくなっちゃった…」
一応、ご遺体に手を合わす。
どういうわけか、悲しいような無力感のようなよくわからない感情が湧き出てきて、ポロポロと涙が溢れた。
クロは頭をぽん、と撫でてくれた。
「俺は、そういう悲しい感情がもうよくわからないな」
無表情。
常にこんな顔で淡々と仕事をこなしてきているのだろう。
きっと生きていた時に何か嫌な事があって、感情を失くしてしまっているんだろうか。
「おいクロ、終わったらすぐ連絡しろつったろ!」
ほどなく背後で男性の声がした。
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