第6話 手紙
ドミニカの墓は作らない。ぼくはそう決めた。
ドミニカには墓は似合わない。ああドミニカ。ぼくの手のひらはまだ生々しく覚えている。湯から上がったばかりの、まだ火照った肌の手触り。その肌に良い匂いの香油を手ですり込んだ。その思い出で十分だった。
手紙がある。
「ジガリへ。あんた運がいいわ」
ぼくはドミニカの声をたまにしか聞いたことがない。女にしては少し低いドミニカの声は忘れられない。手紙を読むと、その声が聞こえてくる。
「この手紙を読んでいるということは、私はやられちゃったということね。私のものはすべてあなたに奪ってほしい。私を殺したものに、私のものを奪われないようにして。復讐なんて考えてはいないわよね。ジガリ。もし考えたとしても、私を殺したものをあなたが殺せるわけがないからね」
ぼくにはドミニカを殺した者への憎しみはない。それは前から決まっていたことのような気がする。
「私の宝物庫があるの。場所はアーノルドの滝の裏。洞窟の中」
そういえばドミニカは10日以上拠点を留守にしたことが何回かある。もし宝物庫へ行っていたのだとしたら、そこは片道5日くらいの場所だ。
「宝物庫にたどり着くためにはミノタウロスのダンジョンを踏破しなければならないの。ミノタウロスのダンジョンも宝物の一部なんだけど、でもジガリには手ごわいかもね」
ドミニカの宝物庫か。どんな素晴らしいものがあるのか。見当がつかない。拠点の倉庫にあったものだけでも、1000万チコリを超えている。ぼくはこんなに金を持つ器ではない。もういらない。これ以上金を持ったら何か悪いことが起きそうだ。
「お願いよ。ジガリ。あなたにとっても悪いことじゃない」
そう手紙は終わっていた。宝物は欲しくない。しかしドミニカの最初で最後のお願いを無視する気にもなれなかった。
とりあえず宝物庫を探すことにした。探すだけだ。見つけても見つけられなくても、その先はその時考えればいい。ぼくはまだ新しい装備に慣れていない。ヨミとキラキラとの連携も必要だし。ここでいろいろ慣れておくのは、ぼくにとっていいかもしれない。
アーノルドの滝か。おおよその見当はつく。ここのきれいな川の上流以外にはない。上流はいくつかに分かれていると聞いている。その流れを上流に、1つ1つ確かめていけばいい。急ぐことは何もない。
「ヨミ、ぼくはしばらくここにとどまって、ドミニカの宝物庫を探すことにした」
「はい。賛成。宝物庫のある場所は手紙に書いてあったのかな」
「アーノルドの滝の裏の洞窟だって。それで途中にミノタウロスのダンジョンがあるから、そのダンジョンを踏破しないとならないらしい」
「滝があるということは、断崖があるということだね。北に大竜骨山脈があるので、その途中の断崖ということか」
「ヨミは地図に詳しいの?」
「少しは知っている。地図のことは。でもここの地理に詳しいわけじゃない。知っているのは大雑把なこの世界の見取り図だけだよ」
「ぼくは何も知らないから、いろいろ教えてもらいたい。頼むね」
「教えることは好きなんだ」
「ミノタウロスダンジョンについて、何か知っていることはある」
「ボスがミノタウロスだろうなとは想像がつくけどね」
「ミノタウロスは強い?」
「牛のモンスターで迷宮に住んでいると言われている。この迷宮は世界最古の迷宮で、今のダンジョンの起源だそうだ。古くからいるモンスターなので、相当強いだろうな」
「ばくは勝てるかな」
「ドミニカの遺産は1千万チコリ以上。それをつぎ込めば私たちのチームもかなり強化できる」
「それじゃ、それを全部つぎ込んで強くなろう」
「ダンジョントレードで武器でもスキルでもなんでも買えるが、それだけでは本当に強くはなれないと思う」
「どうすればいいかな」
「マスターはどんな風になりたい?」
「わからない。ただドミニカから教えてもらった気配察知の訓練は続けていきたい。それに今までやってきた薬草採取や罠の設置はもっとうまくなりたい」
「冒険者としてはシーフのような感じだね。シーフの仕事の中には偵察もあるので、宝物庫探しはちょうどいい。それに途中に罠の設置や、薬草採取もしていこうか」
「それでミノタウロスに勝てる?」
「攻撃役がキラキラだけだと、力不足だね。ジガリも戦う必要がある」
「ぼくは強くはなりたくない。仲間も増やしたくない。ヨミは攻撃できないの?」
「支援するだけしかできない」
「宝物庫は見つからなければそれでいいし。ミノタウロスダンジョンのモンスターを倒せなければ、諦めよう」
「それでいいのか」
「ぼくは思い出だけでいいんだ」
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