第3話 最弱の仲間たち

「解放か」


 嬉しさはさほどない。むしろ不安だ。


「ぼくはまだお頭、いやドミニカに魅了されている?」


 いや、もうぼくはお頭に魅了されてはいない。死体は、死体になっても美しかったが、それでもただの死体だった。そう見ることを教えてくれたのはドミニカだったかもしれない。


 でもぼくの手はドミニカの肉体の、あの手触りを忘れることはないだろう。柔らかくはなく、むしろ引き締まった、そしてすべすべだったあの女性の身体。


 明日の朝、死体は採石場の拠点に運ぶつもりだ。身につけたものは最後の下着までぼくのものにして、お金に替える。それがお頭の、ドミニカの流儀だった。


 荷車は巨木の根元、1階に封印してある。俺は洞の2階部分のベッドに寝る。毛布を掛けるとドミニカの香油の臭いがほのかにする。今夜はここで過ごす。


「どこへ逃げるかは、明日考える」


 意外と眠れた。翌朝、鳥のさえずりで目を覚ました。


 もう水汲みはいらない。あれはドミニクの入浴のための水だった。何をすればいいのか、分からなかった。ぼくはもう世界に必要とされていない。


 朝の日の光が横から射している。その角度だから気が付いたのか。


「何かいる」


 その光の中に、かすかな気配に気づいた。ベッドの足元のほうの巨木の洞の壁。


 陰になっている。高さ1メートルくらい。その陰に俺はナイフを構えてそっと近づく。壁の向こうに、確かに誰かいる。心臓がバクバクする。


 普通なら気が付かない少しの暗がり。その奥に何か隠れている。悪意ある存在なら殺す。できれば何も殺したくないけれど。


 息を殺し、陰に近寄る。気配に変わりはない。数を数えて心を落ち着かせ、陰に一歩だけ踏み込む。そこに隠された空間があった。


 ナイフを突き出し、突入する。ほの暗い、湿り気のある空間。生命の臭いもある。


 鋭い火弾が死角から飛んでくる。ナイフをふるう。ぎりぎりで火弾を跳ね上げる。 その火の玉はボンという音を立てて自爆した。まともに受けたら、死んでいた。


 ここはダンジョンだと直感する。おそらくまだ若い。世界には無数の野良ダンジョンが生まれては消える。ぼくはダンジョンに出会うのははじめてだ。


「危険だ」


 と父は言っていた。汗ばんでいるのが分かる。


 今の火弾はモンスターだ。警戒しながらジガリは奥に進む。ダンジョンなら下に降りる階段があるはずだ。


 何かから心に語り掛けられる。驚いて、固まる。念話というものか。落ち着け自分。


「降参だ。私を破壊してくれ」


 ぼくは勝った。ほっとした。少し落ち着く。


「君はダンジョンコアなの?」


 ダンジョンコアを破壊すれば、ダンジョンは消滅する。ダンジョンの持っているお宝はぼくのものになる。奪い尽くせというのがドミニカの教えだ。


「そう、もう消滅するところなんだ」


「ダンジョンを破壊したら、お宝が手に入るんじゃなかったかな」


「ずっとここに隠れていただけなので、とても貧乏で何にもないんだ。悪いけど」


「殺すのは好きじゃない。何かできない?」


「モンスターの死体を吸収するくらいかな。できること」

  

「人間の死体を吸収してお金に換えられる?」


「できる。君がダンジョンマスターになってくれれば」


 ぼくはダンジョンマスターになった。死体をはじめ、ここにあるすべてをダンジョンに吸収してもらった。


 奪い尽くせというドミニカの教え。それを実現するのにちょうど良かった。見知らぬ9歳の子供から、不審なものを買い取ってくれる商人などいない。いたとしたら悪い人だ。


「君は女なの?」


「女のほうが良ければ女だけど」


「人間の姿になれる?」


「まだレベルが低くて人化はできないんだ。それに性奴隷にするなら、モンスターの可愛いのを用意できる。例えばキラキラ、さっきのキツネ火、あれは女だから、成長したら結構美人かもしれない」


 性奴隷の意味が分からない。ともかく奴隷が欲しいわけじゃない。ぼくは誰かとつながるなら、対等のほうがいいと思っただけだ。人間の姿のほうがなじんでいるし。


「まず死体は売ってお金にして。それ以外は売ったらいくらになるか、教えて」


 髪の毛が結構いいお金になるので売った。ドミニカの青い髪はきれいだった。感傷なんかない。あってはいけない。


 防具は革鎧や脛当、短袴など。武器はレイピアだ。レイピアは細剣。ぼくにも持てる。


 靴は売る。ぼくは裸足でいい。他には服と下着。


「服や下着はぼくには着れないし」


「マスターに合わせて、リペアできるよ。もちろんクリーンできれいにする。防具や武器も体に合わせて調整できる」


 ぼくはドミニカの服や装備を一式着こんだ。まるでドミニカになった気分だ。


「ところで、君の名前は?」


「ヨミと呼んでもらおうかな」


「ぼくはジガリ。よろしく」


 ダンジョンコアと配下のキツネ火のモンスターが仲間になった。ジガリ、ヨミ、キラキラ。おそらく世界最弱の者同士が手を組んだ。


 そしてダンジョンはなんでも換金できるチートな商店だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る