第10話 ぼくのテリトリー
ぼくはシーフの訓練を始めた。ヨミの話ではシーフに必要なのは、罠の感知と解除、モンスターの気配察知、最適ルートの選択、退路の確保。
罠は今も拠点の周囲に、毎日仕掛けている。拠点の近くならどこに仕掛ければいいかはわかっている。動物もモンスターも、通りやすい場所を通る。魚も同じだ。
罠を仕掛けるのは、村にいた4歳ころからやっているので得意だ。落とし穴、木の枝を組み合わせた箱罠、木の枝をしなわせてロープでつるすくくり罠、魚を捕まえる筌が僕の使える罠の総てだ。みんな父から教わった。
でも他人の仕掛けた罠を発見するような経験はなかった。ダンジョンに入って経験を積むしか、罠感知を鍛える方法はないのかもしれない。
気配察知か。ぼくは2年間以上、時間にしたら7000時間以上、気配察知の訓練をしていた。毎晩寝ずにモンスターを警戒をしていたのだ。ヨミは実践で気配察知を続けていれば、いつかはスキル化すると言ってくれている。
ドミニカが僕に教えてくれたのは、精神を集中して気配遮断し、気配を察知することだった。実際は焚火でモンスター除けの薬草を燃やしていたから、ほとんどモンスターなんか来なかった。それにあれは単純な気配察知だけの訓練ではなかった。
今も寝る前2時間、この精神集中は続けている。これがいつか報われるといいなと思う。何かスキルが発現するような気がする。もしそうなったらそのスキルはドミニカからの贈り物だ。
最適ルートの選択や退路の確保は、地図の作成ができないとだめだ。ぼくは拠点の周辺は良く知っている。第2拠点までは行ける。でも地図を描けるわけじゃなかった。
ヨミはぼくに拠点から第2拠点へ行く地図を描かせた。
「ジガリ、まず北を上にすること」
「北って何?」
「そこからかい」
ヨミはコンパスを購入してくれた。東は太陽の昇る方角。西は沈む方角。お昼に太陽のあるのが南、その反対が北。まずそれを覚えた。
地図を北を上にして描く。ぼくが覚えていたのは、目印の順番だけだった。方角も距離もあいまい。
だから歩きながら、歩測で距離を測り、ヨミに北がどちらかを教えてもらいながら、何とか大雑把な地図を描いた。何枚も大雑把な地図を描きながら、拠点と第2拠点を中心とするぼくのテリトリーを巡回した。
そうぼくのテリトリーだ。ぼくの支配地域。ぼくの王国だ。人間は、今はぼく一人だが、けっこう広い。
ヨミはぼくをその支配地域の外に連れ出し、そこから手助け無しで、一人で帰ってくる訓練を始めた。
ここは見知らぬ場所だ。途中からヨミはぼくを目隠ししたので、どこにいるか全くわからない。
角ウサギを発見。向こうもこっちを見ている。目が合うと、角ウサギの目が赤くなる。怒っている。ぼくはレイピアを抜いて待ち受ける。角ウサギの攻撃は直線だから、できるだけ引き付けて、跳んで横にそれる。
タイミングを間違うと方向転換されたり、角で傷つけられる。ぼくはもう角ウサギなら慣れている。ぎりぎりで横にずれて、レイピアで突く。
木にかけて血抜きする。そこまでの手順は良かったのだが、方向感覚を失った。曇りで太陽の位置もはっきりとは分からない。
降参だ。ヨミに頼んでコンパスで北を教えてもらう。一休みして地形を確認する。
「落ち着け、自分」
耳を澄ますと川の水音が聞こえる。水の臭いもする。慌てない。僕の支配領域に川は一つしかない。拠点に帰るには川沿いに行けばよい少しあるいて川原に出た。そこで火を熾して昼食にする。
ドミニカと暮らしていた時は昼は食べていなかった。ヨミは体を作るには昼を食べるように言ってくる。だからさっきとった角ウサギを、解体し肉をとる。
ウッドストーブにペレットを入れ、鉄のマグにお湯を沸かして、肉と山菜を入れる。塩で味付けして簡単なスープの出来上がりだ。その間も気配を探るのは忘れない。
実はこの時、僕はまだ迷っていた。ここから上流に向かえばいいのか。それとも下流に向かうべきか。勘では上流に拠点があると思う。でも確信がない。
昼食後、僕が取り出したのは1メートル四方の木枠。ヨミから与えられた課題の一つ。草原に群落があると、この木枠をおいて、この内部にどんな植物が何株あるか数える。
河原から10メートル離れたところに紫の花の群落がある。そこの上に木枠を置く。この紫の花の群落には必ず白い花が混じっている。南へ行くほど白い花が増えることは以前の経験からわかっていた。
紫の花が6に対して白い花が4。拠点近くより白い花が多く、ここは多分川の下流だと分かった。そう思って河原の石を見れば少し小粒な気がする。
こうして僕は無事拠点に着くことができた。そして今までの地図の南、地図上の下側に、少しだけ僕のテリトリーを増やす。
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