忘却日記

@tnk1246

第1話夢の始まり、そして出会い。

朝目覚めたら、泣いていた。

最近、よく夢を見る。

その夢では決まってある女の子が現れる。

そしてその子は理不尽な暴力を受け、自殺する。

俺はそれをぼーっと眺めている。

救おうとしても、体が動かない。女の子が暴力に殺される様をただ眺めている。

俺は軽い恐怖心を抱いていた。

何故、受けたこともない"虐め"や"虐待"の現場を鮮明に描写できるのか。

何故、見ず知らずの他人が毎度の如く出てくるのか。

何故、暴力を傍観し、見殺しにしたにもかかわらず俺は泣いているのか。

その全てが理解不能だった。でも、何故か俺はその理由を知らないことに悲しさを覚えていた。

俺は涙を拭きながら、布団から出て朝食の準備をした

食パン1枚にバターを少々。

多忙な大学生活を送る俺にとって、手軽に朝食をこなす事は命だ。

今は夏休みで学校は無いが、すっかり習慣化していた。

パンを焼いている間、俺は夢について考えていた。

あの夢を初めて見たのは1か月前。それから毎日、似たような夢を見続けては、泣きながら起きていた。

「やっぱり謎だな。」

そう言うと同時に、パンの焼き終わりを告げる音がした。

パンを食べながら再び夢について考える。

どうすれば夢を終わらせられるのだろうか。

「考えられるとすればあの子を助けることくらい...?」

これが第一に考えつくものだが、それはあまりに困難だった。

夢の世界で俺は、子指1本どころか、表情筋のひとつも動かすことが出来なかった。そんな世界でどうやったら救えるのだろう。

考えれば考えるほど謎めいていく。

そしてこの夢にはもう1つの大きな謎があった。

何故見ず知らずの人が登場するのか。

通常俺の夢には、知り合いや家族や自分など、俺の記憶の中にいる人しか出てこない。急に見覚えのない人が、それも連続で出てくるのはあまりに不自然であった。

およそ10分ほどで食パン2枚を平らげ、俺は外出の準備を始めた。

朝7:50。

俺は半袖短パンと、実に夏らしい格好で玄関の扉を開けた。

鍵を閉め、足早にアパートから出ていこうとした。

すると、大家さんから話しかけられた。

「あれ、田中くんじゃないか。珍しいね、こんな朝早くから。」

「まあずっと家の中じゃ健康的じゃないですからね。」

俺は適度な笑みを浮かべながらそう答えた。

「急で悪いんだけど、今日田中くんの隣に引っ越してくる人が居るんだよ。」

「隣にですか?」

ここに引っ越してから約2年間、隣の部屋はずっと空室だった。

「こんな時期にとは珍しいですね。」

「珍しいなとは思ったんだけど、なんでも大学を休学して日本中を巡ってるらしくてね。」

俺は驚きと感心の表情を浮かべた。

大学を休学して旅。俺もやってみたいとは思ったことがあったが、そこまでの行動力がなかった。俺は微かな劣等感を抱いた。

「大学生でですか、立派ですね。」

「確か田中くんと同い年だったかな。仲良くしてあげてね。」

「はい。」

再び笑みを浮かべ、その場から去った。

「んーお隣さんか。」

俺は昔から人付き合いが苦手だった。上手くご近所付き合いできるだろうか。そうひっそりと不安に思っていた。

俺は今図書館に向かっていた。

大学の課題の調べ物と、そして主に夢について調べるためだった。

こんなにも夢になり続けるあの子は一体誰なのだろう。

しかし、夢でしか見れないあの子について調べるのは、ほとんど不可能に近かった。

とはいえ手がかりはあるかもしれない。

俺は歩くスピードを少しだけ早めた。

それから少し時間は経ち、大学の課題については概ね終わっていた。そしてここからが本題、夢についての調べ物だ。

俺はまずカウンターに向かった。

「あの、夢についての本ってありますか?」

「夢について...ですか?」

カウンターで対応してくれた女性が不思議そうな表情を浮かべた。

「少々お待ちください。」

そう言って女性はパソコンで調べ始めた。

そうそうこんな調べ物をする人は居ないだろうから、不思議がるのも無理は無い。俺はそう思い、少し恥ずかしくなった。

「では、ご案内致します。」

「はい。」

夢について。また、脳について書かれている本がある所には、他の場所よりも空気が重かった。

「こちらになります。」

「ありがとうございます。」

ぺこりとお辞儀をして女性は去っていった。

見る限り頭の良さそうな人しかいない。一般の大学生が来るところではないのではないかと、場違い感を感じつつ、俺は本を探し始めた。

(早く終わらせよう。)

俺は急いで本を探し始めた。

結局、3冊の本を取ってきた。

『夢を見る仕組み』

『夢』

『夢を見る時脳はどうなっているのか』

3冊ともタイトルが簡単そうだったから選んだのだが、どの本も2ページ目で早くも脱落した。

見通しが甘かった。ここは俺が来る場所ではなかったのだと、やや後悔しながら本を戻した。そして、そのまま図書館を後にした。

帰り道、真夏の日差しの中を歩いていた。

一体いつまで続くのだろうか。

そんな事を考えていると、アパートに着いた。

2階に上がり、自室の鍵を取りだした。

鍵を開け、中に入ろうかと言う時、隣の部屋の扉が開いた。

ガチャ

隣に越してきたであろう女性が出てきた。

彼女を見て、俺は背筋が凍った。全身の毛が逆立つという感覚を、俺は今初めて知った。

「こ...こんばんは。」

笑みを浮かべながら言うが、その笑みはひどくぎこちなかった。

「こんばんは。隣に越してきた、黒川絵里と申します。」

彼女はそう言ってぺこりとお辞儀をする。

「田中修二です...。」

自己紹介をしたその声は上ずっていた。

俺は早く部屋に戻りたかった。今ある子の異変に気づかれて不審に思われるのが怖かった。

「たしか、同じ大学生でしたよね。」

「ええ、あなたもでしたよね?」

額を冷ややかな汗が流れた。

「大家さんから色々聞きました。ここには約1ヶ月ほど滞在する予定ですので、よろしくお願いします。」

「よろしく...お願いします。」

緊張で上手くお辞儀が出来なかった。

「では、失礼します。」

俺は彼女が出ていくのを眺めていた。

この時、俺は少し違和感を覚えた。

扉を開けて、早足で部屋に戻った。

まだ心臓が大きく脈打っている。そして、全身に流れる冷たい血液は、一向に温まる気配がなかった。

俺はひどく興奮していた。

この夢に、終止符を打てる可能性が今芽生えた。

彼女こそが、夢に出てきた女の子だった。

彼女は、夢の中だけの存在じゃなかった。現実を生きる存在だった。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

忘却日記 @tnk1246

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る